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第一部・その後
1.5-3「娘に優しさを求めるのは間違ってるだろうか」
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「ただいまー……」
別に自分がプレーしたわけではないが、度重なる息のつまるような展開に疲弊していたのか、音葉はへとへとになりながら自宅に辿り着いた。
手洗いうがいを済ませると、いそいそと自室に戻り、制服を着替えながら姿見を覗き込む。疲れが如実に出ていて、徹夜で試験勉強した翌日のような顔だった。
――空野くんと武山くんはもっと疲れてるんだろうなぁ。
部屋着であるショートパンツとピンクのパーカーに身を包んでからベッドに倒れ込むと、試合の光景を思い返すように「凄かったなー……」と天井に向けて小さく呟く。
クラスの中では中心人物とは言え、大物とは言えない振舞い方だった。
勉強はできる方とはとても言い難く、授業中に指名されるも問題を答えられず笑われることはしょっちゅう。
150キロを放る体を作るため、食事にも気を使っているのかと思えば、昼ご飯はだいたい日の丸弁当。
そこから野球部に入ったはいいものの、いきなりの練習試合では先輩に滅多打ち。怪物も高校生相手となると厳しいのか、と悲観していた矢先の、春日部共平戦。
携帯の液晶画面で見た世界大会の動画で感じたワクワクを、久しぶりに思い出す。そんな試合。
野球マニアとしても、彩星高校マネージャーとしても最高の展開。思わず、誰も見ていないのに拳をぐっと握りしめて天井に掲げてみた。
「甲子園、本当に行けるかも……」
ぼんやりとした夢が、甲子園常連の春日部共平に勝ったというフィルターを通して明瞭になっていく。
――そう言えば、入学式の夢も甲子園だったんだっけ。
今思い返すと、夢の中でマウンドに立っていたのはエースのフォームが、彗と似ていた。
「もしかして予知夢だったりして」
なんて独り言を言っていると、一階の玄関が開いた音が聞こえてきた。
時間は十九時。恐らく、タクシー運転手の父が返って来たのだろう。
それに合わせて晩御飯を作ってるはず――と立ち上がると、体は正直なもので、待ってましたと言わんばかりに〝グゥ〟と鳴り響いた。
――ゲンキンだなぁ。
自分自身の体に呆れながらベッドから起き上がり、一階に行こうとする。
その全く同じタイミングで、ドタドタと足音が駆け回っていた。
耳慣れた母の足音ではない、やはり父だと思うも一瞬、その足音がだんだんと近づいてくる。
「えっ、なに……?」
家族内では危機感が無いほどゆったりとしているからか、しばしばトドと呼ばれるほどおっとりとした父。その呼び名の通り、歩き方も遅く、ノロノロとしている。
そんな父とは違うような、焦っているような足取り。
強盗か、と思うも、しっかりとカギをかけた記憶はある。
――もしかして……幽霊とか⁉
様々な恐怖に苛まれながら、音葉は床に転がっていた中学生用のバットが目に入り、手に持つ。
そんなはずないとは思うが、可能性はゼロではない。
――幽霊ってバットでやっつけられるのかな……?
疑問を持ったまま、取り合えずバットを構えて音の主を出迎えた。
「音葉!」
音の主は、やはりともいうべきだろうか。汗ばんだ父が、勢いよく扉を開いた。
「……脅かさないでよ」
気の抜けた音葉はその場にへたりと座り込むと「す、すまん」と詫びを入れつつも、鼻息を荒くしたまま「こ、これ知ってたのか⁉」と、携帯の画面を音葉に見せつけてきた。
携帯に表示されていたのは、今日の春日部共平との激闘を早速記事に起こしたものだった。
タイトルは〝世界を沸かせた彗星バッテリー、埼玉王者を撃破〟と言いう見出しで、彗の写真がデカデカと添付されている。
いくら大本命の春日部共平とは言え、誰も注目していなかっただろう試合。154キロを計測したという詳細まで書かれている。
「もう記事出てたんだ……記者さん大変だなぁ」
こんな注目されてない試合でも足を運ばないといけないんだなぁ、と記者の大変さに感心していると「そうじゃなくて!」と声を荒げながら「空野くん……彩星にいるのか?」と尋ねてきた。
「いるよ。同じクラスだし」
さらっと答えると、血相を変えて「ホントなんだ……なんで教えてくれなかったんだ!」と叫んだ。
「うるさいなぁ……」
普段は温厚な父の宗司が、唯一興奮するのがこの野球について話すとき。
かく言う音葉もこの父の影響で野球が好きになったのだが、見境がなくなってしまうほどその話しかしなくなるので伏せていたのだが、それが仇となってしまったのか「お父さんがファンなの知ってただろう!」と言うと「しかもクラスメイトか! 凄い偶然だな!」と話を独り歩きさせる。
父のことは嫌いではないが、こうなるともう面倒くさい。
「確かマネージャーやるって言ってたよな? 話したこととか――」
予想通り止まらなくなってきている父を遮って「ご飯にしよ」と父を置き去りにして部屋を後にする。
「ちょ、ちょっとくらい話してくれてもいいじゃないかぁ!」
情けない声で追いかけてくる父。
「さっき脅かした罰だよー!」
