84 / 179
第一部
1-79「vs春日部共平(24)」
しおりを挟む
言葉は交わしていないが、〝逃げねーぞ〟〝真向勝負しよう〟という意思がボールから伝わってくる。
マウンドでは、怪物は七回に打ち取られたときの般若の面をつけているような表情とはまた違う、不敵な笑みを浮かべていた。
さながら、自分たちのチームを負けへ誘うような、悪魔の微笑みだ。
「なんだろうな……」
そんな怪物を見ながら誰にも聞こえないくらいのか細い声で呟きながらバッターボックスを外すと、海斗はこの一年間の記憶を辿ってみた。
去年、埼玉県大会で優勝。
甲子園でも勝ち進み、ベスト4。
春の甲子園でもベスト8まで残っている。
今いる高校三年生の球児では、自分以外に経験を積んだ選手はいないんじゃないかと思えるほどの時間を過ごしてきた。
そんな充分すぎるほどの経験を積んできた自分が、これまでの人生で経験したことのないほどに、燃えている。
怪物よりも、すごい選手と戦ってきた。
一つ上の先輩たちと最後まで一緒に野球をやるために、打たないといけない場面はあった。
もちろん、そのそれぞれの場面でも燃えていた。
やる気に満ち溢れていた。
ただ、今は、それらの燃え方はその比にならないほどに満ち溢れている。
――なんで今なんだ……?
海斗はその疑問に答えを出せないまま、バットを構えていた。
ただ一つ、負けたくないという気持ちだけ携えて。
※
「……凄いことが起きちゃったかもしれないですね」と熊谷が呟くと「ホントにね」と、森下も想定以上の展開に震えながら応えた。
試合はいよいよ終盤。
九回ツーアウトで、バッターは超高校級スラッガーの烏丸海斗。カウント、ノーボールツーストライク。
――予想通り八回に波乱はあった。
入った点は、たったの一点。しかしその一点は、ただの一点ではない。
勝利のちらつく試合の終盤。ホームラン一つで追いつかれるという、危機的状況に陥る一点だ。
そんな状況で投げているのは、怪物とはいえまだ一年生。
いくら実力が突出していても、精神面はまだまだ未熟なはず。一度決壊した堤防から水が流れ出るように、九回の攻撃で逆転される、横綱相撲を見せられるまでがセットの予想だった。
事実、森下の手元にあるパソコンには〝県立の星、惜しくも横綱に敗戦〟という記事の下書きがある。
経験のある記者なら、そうみるだろう。
一年生だから、相手は強豪だから。
そんな予想を、跳ね返すほどの素質。
――ここで横綱を喰ったら、どうなるんだろう……。
胸の高鳴りを抑えられないまま、鼻息荒く森下は試合を見守る。
三球目もストレート。インコースが僅かに外れてボール。
四球目もストレート。大きく外れてキャッチャーも取れない大暴投。
五球目もまさかのストレート。今度はバットに当てられファール。
六球目も意地のストレート。球審が微かに肩を震わせ、ストライクコールをしかける最高のボール。
瞬く間にフルカウント。
全て、ストレート。
あのバッテリーは、もう一歩も引かない気だ。
「何考えてるのかな……あのバッテリー」と、口をあんぐりと空けて熊谷が呟く。
今行われているのは、変化球を使って打ち取るのが常識な近代野球からかけ離れた、正真正銘の力勝負。
プロの世界でも、選ばれた者のみ出場できるオールスター戦でしか見られない代物だ。
言わば、変化球と言う武器が開発される前に行われていた古代の野球。
そんな野球を新人が目の当たりにすれば、こんな表情になるのも困惑するのも無理はないね、と森下は「熊谷くん、一つ命令」とスコアブックを取り上げて「最後の一球、目に焼き付けて」と言い放つ。
「えっ、でも」
文字はあとでいくらでも打つことができる。
けれど、こんな試合を見ることは今後ないかもしれない。
この経験は、今後の糧になってくれるはず。
その考えを伝えようとするも、マウンドの怪物が投球動作に入ってしまって説明する間はなく。
困惑する熊谷に「取り合えず、見てて」とだけ言い切ると、自身ももう一度マウンドに視線を戻して、言った。
「タイトルは、〝彗星バッテリー、ここに誕生〟かな」
※
フルカウント。
コースも、変化球も、何も関係ない。
次に投げるのもストレートと決まっている。
この球場にいる誰もがわかっていることだった。
次の一手がバレバレの状況で、怪物は大きく振りかぶる。
その笑みは、勝利が近付いていることによる嬉しさからなのか。
はたまた、勝負が楽しいためなのだろうか。
本人にさえもわからないその状況で、空野彗は体重移動を始める。
不安と、疑問と、懸念を削ぎ落した、純粋にストレートを投げるだけのフォーム。
スムーズにその体は動き、徐々に体重を移動させながらステップする。
柔軟な方の動き、肘のしなりをもって、そのボールは放たれた。
唸りを上げたストレートは、真っすぐ、武山一星のミットめがけて駆け出した。
空気抵抗も何も関係ない、ただひたすら直進するストレート。
そんな大砲みたいなボールは、遂に何にも触れることなく、一星のミットに収まった。
ドゴッ、と爆音が遅れてやってくる。
バックスクリーンに表示された球速、152キロ。
奇しくも、世界大会で優勝を決めたあのストレートと同じ球速だった。
一星は、そのミットを高らかに掲げる、
たかだか、二回戦。
それも、本番ではないといわれる春季大会。
そのはずなのに、彩星高校ナインはマウンドで歓喜の輪を作っていた。
試合終了。
その差、実に一点差。
激闘を制したのは、彩星高校だった。
――第一部・完結――
第一部読了ありがとうございました!
