彗星と遭う

皆川大輔

文字の大きさ
上 下
78 / 179
第一部

1-73「vs春日部共平(18)」

しおりを挟む
 打てないから、九番なのだ。

 ――せめて粘ってくれ……。

 ベンチの奥で息を切らしている彗を少しでも休ませてくれ、などというささやかな願いを込めて真田は見守っていたが、その思いは届かず。

 空振りの三振で、この回の攻撃は終了した。

 結局、先頭の彗がツーベースで出たのにもかかわらず、無駄に消耗してしまった七回のイニング。その発端となってセーフティバントを実行した文哉は、ベンチに戻ってくると「……すみません」と青い顔をして呟いた。

「気にするな、俺のミスだ」

 元はと言えば、割り切って堂々としていなかった自分が招いた結果。バントかヒッティングか、初めから明確な意思を持って指示をしていれば、また結果は変わっていたかもしれない。

 ――まだまだだな、俺も。

 去年の秋季大会である程度の結果を出したこと、この試合ではその時のリベンジができ賭けていることで、どこか慢心していたのかもしれない。
 自分の未熟さを痛感しながら、真田はベンチを振り返る。
 チャンスが無くなったという事実は、想像以上のダメージを与えていたようだ。

 ――マズいな……。

 みんな気にしていないというていを装っているが、表情が硬い。気を引き締めているという見方もできるが、こういう状況の時は体が強張ってだいたいエラーやつまらない判断ミスが起きるのが常。
 ベンチを盛り上げようと息を大きく吸い込んだ、その時。

「暗い顔してんじゃない!」

 声を上げたのは、唯一ベンチに入っている女子マネージャーの凛だった。

「まだウチは勝ってるの忘れてない⁉ みんながそんな顔してちゃ、野球の神様が離れてくよ!」

 プレッシャーのかかり続けるフィールドには出ず、責任のある立場でもなく。

 ベンチの中にいて、唯一ベンチから出ることのできない彼女だからこそ言えた、空気を読まない一言だった。

 凛の様相に一瞬空気が凍り付いたが、すぐに宗次郎が「マネージャーにここまで言われちゃ黙ってらんねぇよな?」と付け加える。

 失われかけていた笑みが、再び生まれだした。

「まだ、勝ってる……か」

 真田の中にもあった〝追い詰められえていた〟という意識が徐々に薄れていく。
 焦りすぎていた――皆、そのことを改めて理解したのか、晴れた顔で守備位置に駆けていった。

「ナイス!」

 凛の頭をポンと叩く。

 ふくれっ面で「ビビりなんですよ」と呟く凛。

 とても高校生とは思えない胆力に思わず「肝っ玉母さんって呼ばれるわけだ」と口を滑らすと、キッと真田の方を睨んで「次逸れ言ったら怒りますよ」と低い声で呟いた。

 ――気にってないのか……。

 背後のマネージャーに震えながら、真田はマウンドに意識を戻した。


       ※


 ――ピンチの後にチャンスあり、ってね。

 マウンドに立つ彗は、回の先頭打者にスリーボールとなったところで一つ間を取りながら、その言葉の意味を噛み締めていた。
 凛の一言で活気づいたのは良いものの、登板してからずっと全力投球を続けていた彗の体力が復活するわけではない。

「くー……試合ってこんなに疲れるもんだっけ」

 体が重い。自然と肩で息をしている。
 まだ球数で言えば二十球ちょっとしか投げていない。いつもならばようやく肩が温まってくるころだが、もうギリギリの状況だ。
 スタミナに自信はある方だった彗は、首を傾げながらこの回もストレートを投げ込んだ。
 打順は七番から始まり、下位打線に向かっていく。春日部共平のスタメン全体で見れば打てない方に入るが、全国から選手が集まる春日部共平でスタメンを張っているということは、他の高校に行けばクリーンナップに入る実力はある。事実、今日も新太から強烈なヒットを放っていた。

 ここで打たれちゃこれまでの頑張りが水の泡になってしまうかもしれない。

 慎重に、甘いところには入らないように、確実に――長打だけは避けようと、宗次郎の要求したコースに、置くイメージでストレートを投げ込んだ。

「ふっ――!」

 ――がしかし、ストライクゾーンにはいってくれずボールに。

 先ほどまでクリーンナップをきりきり舞いにしていたストレートを完璧に見切っているようで、特に喜ぶことなく一塁へ走っていく七番を見て彗は「マジかー……」と呟いた。

 攻撃の最初からフォアボール。
 せっかく激励で雰囲気が上がった状況に水を差すような結果に空を見上げた彗に「おい空野、切り替えてけ」と宗次郎が言いながら新しいボールを投げ渡してくる。

「はい」

 そう応えてみるも、やってしまったという気持ちは拭えない。
 切り替えてけ、切り替えてけ――頭の中で何回も繰り返しながら、彗は続く八番を見た。

 バントの構えはない。
 二点差で試合終盤。
 一点を、と言うより大量点を目指してだろう。

 強硬策でくるなら、ケンカ上等。

 もう打たせねぇ――気を取り直して彗はセットポジションに入る。全力で投げ込もう、と腕を振っているその途中。

 まさにリリースするその瞬間、彗の視界にまさかの光景が入り込んだ。

 ――ここでセーフティ⁉

 先ほど、自分たちがミスしたそのプレー。

 ――わざわざここでやんのか……!

 動揺を隠せないまま、彗は球を手放した。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

陽キャグループを追放されたので、ひとりで気ままに大学生活を送ることにしたんだが……なぜか、ぼっちになってから毎日美女たちが話しかけてくる。

電脳ピエロ
恋愛
藤堂 薫は大学で共に行動している陽キャグループの男子2人、大熊 快児と蜂羽 強太から理不尽に追い出されてしまう。 ひとりで気ままに大学生活を送ることを決める薫だったが、薫が以前関わっていた陽キャグループの女子2人、七瀬 瑠奈と宮波 美緒は男子2人が理不尽に薫を追放した事実を知り、彼らと縁を切って薫と積極的に関わろうとしてくる。 しかも、なぜか今まで関わりのなかった同じ大学の美女たちが寄ってくるようになり……。 薫を上手く追放したはずなのにグループの女子全員から縁を切られる性格最悪な男子2人。彼らは瑠奈や美緒を呼び戻そうとするがことごとく無視され、それからも散々な目にあって行くことになる。 やがて自分たちが女子たちと関われていたのは薫のおかげだと気が付き、グループに戻ってくれと言うがもう遅い。薫は居心地のいいグループで楽しく大学生活を送っているのだから。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

三姉妹の姉達は、弟の俺に甘すぎる!

佐々木雄太
青春
四月—— 新たに高校生になった有村敦也。 二つ隣町の高校に通う事になったのだが、 そこでは、予想外の出来事が起こった。 本来、いるはずのない同じ歳の三人の姉が、同じ教室にいた。 長女・唯【ゆい】 次女・里菜【りな】 三女・咲弥【さや】 この三人の姉に甘やかされる敦也にとって、 高校デビューするはずだった、初日。 敦也の高校三年間は、地獄の運命へと導かれるのであった。 カクヨム・小説家になろうでも好評連載中!

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...