71 / 179
第一部
1-66「vs春日部共平(11)」
しおりを挟む
「心強いって言っても気を抜くなよ。下位打線から始まるんだから、なるべくアウト稼いで交代だ」
「へいへい、わかってますよ」
マウンド上で宗次郎と会話を交わしてから、試合が再開される。
先ほどのマウンド整備で、若干体力が回復したな、と体の軽さを感じながら新太はバッターボックスに入ろうとする八番バッターを見た。
しっかりとしたガタイに、鋭い振り。他の高校なら……というより、もし彩星にいたら間違いなくクリーンナップだろう。その証拠に、今日もヒットを一本とフォアボールを一つ出してしまっている。
油断は引き続きできない。
深く息を吐き出してから、ピッチングに専念する。
相手は右打者。
慎重に、と、初球はアウトローにストレートを投げ空振りを奪い、ストライク。
二球目、真ん中付近低めから逃げるようにして落ちるフォークを見逃され、ボール。
三球目、ボールゾーンからストライクゾーンギリギリに入ってくるアウトコースへのカーブで、見逃しストライク。
四球目、今度はまたインコースに、ボールになるスライダーを投げるも見逃されてボール。
五球目、アウトコースにツーシームを決め球として投げ込むも、ボール。
コースもストライクゾーンだけではなくボールゾーンまで利用し、変化球も使えるものは全て総動員してのピッチングで、フルカウントまで持ってきた。
――今日はこんなんばっかだ。
ほぼ毎回のようにフルカウントになった結果、球数は次の投球で一〇〇になる。いくら体力を強化したとはいっても、流石にキツイな――滴る汗を気にもせず、宗次郎の要求するカーブをインコースに投げ込んだ。
何とか空振り三振。よしっ、とガッツポーズをしてみるも、力がこもっていない情けないガッツポーズになっていた。
続いての九番は左打者。
――あーもう……やりにくい。
彩星高校と同じように左右が交互に並んでいる打線に、新太は苛立ちを覚えていた。
特に気にしないという人もいるようだが、右打席の選手と左打席の選手とでは攻め方が違ってくる。特に、新太のようなコントロールを売りにしている選手は、打者ひとり毎に目指す的が変わってくるため、余計に神経をすり減らされる。
去年から率いている真田監督が、就任した瞬間から提唱していたジグザグ打線。効果何てねーよなんて考えていた自分を説教してやりたいな、と当時のことを思い出しながら、二人目のバッターにも全部の球種を使いながら攻め立てた。
ボール、ストライク、ボール――やはりともいうべきだろうか。しっかりと見極められ、この打者にもフルカウント。
「いい加減、すんなり終わってくれ!」
情けない願いを込めながら投げたツーシーム。インコースに投げ込んだその球は、抉るようにして左打者のインコースに食い込む。
バットの根元に当たって、ぼてぼての内野ゴロ。セカンドの文哉が華麗に捌いてツーアウトまで漕ぎつけた。
「さ、ここからだ」
いくら協力とはいっても、下位打線は下位打線。ここから刃物は違うぞ、と気合を入れ直してから宗次郎のサインを待った。
――ずいぶん強気だなぁ……。
初球からインコースのストレート。これまでとは違う配球をしようという意図なのだろう。
リードは全部宗次郎任せな新太は「わかったよ」とグローブの中で囁くと、控えめに振りかぶった。
――これで仰け反っておけ!
