彗星と遭う

皆川大輔

文字の大きさ
上 下
77 / 179
第一部

1-72「vs春日部共平(17)」

しおりを挟む
 ふっと軽く振り返ると、ボールはマウンドに向かって転々としている。
 打球を裁くはずのショートはサードのカバーに走っており、まるでエンドランをされたかのように逆を突かれた格好だ。ピッチャーも三塁側に転がった時のことを考えて前進しているはず。
 つまり、今の状況で打球を処理できる選手はだれもいない。

 ――これなら……!

 先ほどは、アウトになるタイミングだぞと叫び散らしていた直観が、今度はセーフになるぞと囁いている。
 それは向こうの選手も同様らしく、特にキャッチャーの海斗はホームに間に合わないと確信しているのか、中腰でタッチの構えをすることなく立ち竦んだまま。
 この直観も、外れじゃない――待ちに待った、待望の追加点が、今まさに目の前にあった。

 これで勝てる、と確信を持って彗はホームベースに向かって今度は足から滑り込んだ。
 この回の後、投げることを考えればやっぱり手は守りたい。遅れてやってきた理性に従ったが故のプレー。
 その冷静なプレーが、命取りとなる。

「甘い!」

 叫んだのは、ホームベースの守護神、海斗。
 棒立ちが一転、パン、とボールをキャッチした音を響かせたかと思えば、急に腰を落としてホームベースの上に立ちふさがる。
 先ほどと同様、もう飛んでいるためブレーキのかけようがない。

 ――あー……マジかよ!

 まるで闘牛士に導かれる牛のように、彗は全力疾走のスピードを維持したまま、海斗に突っ込んだ。
 相手は、最新の技術と理論を持ってがっちり鍛え、高校生としては完成された肉体を持つ三年生。
 一方でこちらは、つい先日まで中学生だったひよっこ一年生。
 どちらが勝つかは明白だった。
 吹き飛ばされる形になった彗は、ゴロゴロとホームベースの奥まで転がり、四回転したところでようやく停止。
 起き上がってホームベースを見ると、海斗が高々とミットを掲げていた。

「アウト!」

 審判の、甲高い声が響く。
 待望の追加点は、水の泡となった。

 ――……なんでだ?

 確実にアウトのタイミングだったはず。
 誰も処理できなかったはず。
 彗は起き上がり、送球が飛んで来たマウンド付近を見てみる。
 そこには、本来いないはずの暴君が、その二つ名よろしく、仁王立ちしていた。


       ※


 絶対にやれない一点を、防いだ。
 このまま試合を進めるのもいいかなと思うも一瞬、勢いに任せちゃいけないなと海斗は瞬時に判断してタイムを要求。審判のコールを聞いてから、一目散にマウンドの風雅の元へ向かった。

 興奮冷めやらぬ様子の風雅は「よっしゃ!」と声を上げる。

「よっしゃ、じゃねぇよアホ」

 海斗はお灸を添える意味を込めて風雅の頭をポカリと殴った。

「いって! いいじゃん、アウトになったんだからー」

「結果論の話をしてるんじゃない」

 ノーアウトランナー二塁の状況で、送りバントはもちろん、セーフティで自分もランナーとして生きようとするバントを試みる可能性は十二分にあるが、実際にそんなケースが起こりえるのはせいぜい数十試合に一度あるかどうかというレアなケース。

 そんなレアなシーンだからこそ、何度も何度も確認して万全を喫していたはずなのに、実際は全く練習にない行動。日ごろの練習を無駄にする行為だ。
 忘れていた、なんて答えれば降板させることを直訴しようとも考えていた海斗は「確認だ。今のシーン、本当にするべきだった行動は?」と、警察が尋問でもするかのような距離で問いかけた。

 鬼のような迫力を見せる海斗に、風雅は「ちょっと息臭いよ」などと冗談を交えて海斗の口に手を当て押しのけながら「ノーアウトランナー二塁で送りっぽいセーフティの時は、ファーストとピッチャーがそれぞれ右と左で打球を処理。俺は三塁側の処理、でしょ?」と一息で言い切った。

「……それをわかってるのに何でさっきは三塁側の打球処理に向かわなかったんだ」

 もし仮に三塁側に転がった際、海斗の言うような動きをして打球を処理すれば単なる送りバントとなり、ワンアウト三塁で被害は最小限に抑えられるが、もし今のプレーをすればノーアウト一、三塁と最悪の状況ができてしまう。
 そのことがわかってんのか、と言いかけたところで、海斗は口を噤んだ。

「……何か起こりそうな、そんな気がしたんだ」

 野球を楽しむことを第一にしている風雅が、普段見せない真剣な顔。
 言いようのない威圧感が漂うその姿は、正に暴君だった。
 確信を持ってやったんだ、そう言わんばかりの表情に堪忍し、海斗は「あとアウト二つ、気を抜くなよ」と言いマウンドを後にする。

「気を抜くわけないよ。ここ抑えれば次の攻撃、逆転できるだろうし」

 海斗の背後で、自信満々に風雅は呟く。

「確かにな」

 彩星高校のベンチを見ながら、海斗も呟いた。


       ※


 ――一番最悪なパターンだ。

 引き続き、声を出しはするもののポーカーフェイスを崩さない真田だったが、心はひたすらにざわついていた。
 点は取れず、ピッチャーの彗はダイヤモンドを走り回り、リズムもぐちゃぐちゃ。
 苦し紛れで送りバントのサインを出し、ランナーを二塁に進めるも、バッターは九番。
 一番の真司につなげてくれればまだ可能性はあるが、それができれば九番に座っていない。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

陽キャグループを追放されたので、ひとりで気ままに大学生活を送ることにしたんだが……なぜか、ぼっちになってから毎日美女たちが話しかけてくる。

電脳ピエロ
恋愛
藤堂 薫は大学で共に行動している陽キャグループの男子2人、大熊 快児と蜂羽 強太から理不尽に追い出されてしまう。 ひとりで気ままに大学生活を送ることを決める薫だったが、薫が以前関わっていた陽キャグループの女子2人、七瀬 瑠奈と宮波 美緒は男子2人が理不尽に薫を追放した事実を知り、彼らと縁を切って薫と積極的に関わろうとしてくる。 しかも、なぜか今まで関わりのなかった同じ大学の美女たちが寄ってくるようになり……。 薫を上手く追放したはずなのにグループの女子全員から縁を切られる性格最悪な男子2人。彼らは瑠奈や美緒を呼び戻そうとするがことごとく無視され、それからも散々な目にあって行くことになる。 やがて自分たちが女子たちと関われていたのは薫のおかげだと気が付き、グループに戻ってくれと言うがもう遅い。薫は居心地のいいグループで楽しく大学生活を送っているのだから。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

三姉妹の姉達は、弟の俺に甘すぎる!

佐々木雄太
青春
四月—— 新たに高校生になった有村敦也。 二つ隣町の高校に通う事になったのだが、 そこでは、予想外の出来事が起こった。 本来、いるはずのない同じ歳の三人の姉が、同じ教室にいた。 長女・唯【ゆい】 次女・里菜【りな】 三女・咲弥【さや】 この三人の姉に甘やかされる敦也にとって、 高校デビューするはずだった、初日。 敦也の高校三年間は、地獄の運命へと導かれるのであった。 カクヨム・小説家になろうでも好評連載中!

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...