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第一部
1-72「vs春日部共平(17)」
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ふっと軽く振り返ると、ボールはマウンドに向かって転々としている。
打球を裁くはずのショートはサードのカバーに走っており、まるでエンドランをされたかのように逆を突かれた格好だ。ピッチャーも三塁側に転がった時のことを考えて前進しているはず。
つまり、今の状況で打球を処理できる選手はだれもいない。
――これなら……!
先ほどは、アウトになるタイミングだぞと叫び散らしていた直観が、今度はセーフになるぞと囁いている。
それは向こうの選手も同様らしく、特にキャッチャーの海斗はホームに間に合わないと確信しているのか、中腰でタッチの構えをすることなく立ち竦んだまま。
この直観も、外れじゃない――待ちに待った、待望の追加点が、今まさに目の前にあった。
これで勝てる、と確信を持って彗はホームベースに向かって今度は足から滑り込んだ。
この回の後、投げることを考えればやっぱり手は守りたい。遅れてやってきた理性に従ったが故のプレー。
その冷静なプレーが、命取りとなる。
「甘い!」
叫んだのは、ホームベースの守護神、海斗。
棒立ちが一転、パン、とボールをキャッチした音を響かせたかと思えば、急に腰を落としてホームベースの上に立ちふさがる。
先ほどと同様、もう飛んでいるためブレーキのかけようがない。
――あー……マジかよ!
まるで闘牛士に導かれる牛のように、彗は全力疾走のスピードを維持したまま、海斗に突っ込んだ。
相手は、最新の技術と理論を持ってがっちり鍛え、高校生としては完成された肉体を持つ三年生。
一方でこちらは、つい先日まで中学生だったひよっこ一年生。
どちらが勝つかは明白だった。
吹き飛ばされる形になった彗は、ゴロゴロとホームベースの奥まで転がり、四回転したところでようやく停止。
起き上がってホームベースを見ると、海斗が高々とミットを掲げていた。
「アウト!」
審判の、甲高い声が響く。
待望の追加点は、水の泡となった。
――……なんでだ?
確実にアウトのタイミングだったはず。
誰も処理できなかったはず。
彗は起き上がり、送球が飛んで来たマウンド付近を見てみる。
そこには、本来いないはずの暴君が、その二つ名よろしく、仁王立ちしていた。
※
絶対にやれない一点を、防いだ。
このまま試合を進めるのもいいかなと思うも一瞬、勢いに任せちゃいけないなと海斗は瞬時に判断してタイムを要求。審判のコールを聞いてから、一目散にマウンドの風雅の元へ向かった。
興奮冷めやらぬ様子の風雅は「よっしゃ!」と声を上げる。
「よっしゃ、じゃねぇよアホ」
海斗はお灸を添える意味を込めて風雅の頭をポカリと殴った。
「いって! いいじゃん、アウトになったんだからー」
「結果論の話をしてるんじゃない」
ノーアウトランナー二塁の状況で、送りバントはもちろん、セーフティで自分もランナーとして生きようとするバントを試みる可能性は十二分にあるが、実際にそんなケースが起こりえるのはせいぜい数十試合に一度あるかどうかというレアなケース。
そんなレアなシーンだからこそ、何度も何度も確認して万全を喫していたはずなのに、実際は全く練習にない行動。日ごろの練習を無駄にする行為だ。
忘れていた、なんて答えれば降板させることを直訴しようとも考えていた海斗は「確認だ。今のシーン、本当にするべきだった行動は?」と、警察が尋問でもするかのような距離で問いかけた。
鬼のような迫力を見せる海斗に、風雅は「ちょっと息臭いよ」などと冗談を交えて海斗の口に手を当て押しのけながら「ノーアウトランナー二塁で送りっぽいセーフティの時は、ファーストとピッチャーがそれぞれ右と左で打球を処理。俺は三塁側の処理、でしょ?」と一息で言い切った。
「……それをわかってるのに何でさっきは三塁側の打球処理に向かわなかったんだ」
もし仮に三塁側に転がった際、海斗の言うような動きをして打球を処理すれば単なる送りバントとなり、ワンアウト三塁で被害は最小限に抑えられるが、もし今のプレーをすればノーアウト一、三塁と最悪の状況ができてしまう。
そのことがわかってんのか、と言いかけたところで、海斗は口を噤んだ。
「……何か起こりそうな、そんな気がしたんだ」
野球を楽しむことを第一にしている風雅が、普段見せない真剣な顔。
言いようのない威圧感が漂うその姿は、正に暴君だった。
確信を持ってやったんだ、そう言わんばかりの表情に堪忍し、海斗は「あとアウト二つ、気を抜くなよ」と言いマウンドを後にする。
「気を抜くわけないよ。ここ抑えれば次の攻撃、逆転できるだろうし」
海斗の背後で、自信満々に風雅は呟く。
「確かにな」
彩星高校のベンチを見ながら、海斗も呟いた。
※
――一番最悪なパターンだ。
引き続き、声を出しはするもののポーカーフェイスを崩さない真田だったが、心はひたすらにざわついていた。
点は取れず、ピッチャーの彗はダイヤモンドを走り回り、リズムもぐちゃぐちゃ。
苦し紛れで送りバントのサインを出し、ランナーを二塁に進めるも、バッターは九番。
一番の真司につなげてくれればまだ可能性はあるが、それができれば九番に座っていない。
打球を裁くはずのショートはサードのカバーに走っており、まるでエンドランをされたかのように逆を突かれた格好だ。ピッチャーも三塁側に転がった時のことを考えて前進しているはず。
つまり、今の状況で打球を処理できる選手はだれもいない。
――これなら……!
先ほどは、アウトになるタイミングだぞと叫び散らしていた直観が、今度はセーフになるぞと囁いている。
それは向こうの選手も同様らしく、特にキャッチャーの海斗はホームに間に合わないと確信しているのか、中腰でタッチの構えをすることなく立ち竦んだまま。
この直観も、外れじゃない――待ちに待った、待望の追加点が、今まさに目の前にあった。
これで勝てる、と確信を持って彗はホームベースに向かって今度は足から滑り込んだ。
この回の後、投げることを考えればやっぱり手は守りたい。遅れてやってきた理性に従ったが故のプレー。
その冷静なプレーが、命取りとなる。
「甘い!」
叫んだのは、ホームベースの守護神、海斗。
棒立ちが一転、パン、とボールをキャッチした音を響かせたかと思えば、急に腰を落としてホームベースの上に立ちふさがる。
先ほどと同様、もう飛んでいるためブレーキのかけようがない。
――あー……マジかよ!
まるで闘牛士に導かれる牛のように、彗は全力疾走のスピードを維持したまま、海斗に突っ込んだ。
相手は、最新の技術と理論を持ってがっちり鍛え、高校生としては完成された肉体を持つ三年生。
一方でこちらは、つい先日まで中学生だったひよっこ一年生。
どちらが勝つかは明白だった。
吹き飛ばされる形になった彗は、ゴロゴロとホームベースの奥まで転がり、四回転したところでようやく停止。
起き上がってホームベースを見ると、海斗が高々とミットを掲げていた。
「アウト!」
審判の、甲高い声が響く。
待望の追加点は、水の泡となった。
――……なんでだ?
確実にアウトのタイミングだったはず。
誰も処理できなかったはず。
彗は起き上がり、送球が飛んで来たマウンド付近を見てみる。
そこには、本来いないはずの暴君が、その二つ名よろしく、仁王立ちしていた。
※
絶対にやれない一点を、防いだ。
このまま試合を進めるのもいいかなと思うも一瞬、勢いに任せちゃいけないなと海斗は瞬時に判断してタイムを要求。審判のコールを聞いてから、一目散にマウンドの風雅の元へ向かった。
興奮冷めやらぬ様子の風雅は「よっしゃ!」と声を上げる。
「よっしゃ、じゃねぇよアホ」
海斗はお灸を添える意味を込めて風雅の頭をポカリと殴った。
「いって! いいじゃん、アウトになったんだからー」
「結果論の話をしてるんじゃない」
ノーアウトランナー二塁の状況で、送りバントはもちろん、セーフティで自分もランナーとして生きようとするバントを試みる可能性は十二分にあるが、実際にそんなケースが起こりえるのはせいぜい数十試合に一度あるかどうかというレアなケース。
そんなレアなシーンだからこそ、何度も何度も確認して万全を喫していたはずなのに、実際は全く練習にない行動。日ごろの練習を無駄にする行為だ。
忘れていた、なんて答えれば降板させることを直訴しようとも考えていた海斗は「確認だ。今のシーン、本当にするべきだった行動は?」と、警察が尋問でもするかのような距離で問いかけた。
鬼のような迫力を見せる海斗に、風雅は「ちょっと息臭いよ」などと冗談を交えて海斗の口に手を当て押しのけながら「ノーアウトランナー二塁で送りっぽいセーフティの時は、ファーストとピッチャーがそれぞれ右と左で打球を処理。俺は三塁側の処理、でしょ?」と一息で言い切った。
「……それをわかってるのに何でさっきは三塁側の打球処理に向かわなかったんだ」
もし仮に三塁側に転がった際、海斗の言うような動きをして打球を処理すれば単なる送りバントとなり、ワンアウト三塁で被害は最小限に抑えられるが、もし今のプレーをすればノーアウト一、三塁と最悪の状況ができてしまう。
そのことがわかってんのか、と言いかけたところで、海斗は口を噤んだ。
「……何か起こりそうな、そんな気がしたんだ」
野球を楽しむことを第一にしている風雅が、普段見せない真剣な顔。
言いようのない威圧感が漂うその姿は、正に暴君だった。
確信を持ってやったんだ、そう言わんばかりの表情に堪忍し、海斗は「あとアウト二つ、気を抜くなよ」と言いマウンドを後にする。
「気を抜くわけないよ。ここ抑えれば次の攻撃、逆転できるだろうし」
海斗の背後で、自信満々に風雅は呟く。
「確かにな」
彩星高校のベンチを見ながら、海斗も呟いた。
※
――一番最悪なパターンだ。
引き続き、声を出しはするもののポーカーフェイスを崩さない真田だったが、心はひたすらにざわついていた。
点は取れず、ピッチャーの彗はダイヤモンドを走り回り、リズムもぐちゃぐちゃ。
苦し紛れで送りバントのサインを出し、ランナーを二塁に進めるも、バッターは九番。
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