インコースの厳しいボールゾーンに飛び込むストレート。ここなら打たれないだろう――数少ない右が続くこの打順。目線もズレない。
自信を持ってストレートを投げ込んだ。
抜群のコース。
しかし、そんなストレートを簡単にレフト前へはじき返してきた。
「かーっ、今の打たれるか……」
練習試合の時の彗だな、なんてことを考えながら次の左打者を見る。
これまた打ちそうな、ごつい体格の左打者。ホントに同学年かよ、と思いながら投げ込む。
アウトコースへのスライダー。これも完璧なコースに決まったはずだったが、まるで来ることが分かっていたかのように踏み込まれ、レフト前にヒットを打たれた。
これが、球が遅い新太の限界。
初見ではなかなか打ちにくい遅いストレートに、多種多様な変化球。最初は戸惑い打ちあぐねるが、目が慣れてしまえばただの遅いボール。近所のバッティングセンターと同レベルの球速しか出せないとなれば、滅多打ちは必至。
「ピッチャー交代!」
だから、この交代も想定内。
そう、想定内――。
交代を告げられて、ブルペンから走ってくる彗。
――羨ましいよ、お前が。
どうしたって、遅い球しか投げられない自分では限界がある。
プロという道も、大学で野球を続けるという道もほとんどあり得ない。
一方で、彗のように速いボールを投げられるというのは、それだけで才能だ。
敵のエース、兵頭風雅にしかり、怪物一年生、空野彗にしかり。彼らは、その先の景色も見ることができる。
――羨ましいよ。
未来ある年下の二人を思いながら、新太はまた一試合投げ切れなかったという現実と、自分の限界を痛感し、ボールをギュッと握りしめて悔しさを噛み締めた。
「へいへい、わかってますよ」
マウンド上で宗次郎と会話を交わしてから、試合が再開される。
先ほどのマウンド整備で、若干体力が回復したな、と体の軽さを感じながら新太はバッターボックスに入ろうとする八番バッターを見た。
しっかりとしたガタイに、鋭い振り。他の高校なら……というより、もし彩星にいたら間違いなくクリーンナップだろう。その証拠に、今日もヒットを一本とフォアボールを一つ出してしまっている。
油断は引き続きできない。
深く息を吐き出してから、ピッチングに専念する。
相手は右打者。
慎重に、と、初球はアウトローにストレートを投げ空振りを奪い、ストライク。
二球目、真ん中付近低めから逃げるようにして落ちるフォークを見逃され、ボール。
三球目、ボールゾーンからストライクゾーンギリギリに入ってくるアウトコースへのカーブで、見逃しストライク。
四球目、今度はまたインコースに、ボールになるスライダーを投げるも見逃されてボール。
五球目、アウトコースにツーシームを決め球として投げ込むも、ボール。
コースもストライクゾーンだけではなくボールゾーンまで利用し、変化球も使えるものは全て総動員してのピッチングで、フルカウントまで持ってきた。
――今日はこんなんばっかだ。
ほぼ毎回のようにフルカウントになった結果、球数は次の投球で一〇〇になる。いくら体力を強化したとはいっても、流石にキツイな――滴る汗を気にもせず、宗次郎の要求するカーブをインコースに投げ込んだ。
何とか空振り三振。よしっ、とガッツポーズをしてみるも、力がこもっていない情けないガッツポーズになっていた。
続いての九番は左打者。
――あーもう……やりにくい。
彩星高校と同じように左右が交互に並んでいる打線に、新太は苛立ちを覚えていた。
特に気にしないという人もいるようだが、右打席の選手と左打席の選手とでは攻め方が違ってくる。特に、新太のようなコントロールを売りにしている選手は、打者ひとり毎に目指す的が変わってくるため、余計に神経をすり減らされる。
去年から率いている真田監督が、就任した瞬間から提唱していたジグザグ打線。効果何てねーよなんて考えていた自分を説教してやりたいな、と当時のことを思い出しながら、二人目のバッターにも全部の球種を使いながら攻め立てた。
ボール、ストライク、ボール――やはりともいうべきだろうか。しっかりと見極められ、この打者にもフルカウント。
「いい加減、すんなり終わってくれ!」
情けない願いを込めながら投げたツーシーム。インコースに投げ込んだその球は、抉るようにして左打者のインコースに食い込む。
バットの根元に当たって、ぼてぼての内野ゴロ。セカンドの文哉が華麗に捌いてツーアウトまで漕ぎつけた。
「さ、ここからだ」
いくら協力とはいっても、下位打線は下位打線。ここから刃物は違うぞ、と気合を入れ直してから宗次郎のサインを待った。
――ずいぶん強気だなぁ……。
初球からインコースのストレート。これまでとは違う配球をしようという意図なのだろう。
リードは全部宗次郎任せな新太は「わかったよ」とグローブの中で囁くと、控えめに振りかぶった。
――これで仰け反っておけ!
