彗星と遭う

皆川大輔

文字の大きさ
上 下
85 / 179
第一部・その後

1.5-1「君の感想が知りたい」

しおりを挟む
 ゲームセットを確認すると、緊張感から解放された音葉は「ふぅ……」と息を零し、真奈美は「終わったねぇ」と呟いた。

 試合前夜、真奈美に野球のルールをクイズ形式で出し〝予習〟していたため、彼女にとっては初めて理解してから臨む観戦となったはず。
 少しは野球の楽しさが伝わったかな、と問いかけようとしたその瞬間、スタンドから歓声が沸いた。

 まず声を上げたのは二年生。野太い声から甲高い声まで様々な声とともに、隣のチームメイトと応援用のメガホンをボンボンとぶつけ合う。
 すると、出遅れた一年生たちもつられてだんだんと声を上げていた。
 ベンチ入りしている人数を除いても、部員は二学年で合計五十人弱。
 血気盛んで元気の有り余っている高校生男子が一斉に声を上げると、それはもう地鳴りのようだった。
 この試合が夏のシード権を賭けた大切な試合であることは重々承知していたが、それを差し引いても、周りで荒れ狂う先輩たちの姿は異常だなと思えるほど。

 その様子を察したのか、隣にいた由香が「みんな、去年の悔しさがあるんだよ!」と音葉に語り掛ける。

 周りの騒音に負けないようにしているのか、彼女自身の興奮がそうさせているのか定かではないが、ただでさえ元気いっぱいで声の大きい由香の声量は普段の三倍以上に感じられた。

「去年の悔しさ?」

「そう! 去年負けた共平に勝つために、辛い練習をみんなでしてたんだから! 打倒共平、ってね!」

 ただの春季大会。ただの公式戦。

 そんなことは二の次。多分、練習試合でも今みたいに狂喜乱舞していたんだろうな、と思いながら音葉は「そうなんですか」と応えてから真奈美に視線を移した。

 表情はというと、普段通り。
 感想がどうしても聞きたかった音葉は、気を取り直して「どうだった?」と問いかけてやると、ほんわかとした表情で「うーん……わかんない」と眉間にしわを寄せていた。

「つまらなかった?」

「ううん……面白かった、よ?」

 首を傾げる真奈美に「なんで疑問形なのさ」と笑いかけると、隣で聞いていた由香が「はははっ!」とそのやり取りを見てこれまた大きな笑い声をあげた。

「そりゃ木原、ただ実感が沸いてないだけなんだよ」

「実感?」

「そう、友だちがあの場所にいるって言う実感がさ、湧かないのよ、最初は。私も最初そうだったし」

「あぁ……そうかも」

 由香の問いに頷く真奈美。
 一人、その意味が解らない音葉は「それ、どういう意味なんですか?」と問いかけた。

「あ、そっか。海瀬は元々そっち側だもんね!」と言うと、由香は「私たち未経験組からしたら、今見ているこの景色は別の世界みたいな感じなの。そうだな……テレビの中、みたいな?」

「テレビの中、ですか」

「そう。プレイヤーを経験してない側からしたら、今フィールドにいる選手と、普段接してるみんなが別人みたいに見えるんだ!」

「なるほど……」

 ようやく理解した海瀬は「由香先輩はいつ実感が沸いたんですか?」と問いかけてみた。
 いつ、なんてあいまいな質問で難しいかなと思うも一瞬、由香は「それはね、最初にウチが勝った時だね」と即答した。

「勝った時?」

「そっ。具体的には、勝って挨拶に来るんだけど、その時にサヨナラHRを打った嵐の名前を呼んだんだ。大きな声でさ。その時初めて、いつもと同じアイツがいるなってわかったんだ」