後日談を挟みつつ、すぐに第二部が開始します!
まだまだ彗と一星の戦いは始まったばかりです。
引き続き、お楽しみください!
今後ともよろしくお願いいたします!
マウンドでは、怪物は七回に打ち取られたときの般若の面をつけているような表情とはまた違う、不敵な笑みを浮かべていた。
さながら、自分たちのチームを負けへ誘うような、悪魔の微笑みだ。
「なんだろうな……」
そんな怪物を見ながら誰にも聞こえないくらいのか細い声で呟きながらバッターボックスを外すと、海斗はこの一年間の記憶を辿ってみた。
去年、埼玉県大会で優勝。
甲子園でも勝ち進み、ベスト4。
春の甲子園でもベスト8まで残っている。
今いる高校三年生の球児では、自分以外に経験を積んだ選手はいないんじゃないかと思えるほどの時間を過ごしてきた。
そんな充分すぎるほどの経験を積んできた自分が、これまでの人生で経験したことのないほどに、燃えている。
怪物よりも、すごい選手と戦ってきた。
一つ上の先輩たちと最後まで一緒に野球をやるために、打たないといけない場面はあった。
もちろん、そのそれぞれの場面でも燃えていた。
やる気に満ち溢れていた。
ただ、今は、それらの燃え方はその比にならないほどに満ち溢れている。
――なんで今なんだ……?
海斗はその疑問に答えを出せないまま、バットを構えていた。
ただ一つ、負けたくないという気持ちだけ携えて。
※
「……凄いことが起きちゃったかもしれないですね」と熊谷が呟くと「ホントにね」と、森下も想定以上の展開に震えながら応えた。
試合はいよいよ終盤。
九回ツーアウトで、バッターは超高校級スラッガーの烏丸海斗。カウント、ノーボールツーストライク。
――予想通り八回に波乱はあった。
入った点は、たったの一点。しかしその一点は、ただの一点ではない。
勝利のちらつく試合の終盤。ホームラン一つで追いつかれるという、危機的状況に陥る一点だ。
そんな状況で投げているのは、怪物とはいえまだ一年生。
いくら実力が突出していても、精神面はまだまだ未熟なはず。一度決壊した堤防から水が流れ出るように、九回の攻撃で逆転される、横綱相撲を見せられるまでがセットの予想だった。
事実、森下の手元にあるパソコンには〝県立の星、惜しくも横綱に敗戦〟という記事の下書きがある。
経験のある記者なら、そうみるだろう。
一年生だから、相手は強豪だから。
そんな予想を、跳ね返すほどの素質。
――ここで横綱を喰ったら、どうなるんだろう……。
胸の高鳴りを抑えられないまま、鼻息荒く森下は試合を見守る。
三球目もストレート。インコースが僅かに外れてボール。
四球目もストレート。大きく外れてキャッチャーも取れない大暴投。
五球目もまさかのストレート。今度はバットに当てられファール。
六球目も意地のストレート。球審が微かに肩を震わせ、ストライクコールをしかける最高のボール。
瞬く間にフルカウント。
全て、ストレート。
あのバッテリーは、もう一歩も引かない気だ。
「何考えてるのかな……あのバッテリー」と、口をあんぐりと空けて熊谷が呟く。
今行われているのは、変化球を使って打ち取るのが常識な近代野球からかけ離れた、正真正銘の力勝負。
プロの世界でも、選ばれた者のみ出場できるオールスター戦でしか見られない代物だ。
言わば、変化球と言う武器が開発される前に行われていた古代の野球。
そんな野球を新人が目の当たりにすれば、こんな表情になるのも困惑するのも無理はないね、と森下は「熊谷くん、一つ命令」とスコアブックを取り上げて「最後の一球、目に焼き付けて」と言い放つ。
「えっ、でも」
文字はあとでいくらでも打つことができる。
けれど、こんな試合を見ることは今後ないかもしれない。
この経験は、今後の糧になってくれるはず。
その考えを伝えようとするも、マウンドの怪物が投球動作に入ってしまって説明する間はなく。
