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第一部・その後
1.5-1「君の感想が知りたい」
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ゲームセットを確認すると、緊張感から解放された音葉は「ふぅ……」と息を零し、真奈美は「終わったねぇ」と呟いた。
試合前夜、真奈美に野球のルールをクイズ形式で出し〝予習〟していたため、彼女にとっては初めて理解してから臨む観戦となったはず。
少しは野球の楽しさが伝わったかな、と問いかけようとしたその瞬間、スタンドから歓声が沸いた。
まず声を上げたのは二年生。野太い声から甲高い声まで様々な声とともに、隣のチームメイトと応援用のメガホンをボンボンとぶつけ合う。
すると、出遅れた一年生たちもつられてだんだんと声を上げていた。
ベンチ入りしている人数を除いても、部員は二学年で合計五十人弱。
血気盛んで元気の有り余っている高校生男子が一斉に声を上げると、それはもう地鳴りのようだった。
この試合が夏のシード権を賭けた大切な試合であることは重々承知していたが、それを差し引いても、周りで荒れ狂う先輩たちの姿は異常だなと思えるほど。
その様子を察したのか、隣にいた由香が「みんな、去年の悔しさがあるんだよ!」と音葉に語り掛ける。
周りの騒音に負けないようにしているのか、彼女自身の興奮がそうさせているのか定かではないが、ただでさえ元気いっぱいで声の大きい由香の声量は普段の三倍以上に感じられた。
「去年の悔しさ?」
「そう! 去年負けた共平に勝つために、辛い練習をみんなでしてたんだから! 打倒共平、ってね!」
ただの春季大会。ただの公式戦。
そんなことは二の次。多分、練習試合でも今みたいに狂喜乱舞していたんだろうな、と思いながら音葉は「そうなんですか」と応えてから真奈美に視線を移した。
表情はというと、普段通り。
感想がどうしても聞きたかった音葉は、気を取り直して「どうだった?」と問いかけてやると、ほんわかとした表情で「うーん……わかんない」と眉間にしわを寄せていた。
「つまらなかった?」
「ううん……面白かった、よ?」
首を傾げる真奈美に「なんで疑問形なのさ」と笑いかけると、隣で聞いていた由香が「はははっ!」とそのやり取りを見てこれまた大きな笑い声をあげた。
「そりゃ木原、ただ実感が沸いてないだけなんだよ」
「実感?」
「そう、友だちがあの場所にいるって言う実感がさ、湧かないのよ、最初は。私も最初そうだったし」
「あぁ……そうかも」
由香の問いに頷く真奈美。
一人、その意味が解らない音葉は「それ、どういう意味なんですか?」と問いかけた。
「あ、そっか。海瀬は元々そっち側だもんね!」と言うと、由香は「私たち未経験組からしたら、今見ているこの景色は別の世界みたいな感じなの。そうだな……テレビの中、みたいな?」
「テレビの中、ですか」
「そう。プレイヤーを経験してない側からしたら、今フィールドにいる選手と、普段接してるみんなが別人みたいに見えるんだ!」
「なるほど……」
ようやく理解した海瀬は「由香先輩はいつ実感が沸いたんですか?」と問いかけてみた。
いつ、なんてあいまいな質問で難しいかなと思うも一瞬、由香は「それはね、最初にウチが勝った時だね」と即答した。
「勝った時?」
「そっ。具体的には、勝って挨拶に来るんだけど、その時にサヨナラHRを打った嵐の名前を呼んだんだ。大きな声でさ。その時初めて、いつもと同じアイツがいるなってわかったんだ」
由香の答えに「なるほど」と感心している真奈美。
そんな彼女たちの目の前に、選手たちが勝利の報告をしに近づいてきた。
「ホラ、やってみ?」
ニヤニヤとした表情で真奈美に促す由香。
渋々、といった感じで真奈美は「た、武山くん!」と声を上げた。
その声援を受けた一星は、少し頬を赤らめながら右手を上げて応える。
――……こんな顔もするんだ。
その様子を一部始終見守っていた音葉は、真奈美の表情の変化を見逃さなかった。