 由香の答えに「なるほど」と感心している真奈美。
 そんな彼女たちの目の前に、選手たちが勝利の報告をしに近づいてきた。

「ホラ、やってみ?」

 ニヤニヤとした表情で真奈美に促す由香。
 渋々、といった感じで真奈美は「た、武山くん!」と声を上げた。
 その声援を受けた一星は、少し頬を赤らめながら右手を上げて応える。

 ――……こんな顔もするんだ。

 その様子を一部始終見守っていた音葉は、真奈美の表情の変化を見逃さなかった。

 いつものほんわかとした表情から、虚を突かれた表情になって、最後はゆでだこみたいに顔を真っ赤にさせて顔を伏せる彼女は、俯きながら「……由香さんの言ってたこと、わかりました」と小さく呟いていた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

Bグループの少年

櫻井春輝
青春
 クラスや校内で目立つグループをA(目立つ)のグループとして、目立たないグループはC(目立たない)とすれば、その中間のグループはB(普通)となる。そんなカテゴリー分けをした少年はAグループの悪友たちにふりまわされた穏やかとは言いにくい中学校生活と違い、高校生活は穏やかに過ごしたいと考え、高校ではB(普通)グループに入り、その中でも特に目立たないよう存在感を薄く生活し、平穏な一年を過ごす。この平穏を逃すものかと誓う少年だが、ある日、特A(特に目立つ)の美少女を助けたことから変化を始める。少年は地味で平穏な生活を守っていけるのか……?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

冤罪だと誰も信じてくれず追い詰められた僕、濡れ衣が明るみになったけど今更仲直りなんてできない

一本橋
恋愛
女子の体操着を盗んだという身に覚えのない罪を着せられ、僕は皆の信頼を失った。 クラスメイトからは日常的に罵倒を浴びせられ、向けられるのは蔑みの目。 さらに、信じていた初恋だった女友達でさえ僕を見限った。 両親からは拒絶され、姉からもいないものと扱われる日々。 ……だが、転機は訪れる。冤罪だった事が明かになったのだ。 それを機に、今まで僕を蔑ろに扱った人達から次々と謝罪の声が。 皆は僕と関係を戻したいみたいだけど、今更仲直りなんてできない。 ※小説家になろう、カクヨムと同時に投稿しています。

四条雪乃は結ばれたい。〜深窓令嬢な学園で一番の美少女生徒会長様は、不良な彼に恋してる。〜

八木崎(やぎさき)
青春
「どうしようもないくらいに、私は貴方に惹かれているんですよ?」 「こんなにも私は貴方の事を愛しているのですから。貴方もきっと、私の事を愛してくれるのでしょう?」 「だからこそ、私は貴方と結ばれるべきなんです」 「貴方にとっても、そして私にとっても、お互いが傍にいてこそ、意味のある人生になりますもの」 「……なら、私がこうして行動するのは、当然の事なんですよね」 「だって、貴方を愛しているのですから」  四条雪乃は大企業のご令嬢であり、学園の生徒会長を務める才色兼備の美少女である。  華麗なる美貌と、卓越した才能を持ち、学園中の生徒達から尊敬され、また憧れの人物でもある。  一方、彼女と同じクラスの山田次郎は、彼女とは正反対の存在であり、不良生徒として周囲から浮いた存在である。  彼は学園の象徴とも言える四条雪乃の事を苦手としており、自分が不良だという自己認識と彼女の高嶺の花な存在感によって、彼女とは距離を置くようにしていた。  しかし、ある事件を切っ掛けに彼と彼女は関わりを深める様になっていく。  だが、彼女が見せる積極性、価値観の違いに次郎は呆れ、困り、怒り、そして苦悩する事になる。 「ねぇ、次郎さん。私は貴方の事、大好きですわ」 「そうか。四条、俺はお前の事が嫌いだよ」  一方的な感情を向けてくる雪乃に対して、次郎は拒絶をしたくても彼女は絶対に諦め様とはしない。  彼女の深過ぎる愛情に困惑しながら、彼は今日も身の振り方に苦悩するのであった。

如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

処理中です...