困惑する熊谷に「取り合えず、見てて」とだけ言い切ると、自身ももう一度マウンドに視線を戻して、言った。
「タイトルは、〝彗星バッテリー、ここに誕生〟かな」
※
フルカウント。
コースも、変化球も、何も関係ない。
次に投げるのもストレートと決まっている。
この球場にいる誰もがわかっていることだった。
次の一手がバレバレの状況で、怪物は大きく振りかぶる。
その笑みは、勝利が近付いていることによる嬉しさからなのか。
はたまた、勝負が楽しいためなのだろうか。
本人にさえもわからないその状況で、空野彗は体重移動を始める。
不安と、疑問と、懸念を削ぎ落した、純粋にストレートを投げるだけのフォーム。
スムーズにその体は動き、徐々に体重を移動させながらステップする。
柔軟な方の動き、肘のしなりをもって、そのボールは放たれた。
唸りを上げたストレートは、真っすぐ、武山一星のミットめがけて駆け出した。
空気抵抗も何も関係ない、ただひたすら直進するストレート。
そんな大砲みたいなボールは、遂に何にも触れることなく、一星のミットに収まった。
ドゴッ、と爆音が遅れてやってくる。
バックスクリーンに表示された球速、152キロ。
奇しくも、世界大会で優勝を決めたあのストレートと同じ球速だった。
一星は、そのミットを高らかに掲げる、
たかだか、二回戦。
それも、本番ではないといわれる春季大会。
そのはずなのに、彩星高校ナインはマウンドで歓喜の輪を作っていた。
試合終了。
その差、実に一点差。
激闘を制したのは、彩星高校だった。
――第一部・完結――
第一部読了ありがとうございました!
後日談を挟みつつ、すぐに第二部が開始します!
まだまだ彗と一星の戦いは始まったばかりです。
引き続き、お楽しみください!
今後ともよろしくお願いいたします!
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
陽キャグループを追放されたので、ひとりで気ままに大学生活を送ることにしたんだが……なぜか、ぼっちになってから毎日美女たちが話しかけてくる。
電脳ピエロ
恋愛
藤堂 薫は大学で共に行動している陽キャグループの男子2人、大熊 快児と蜂羽 強太から理不尽に追い出されてしまう。
ひとりで気ままに大学生活を送ることを決める薫だったが、薫が以前関わっていた陽キャグループの女子2人、七瀬 瑠奈と宮波 美緒は男子2人が理不尽に薫を追放した事実を知り、彼らと縁を切って薫と積極的に関わろうとしてくる。
しかも、なぜか今まで関わりのなかった同じ大学の美女たちが寄ってくるようになり……。
薫を上手く追放したはずなのにグループの女子全員から縁を切られる性格最悪な男子2人。彼らは瑠奈や美緒を呼び戻そうとするがことごとく無視され、それからも散々な目にあって行くことになる。
やがて自分たちが女子たちと関われていたのは薫のおかげだと気が付き、グループに戻ってくれと言うがもう遅い。薫は居心地のいいグループで楽しく大学生活を送っているのだから。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
三姉妹の姉達は、弟の俺に甘すぎる!
佐々木雄太
青春
四月——
新たに高校生になった有村敦也。
二つ隣町の高校に通う事になったのだが、
そこでは、予想外の出来事が起こった。
本来、いるはずのない同じ歳の三人の姉が、同じ教室にいた。
長女・唯【ゆい】
次女・里菜【りな】
三女・咲弥【さや】
この三人の姉に甘やかされる敦也にとって、
高校デビューするはずだった、初日。
敦也の高校三年間は、地獄の運命へと導かれるのであった。
カクヨム・小説家になろうでも好評連載中!
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる