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第一部
1-73「vs春日部共平(18)」
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打てないから、九番なのだ。
――せめて粘ってくれ……。
ベンチの奥で息を切らしている彗を少しでも休ませてくれ、などというささやかな願いを込めて真田は見守っていたが、その思いは届かず。
空振りの三振で、この回の攻撃は終了した。
結局、先頭の彗がツーベースで出たのにもかかわらず、無駄に消耗してしまった七回のイニング。その発端となってセーフティバントを実行した文哉は、ベンチに戻ってくると「……すみません」と青い顔をして呟いた。
「気にするな、俺のミスだ」
元はと言えば、割り切って堂々としていなかった自分が招いた結果。バントかヒッティングか、初めから明確な意思を持って指示をしていれば、また結果は変わっていたかもしれない。
――まだまだだな、俺も。
去年の秋季大会である程度の結果を出したこと、この試合ではその時のリベンジができ賭けていることで、どこか慢心していたのかもしれない。
自分の未熟さを痛感しながら、真田はベンチを振り返る。
チャンスが無くなったという事実は、想像以上のダメージを与えていたようだ。
――マズいな……。
みんな気にしていないというていを装っているが、表情が硬い。気を引き締めているという見方もできるが、こういう状況の時は体が強張ってだいたいエラーやつまらない判断ミスが起きるのが常。
ベンチを盛り上げようと息を大きく吸い込んだ、その時。
「暗い顔してんじゃない!」
声を上げたのは、唯一ベンチに入っている女子マネージャーの凛だった。
「まだウチは勝ってるの忘れてない⁉ みんながそんな顔してちゃ、野球の神様が離れてくよ!」
プレッシャーのかかり続けるフィールドには出ず、責任のある立場でもなく。
ベンチの中にいて、唯一ベンチから出ることのできない彼女だからこそ言えた、空気を読まない一言だった。
凛の様相に一瞬空気が凍り付いたが、すぐに宗次郎が「マネージャーにここまで言われちゃ黙ってらんねぇよな?」と付け加える。
失われかけていた笑みが、再び生まれだした。
「まだ、勝ってる……か」
真田の中にもあった〝追い詰められえていた〟という意識が徐々に薄れていく。
焦りすぎていた――皆、そのことを改めて理解したのか、晴れた顔で守備位置に駆けていった。
「ナイス!」
凛の頭をポンと叩く。
ふくれっ面で「ビビりなんですよ」と呟く凛。
とても高校生とは思えない胆力に思わず「肝っ玉母さんって呼ばれるわけだ」と口を滑らすと、キッと真田の方を睨んで「次逸れ言ったら怒りますよ」と低い声で呟いた。
――気にってないのか……。
背後のマネージャーに震えながら、真田はマウンドに意識を戻した。
※
――ピンチの後にチャンスあり、ってね。
マウンドに立つ彗は、回の先頭打者にスリーボールとなったところで一つ間を取りながら、その言葉の意味を噛み締めていた。
凛の一言で活気づいたのは良いものの、登板してからずっと全力投球を続けていた彗の体力が復活するわけではない。
「くー……試合ってこんなに疲れるもんだっけ」
体が重い。自然と肩で息をしている。
まだ球数で言えば二十球ちょっとしか投げていない。いつもならばようやく肩が温まってくるころだが、もうギリギリの状況だ。
スタミナに自信はある方だった彗は、首を傾げながらこの回もストレートを投げ込んだ。
打順は七番から始まり、下位打線に向かっていく。春日部共平のスタメン全体で見れば打てない方に入るが、全国から選手が集まる春日部共平でスタメンを張っているということは、他の高校に行けばクリーンナップに入る実力はある。事実、今日も新太から強烈なヒットを放っていた。
ここで打たれちゃこれまでの頑張りが水の泡になってしまうかもしれない。
慎重に、甘いところには入らないように、確実に――長打だけは避けようと、宗次郎の要求したコースに、置くイメージでストレートを投げ込んだ。
「ふっ――!」
――がしかし、ストライクゾーンにはいってくれずボールに。
先ほどまでクリーンナップをきりきり舞いにしていたストレートを完璧に見切っているようで、特に喜ぶことなく一塁へ走っていく七番を見て彗は「マジかー……」と呟いた。
攻撃の最初からフォアボール。
せっかく激励で雰囲気が上がった状況に水を差すような結果に空を見上げた彗に「おい空野、切り替えてけ」と宗次郎が言いながら新しいボールを投げ渡してくる。
「はい」
そう応えてみるも、やってしまったという気持ちは拭えない。
切り替えてけ、切り替えてけ――頭の中で何回も繰り返しながら、彗は続く八番を見た。
バントの構えはない。
二点差で試合終盤。
一点を、と言うより大量点を目指してだろう。
強硬策でくるなら、ケンカ上等。
もう打たせねぇ――気を取り直して彗はセットポジションに入る。全力で投げ込もう、と腕を振っているその途中。
まさにリリースするその瞬間、彗の視界にまさかの光景が入り込んだ。
――ここでセーフティ⁉
先ほど、自分たちがミスしたそのプレー。
――わざわざここでやんのか……!
