彗星と遭う

皆川大輔

文字の大きさ
上 下
72 / 179
第一部

1-67「vs春日部共平(12)」

しおりを挟む
 マウンドに辿り着いた彗は、投球練習をそこそこに済ませているのだろう。少し息を切らし、微かに汗ばんでいる。

「すまん、ピンチになっちった」

 申し訳なさを含んだ声を絞り出すと、彗は「問題ないです、この方が燃えます」と、新太のボールを受け取った。
 チャンスをつぶした後に訪れた、一点も取られたくないピンチの場面。
 しかも相手はクリーンナップ。

 ――……どうしてそんな顔できるんだ?

 そんな場面なのにも関わらず、彗はこの瞬間を待っていたと言わんばかりに晴れやかな表情をしていた。
 どうしてだよ、なんてこれからマウンドに上がる後輩に言えるわけもなく。

「頑張れよ」とありきたりな言葉をかけながら、手元のボールを力強く彗のミットに押し込むようにして手渡した。


       ※


 ボールを渡され、彗は「はい」とだけ力強く応える。
 そこで会話は終わり。新太は顔を少しうつむかせながら、ベンチへ帰っていった。

 その姿を見送っていると「おい、集中しろよ」と宗次郎に声をかけられて我に返る。

「あ、すみません」

 元気がなかったように見えたのは、投げ続けたことによる疲労だろうか。
 この間のブルペンでキャッチボールをしてくれた時に見せた優しさも、昔一緒にゲームをした時の楽しさも感じられない、物悲しい背中――気のせいだ、と無理矢理に切り替えると同時に、宗次郎は「変化球はカーブだけで行く」とだけ短く言い放った。

「へ?」

「そのカーブも一割くらいで、ストライクはいらない。大きく外れてもいい。カウントはストレートで稼いで、決め球もストレートだ。多少甘くなってもいいから、球威重視で――」と宗次郎が言いかけたところで「ほぼストレートって……危なくないですか?」と彗は思わず横やりを入れた。

「……いや、むしろ今に関しては、一番安全なボールだ」

「安全?」

 意図を汲み取れず、頭にハテナマークを浮かべる彗に「はぁ」と宗次郎がため息をつくと、サードにいた嵐が苦笑いをしながら近寄ってきて「さっきまで誰が投げてた?」と彗に問いかけた。

 新太の方を見ながら「……そりゃもちろん」というと「そう。投げてたのは、新太さんだったんだよ」と、ロジンバッドを触りながら嵐が答えた。

「新太は、サイドスローに近い投げ方の変則の左腕。球速は120キロ台……しかも、変化球の割合も六割以上だ。連中は、そんな遅い球を一時間近くアイツらは見てきた」

「そんな中、速球派で上から放るタイプのお前が投げたら、どうなると思う?」

 そこまで言われて、ようやく彗は意図を理解した彗は「なるほど」と呟く。

 単純な話、目が慣れていないということだ。
 もちろん、春日部共平レベルの強豪ならば、速い球を打つ練習はしているだろう。ピッチングマシンや、風雅のようなピッチャーが練習で投げることだってあるだろう。
 しかし、一〇〇球以上をじっくりと攻め込んだおかげで、共平の選手たちは遅い球を打つために、タイミングも遅い球仕様にしている。

 そんな中、急に速い球が来れば――彗が一球も投げない間に、既に緩急と言う状況が成り立っていた。

 ――先輩たち、ここまで考えてたのか……。

 交代することも考えてじっくり作戦を練っていた先輩バッテリーに舌を巻いていると「わかったんならいい」と嵐は守備位置に戻り「投球練習は全部カーブ要求するからな」と宗次郎も定位置に戻っていった。

 このカーブ要求もなるべく早い球を見せたくないため――徹底してるな、と口の中で呟いてから、一人マウンドに残った彗は新太から受け継いだボールを手に取る。
 この間の試合は、大差がついた中でのピッチングだった。言わば調整のような、経験を積むような登板。
 しかし、今回は僅差でピンチで、強豪校のクリーンナップ相手の登板。
 間違いなく、戦力としてここに立っている。
 あの、ぼこぼこに打たれた先輩たちの一員となって、戦っている。
 背番号を貰った時も、コールド勝ちを決めた時も感じなかった、認めてもらったという実感。
 一軍が決まった時、一星と昼食時に話した〝認められたんだろ〟という言葉が、巡り巡って彗の脳裏を駆け巡っていた。
 漠然とした予感が、確信に変わる……そんな瞬間。

 ――アイツ、ずりーな。

 今日、スタメンで出場している一星は、恐らくとうに味わっている感情なのだろう。
 出遅れたな、なんて事を考えながら、宗次郎に言われたまま、準備投球としてカーブを五球だけ投げ込むと、試合が再開される。
 バッターボックスに入った三番を睨みつけながら、彗は宗次郎のサインを確認してから投げ込んだ。
 要求してきたのは、宣言通りストレート。
 ここに投げ込んで来い、と言わんばかりに、黒いキャッチャーミットをインコース低めにドンと構える。
 一星よりも一回り大きい、ミットを構える姿。妙な安心感があるな、と感じながら彗は振りかぶった。
 ともかく、最高のストレートを投げるだけ。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

昔義妹だった女の子が通い妻になって矯正してくる件

マサタカ
青春
 俺には昔、義妹がいた。仲が良くて、目に入れても痛くないくらいのかわいい女の子だった。 あれから数年経って大学生になった俺は友人・先輩と楽しく過ごし、それなりに充実した日々を送ってる。   そんなある日、偶然元義妹と再会してしまう。 「久しぶりですね、兄さん」 義妹は見た目や性格、何より俺への態度。全てが変わってしまっていた。そして、俺の生活が爛れてるって言って押しかけて来るようになってしまい・・・・・・。  ただでさえ再会したことと変わってしまったこと、そして過去にあったことで接し方に困っているのに成長した元義妹にドギマギさせられてるのに。 「矯正します」 「それがなにか関係あります? 今のあなたと」  冷たい視線は俺の過去を思い出させて、罪悪感を募らせていく。それでも、義妹とまた会えて嬉しくて。    今の俺たちの関係って義兄弟? それとも元家族? 赤の他人? ノベルアッププラスでも公開。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語

六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

アイドルの染み

カルラ アンジェリ
大衆娯楽
アイドルの少女が寝起きドッキリでおねしょしてしまい、それが全国に中継されるというハプニングに見舞われる話

幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。

四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……? どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、 「私と同棲してください!」 「要求が増えてますよ!」 意味のわからない同棲宣言をされてしまう。 とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。 中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。 無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

処理中です...