彗星と遭う

皆川大輔

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第一部

1-68「vs春日部共平(13)」

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 変化球もコースも関係ない。
 ただ、自分が一番自信を持っているストレートを投げ込むだけ。

 ――そう、それだけでいいんだ。

 不安や焦り、恐れや興奮――マウンドに上がった時に湧いて出た感情が、全て沈んでいく。

 ただ、ストレートを投げるだけ。そう考えれば考えるほど、感情が沈殿していく。
 大きく振りかぶったその時には、全ての感情を置き去りにしているような、そんな集中力の中に、彗はいた。

「いっ――け!」

 全力で、迷いなくボールを投げ込む。
 唸りを上げるストレートは、唸りを上げてキャッチャーミットめがけて突進していく。
 獲物を見つけた獣のように、爆発音を轟かせてミットに収まった。
 一瞬の静寂。
 審判も、コールをすることを躊躇ってしまうような、ど真ん中のストレート。
 彗は、ふとバックスクリーンを振り返った。

「ス、ストライク!」

 審判のコールを背に、彗はバックスクリーンの球速表示を見る。
 154キロ。
 風雅に並ぶと同時に、世界大会で出した自己最速を更新した。

 ――この感覚……どっかで……。

 肩が熱い。心が冷たい。酷く冷静に、燃えている。
 そんな研ぎ澄まされた思考が、誰にも打たれない、と囁いてくる――不思議な確信を持ってマウンドに立っている。

「あー、そうだ」

 台湾戦の最終回、帝王を相手にした時と、全く同じ感覚だった。
 彗は、宗次郎から投げ返されたボールを受け取ると「これだ」と呟いて、感覚を確かめるようにボールを見つめまわしてから宗次郎のサインを待った。
 要求してきたのは、再びストレート。

 この感覚を忘れたくない――サインに頷くことすら忘れて、彗は投球動作に移った。


       ※


 ――末恐ろしいやつだ。

 一瞬、ボールを投げ返すことも二塁ランナーの動きを確認することも忘れてしまった自分を恥じながら、宗次郎はミットを構えた。
 ゆったりと、それでいてダイナミックなフォーム。ランナーがいることなど、とうの昔に忘れてしまっているのだろう。もし今、盗塁でもしかけられたら防ぎようがない。
 しかし、二球目もランナーは走らなかった。
 二塁にいるのは一番打者。一塁も二番打者で、それぞれ相当な走力を持っている。にもかかわらず、スタートを切れないのは、彗の放つ威圧感によるものだった。
 いくら速い球を打って練習を重ねてきたといっても、それは所詮ピッチングマシンという偽りの速さか、風雅の放つ、全く別の速さだけ。

 甲子園でもそうはお目にかかれないだろう、この異次元のストレート。打ち返すとなれば、バットを振るタイミング、角度、インパクト――そのすべてが求められる。

 一つでも狂ってしまえば、空振りか当たっても明後日の方向に飛んで行くだけ。
 そして、これらの条件をすべてクリアするためには、尋常ではない相当な集中力が求められる。
 もしここで盗塁してランナーを進めても、僅かな時間の変化が集中力を散らしてしまい、バットに当たらなければ意味はない。
 少しでもヒットが出る可能性が高い方を選んでの〝待ち〟だ。

 事実、集中はできているようで、足でタイミングを取ることはできている。

 ――それでも、バットを振らせんとはな。

 そんなランナーの配慮があっても、ど真ん中を二球見逃してしまった。
 仮にも、春日部共平のクリーンナップ。彼にも自信や誇りがあったのだろう。手も足も出ないということが信じられないと、表情が物語っている。
「同情するよ」と、青ざめる三番に呟いてから宗次郎は再びミットを構えた。
 サインはもちろんストレート。
 三度ゆっくりと振りかぶった彗は、ボールを投げ込む。
 三球連続ど真ん中、三球連続ストレートで、三球三振。

「……出来すぎだ」

 変化球やコントロールと言う枷から解放されたそのピッチング内容は、常識から逸脱した世界にある。
 正に、怪物のそれだった。


       ※


「ひゃ、ひゃくごじゅうよんキロを、一年生が、連続で⁉」

 驚きのあまり声を荒げた熊谷を他所に、森下は舌なめずりをしながらマウンドを見つめていた。

 ――間違いない。あれは、行方をくらませた怪物。

「こんなところにいたんだ」と言いながら、森下は携帯を熊谷に押し付けて「ちょっと、編集長に電話して」とだけ言うと、バッグからカメラを取り出し、望遠レンズを取り付けて準備万端。

 スナイパーよろしく、マウンドから降りる彗に標準を合わせた。
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