そうやって笑いながら、音葉は食欲をそそるリビングへと向かうため、階段を下りて行った。
別に自分がプレーしたわけではないが、度重なる息のつまるような展開に疲弊していたのか、音葉はへとへとになりながら自宅に辿り着いた。
手洗いうがいを済ませると、いそいそと自室に戻り、制服を着替えながら姿見を覗き込む。疲れが如実に出ていて、徹夜で試験勉強した翌日のような顔だった。
――空野くんと武山くんはもっと疲れてるんだろうなぁ。
部屋着であるショートパンツとピンクのパーカーに身を包んでからベッドに倒れ込むと、試合の光景を思い返すように「凄かったなー……」と天井に向けて小さく呟く。
クラスの中では中心人物とは言え、大物とは言えない振舞い方だった。
勉強はできる方とはとても言い難く、授業中に指名されるも問題を答えられず笑われることはしょっちゅう。
150キロを放る体を作るため、食事にも気を使っているのかと思えば、昼ご飯はだいたい日の丸弁当。
そこから野球部に入ったはいいものの、いきなりの練習試合では先輩に滅多打ち。怪物も高校生相手となると厳しいのか、と悲観していた矢先の、春日部共平戦。
携帯の液晶画面で見た世界大会の動画で感じたワクワクを、久しぶりに思い出す。そんな試合。
野球マニアとしても、彩星高校マネージャーとしても最高の展開。思わず、誰も見ていないのに拳をぐっと握りしめて天井に掲げてみた。
「甲子園、本当に行けるかも……」
ぼんやりとした夢が、甲子園常連の春日部共平に勝ったというフィルターを通して明瞭になっていく。
――そう言えば、入学式の夢も甲子園だったんだっけ。
今思い返すと、夢の中でマウンドに立っていたのはエースのフォームが、彗と似ていた。
「もしかして予知夢だったりして」
なんて独り言を言っていると、一階の玄関が開いた音が聞こえてきた。
時間は十九時。恐らく、タクシー運転手の父が返って来たのだろう。
それに合わせて晩御飯を作ってるはず――と立ち上がると、体は正直なもので、待ってましたと言わんばかりに〝グゥ〟と鳴り響いた。
――ゲンキンだなぁ。
自分自身の体に呆れながらベッドから起き上がり、一階に行こうとする。
その全く同じタイミングで、ドタドタと足音が駆け回っていた。
耳慣れた母の足音ではない、やはり父だと思うも一瞬、その足音がだんだんと近づいてくる。
「えっ、なに……?」
家族内では危機感が無いほどゆったりとしているからか、しばしばトドと呼ばれるほどおっとりとした父。その呼び名の通り、歩き方も遅く、ノロノロとしている。
そんな父とは違うような、焦っているような足取り。
強盗か、と思うも、しっかりとカギをかけた記憶はある。
――もしかして……幽霊とか⁉
様々な恐怖に苛まれながら、音葉は床に転がっていた中学生用のバットが目に入り、手に持つ。
そんなはずないとは思うが、可能性はゼロではない。
――幽霊ってバットでやっつけられるのかな……?
疑問を持ったまま、取り合えずバットを構えて音の主を出迎えた。
「音葉!」
音の主は、やはりともいうべきだろうか。汗ばんだ父が、勢いよく扉を開いた。
「……脅かさないでよ」
気の抜けた音葉はその場にへたりと座り込むと「す、すまん」と詫びを入れつつも、鼻息を荒くしたまま「こ、これ知ってたのか⁉」と、携帯の画面を音葉に見せつけてきた。
携帯に表示されていたのは、今日の春日部共平との激闘を早速記事に起こしたものだった。
タイトルは〝世界を沸かせた彗星バッテリー、埼玉王者を撃破〟と言いう見出しで、彗の写真がデカデカと添付されている。
いくら大本命の春日部共平とは言え、誰も注目していなかっただろう試合。154キロを計測したという詳細まで書かれている。
「もう記事出てたんだ……記者さん大変だなぁ」
こんな注目されてない試合でも足を運ばないといけないんだなぁ、と記者の大変さに感心していると「そうじゃなくて!」と声を荒げながら「空野くん……彩星にいるのか?」と尋ねてきた。
「いるよ。同じクラスだし」
さらっと答えると、血相を変えて「ホントなんだ……なんで教えてくれなかったんだ!」と叫んだ。
「うるさいなぁ……」
普段は温厚な父の宗司が、唯一興奮するのがこの野球について話すとき。
かく言う音葉もこの父の影響で野球が好きになったのだが、見境がなくなってしまうほどその話しかしなくなるので伏せていたのだが、それが仇となってしまったのか「お父さんがファンなの知ってただろう!」と言うと「しかもクラスメイトか! 凄い偶然だな!」と話を独り歩きさせる。
父のことは嫌いではないが、こうなるともう面倒くさい。
「確かマネージャーやるって言ってたよな? 話したこととか――」
予想通り止まらなくなってきている父を遮って「ご飯にしよ」と父を置き去りにして部屋を後にする。
「ちょ、ちょっとくらい話してくれてもいいじゃないかぁ!」
情けない声で追いかけてくる父。
「さっき脅かした罰だよー!」
そうやって笑いながら、音葉は食欲をそそるリビングへと向かうため、階段を下りて行った。
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