いつものほんわかとした表情から、虚を突かれた表情になって、最後はゆでだこみたいに顔を真っ赤にさせて顔を伏せる彼女は、俯きながら「……由香さんの言ってたこと、わかりました」と小さく呟いていた。
試合前夜、真奈美に野球のルールをクイズ形式で出し〝予習〟していたため、彼女にとっては初めて理解してから臨む観戦となったはず。
少しは野球の楽しさが伝わったかな、と問いかけようとしたその瞬間、スタンドから歓声が沸いた。
まず声を上げたのは二年生。野太い声から甲高い声まで様々な声とともに、隣のチームメイトと応援用のメガホンをボンボンとぶつけ合う。
すると、出遅れた一年生たちもつられてだんだんと声を上げていた。
ベンチ入りしている人数を除いても、部員は二学年で合計五十人弱。
血気盛んで元気の有り余っている高校生男子が一斉に声を上げると、それはもう地鳴りのようだった。
この試合が夏のシード権を賭けた大切な試合であることは重々承知していたが、それを差し引いても、周りで荒れ狂う先輩たちの姿は異常だなと思えるほど。
その様子を察したのか、隣にいた由香が「みんな、去年の悔しさがあるんだよ!」と音葉に語り掛ける。
周りの騒音に負けないようにしているのか、彼女自身の興奮がそうさせているのか定かではないが、ただでさえ元気いっぱいで声の大きい由香の声量は普段の三倍以上に感じられた。
「去年の悔しさ?」
「そう! 去年負けた共平に勝つために、辛い練習をみんなでしてたんだから! 打倒共平、ってね!」
ただの春季大会。ただの公式戦。
そんなことは二の次。多分、練習試合でも今みたいに狂喜乱舞していたんだろうな、と思いながら音葉は「そうなんですか」と応えてから真奈美に視線を移した。
表情はというと、普段通り。
感想がどうしても聞きたかった音葉は、気を取り直して「どうだった?」と問いかけてやると、ほんわかとした表情で「うーん……わかんない」と眉間にしわを寄せていた。
「つまらなかった?」
「ううん……面白かった、よ?」
首を傾げる真奈美に「なんで疑問形なのさ」と笑いかけると、隣で聞いていた由香が「はははっ!」とそのやり取りを見てこれまた大きな笑い声をあげた。
「そりゃ木原、ただ実感が沸いてないだけなんだよ」
「実感?」
「そう、友だちがあの場所にいるって言う実感がさ、湧かないのよ、最初は。私も最初そうだったし」
「あぁ……そうかも」
由香の問いに頷く真奈美。
一人、その意味が解らない音葉は「それ、どういう意味なんですか?」と問いかけた。
「あ、そっか。海瀬は元々そっち側だもんね!」と言うと、由香は「私たち未経験組からしたら、今見ているこの景色は別の世界みたいな感じなの。そうだな……テレビの中、みたいな?」
「テレビの中、ですか」
「そう。プレイヤーを経験してない側からしたら、今フィールドにいる選手と、普段接してるみんなが別人みたいに見えるんだ!」
「なるほど……」
ようやく理解した海瀬は「由香先輩はいつ実感が沸いたんですか?」と問いかけてみた。
いつ、なんてあいまいな質問で難しいかなと思うも一瞬、由香は「それはね、最初にウチが勝った時だね」と即答した。
「勝った時?」
「そっ。具体的には、勝って挨拶に来るんだけど、その時にサヨナラHRを打った嵐の名前を呼んだんだ。大きな声でさ。その時初めて、いつもと同じアイツがいるなってわかったんだ」
由香の答えに「なるほど」と感心している真奈美。
そんな彼女たちの目の前に、選手たちが勝利の報告をしに近づいてきた。
「ホラ、やってみ?」
ニヤニヤとした表情で真奈美に促す由香。
渋々、といった感じで真奈美は「た、武山くん!」と声を上げた。
その声援を受けた一星は、少し頬を赤らめながら右手を上げて応える。
――……こんな顔もするんだ。
その様子を一部始終見守っていた音葉は、真奈美の表情の変化を見逃さなかった。
いつものほんわかとした表情から、虚を突かれた表情になって、最後はゆでだこみたいに顔を真っ赤にさせて顔を伏せる彼女は、俯きながら「……由香さんの言ってたこと、わかりました」と小さく呟いていた。
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