動揺を隠せないまま、彗は球を手放した。
――せめて粘ってくれ……。
ベンチの奥で息を切らしている彗を少しでも休ませてくれ、などというささやかな願いを込めて真田は見守っていたが、その思いは届かず。
空振りの三振で、この回の攻撃は終了した。
結局、先頭の彗がツーベースで出たのにもかかわらず、無駄に消耗してしまった七回のイニング。その発端となってセーフティバントを実行した文哉は、ベンチに戻ってくると「……すみません」と青い顔をして呟いた。
「気にするな、俺のミスだ」
元はと言えば、割り切って堂々としていなかった自分が招いた結果。バントかヒッティングか、初めから明確な意思を持って指示をしていれば、また結果は変わっていたかもしれない。
――まだまだだな、俺も。
去年の秋季大会である程度の結果を出したこと、この試合ではその時のリベンジができ賭けていることで、どこか慢心していたのかもしれない。
自分の未熟さを痛感しながら、真田はベンチを振り返る。
チャンスが無くなったという事実は、想像以上のダメージを与えていたようだ。
――マズいな……。
みんな気にしていないというていを装っているが、表情が硬い。気を引き締めているという見方もできるが、こういう状況の時は体が強張ってだいたいエラーやつまらない判断ミスが起きるのが常。
ベンチを盛り上げようと息を大きく吸い込んだ、その時。
「暗い顔してんじゃない!」
声を上げたのは、唯一ベンチに入っている女子マネージャーの凛だった。
「まだウチは勝ってるの忘れてない⁉ みんながそんな顔してちゃ、野球の神様が離れてくよ!」
プレッシャーのかかり続けるフィールドには出ず、責任のある立場でもなく。
ベンチの中にいて、唯一ベンチから出ることのできない彼女だからこそ言えた、空気を読まない一言だった。
凛の様相に一瞬空気が凍り付いたが、すぐに宗次郎が「マネージャーにここまで言われちゃ黙ってらんねぇよな?」と付け加える。
失われかけていた笑みが、再び生まれだした。
「まだ、勝ってる……か」
真田の中にもあった〝追い詰められえていた〟という意識が徐々に薄れていく。
焦りすぎていた――皆、そのことを改めて理解したのか、晴れた顔で守備位置に駆けていった。
「ナイス!」
凛の頭をポンと叩く。
ふくれっ面で「ビビりなんですよ」と呟く凛。
とても高校生とは思えない胆力に思わず「肝っ玉母さんって呼ばれるわけだ」と口を滑らすと、キッと真田の方を睨んで「次逸れ言ったら怒りますよ」と低い声で呟いた。
――気にってないのか……。
背後のマネージャーに震えながら、真田はマウンドに意識を戻した。
※
――ピンチの後にチャンスあり、ってね。
マウンドに立つ彗は、回の先頭打者にスリーボールとなったところで一つ間を取りながら、その言葉の意味を噛み締めていた。
凛の一言で活気づいたのは良いものの、登板してからずっと全力投球を続けていた彗の体力が復活するわけではない。
「くー……試合ってこんなに疲れるもんだっけ」
体が重い。自然と肩で息をしている。
まだ球数で言えば二十球ちょっとしか投げていない。いつもならばようやく肩が温まってくるころだが、もうギリギリの状況だ。
スタミナに自信はある方だった彗は、首を傾げながらこの回もストレートを投げ込んだ。
打順は七番から始まり、下位打線に向かっていく。春日部共平のスタメン全体で見れば打てない方に入るが、全国から選手が集まる春日部共平でスタメンを張っているということは、他の高校に行けばクリーンナップに入る実力はある。事実、今日も新太から強烈なヒットを放っていた。
ここで打たれちゃこれまでの頑張りが水の泡になってしまうかもしれない。
慎重に、甘いところには入らないように、確実に――長打だけは避けようと、宗次郎の要求したコースに、置くイメージでストレートを投げ込んだ。
「ふっ――!」
――がしかし、ストライクゾーンにはいってくれずボールに。
先ほどまでクリーンナップをきりきり舞いにしていたストレートを完璧に見切っているようで、特に喜ぶことなく一塁へ走っていく七番を見て彗は「マジかー……」と呟いた。
攻撃の最初からフォアボール。
せっかく激励で雰囲気が上がった状況に水を差すような結果に空を見上げた彗に「おい空野、切り替えてけ」と宗次郎が言いながら新しいボールを投げ渡してくる。
「はい」
そう応えてみるも、やってしまったという気持ちは拭えない。
切り替えてけ、切り替えてけ――頭の中で何回も繰り返しながら、彗は続く八番を見た。
バントの構えはない。
二点差で試合終盤。
一点を、と言うより大量点を目指してだろう。
強硬策でくるなら、ケンカ上等。
もう打たせねぇ――気を取り直して彗はセットポジションに入る。全力で投げ込もう、と腕を振っているその途中。
まさにリリースするその瞬間、彗の視界にまさかの光景が入り込んだ。
――ここでセーフティ⁉
先ほど、自分たちがミスしたそのプレー。
――わざわざここでやんのか……!
動揺を隠せないまま、彗は球を手放した。
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