インコースの厳しいボールゾーンに飛び込むストレート。ここなら打たれないだろう――数少ない右が続くこの打順。目線もズレない。
自信を持ってストレートを投げ込んだ。
抜群のコース。
しかし、そんなストレートを簡単にレフト前へはじき返してきた。
「かーっ、今の打たれるか……」
練習試合の時の彗だな、なんてことを考えながら次の左打者を見る。
これまた打ちそうな、ごつい体格の左打者。ホントに同学年かよ、と思いながら投げ込む。
アウトコースへのスライダー。これも完璧なコースに決まったはずだったが、まるで来ることが分かっていたかのように踏み込まれ、レフト前にヒットを打たれた。
これが、球が遅い新太の限界。
初見ではなかなか打ちにくい遅いストレートに、多種多様な変化球。最初は戸惑い打ちあぐねるが、目が慣れてしまえばただの遅いボール。近所のバッティングセンターと同レベルの球速しか出せないとなれば、滅多打ちは必至。
「ピッチャー交代!」
だから、この交代も想定内。
そう、想定内――。
交代を告げられて、ブルペンから走ってくる彗。
――羨ましいよ、お前が。
どうしたって、遅い球しか投げられない自分では限界がある。
プロという道も、大学で野球を続けるという道もほとんどあり得ない。
一方で、彗のように速いボールを投げられるというのは、それだけで才能だ。
敵のエース、兵頭風雅にしかり、怪物一年生、空野彗にしかり。彼らは、その先の景色も見ることができる。
――羨ましいよ。
未来ある年下の二人を思いながら、新太はまた一試合投げ切れなかったという現実と、自分の限界を痛感し、ボールをギュッと握りしめて悔しさを噛み締めた。
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
真夏の温泉物語
矢木羽研
青春
山奥の温泉にのんびり浸かっていた俺の前に現れた謎の少女は何者……?ちょっとエッチ(R15)で切ない、真夏の白昼夢。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました
フルーツパフェ
大衆娯楽
とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。
曰く、全校生徒はパンツを履くこと。
生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?
史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。
全体的にどうしようもない高校生日記
天平 楓
青春
ある年の春、高校生になった僕、金沢籘華(かなざわとうか)は念願の玉津高校に入学することができた。そこで出会ったのは中学時代からの友人北見奏輝と喜多方楓の二人。喜多方のどうしようもない性格に奔放されつつも、北見の秘められた性格、そして自身では気づくことのなかった能力に気づいていき…。
ブラックジョーク要素が含まれていますが、決して特定の民族並びに集団を侮蔑、攻撃、または礼賛する意図はありません。
プレッシャァー 〜農高校球児の成り上がり〜
三日月コウヤ
青春
父親の異常な教育によって一人野球同然でマウンドに登り続けた主人公赤坂輝明(あかさかてるあき)。
父の他界後母親と暮らすようになり一年。母親の母校である農業高校で個性の強いチームメイトと生活を共にしながらありきたりでありながらかけがえのないモノを取り戻しながら一緒に苦難を乗り越えて甲子園目指す。そんなお話です
*進行速度遅めですがご了承ください
*この作品はカクヨムでも投稿しております
切り札の男
古野ジョン
青春
野球への未練から、毎日のようにバッティングセンターに通う高校一年生の久保雄大。
ある日、野球部のマネージャーだという滝川まなに野球部に入るよう頼まれる。
理由を聞くと、「三年の兄をプロ野球選手にするため、少しでも大会で勝ち上がりたい」のだという。
そんな簡単にプロ野球に入れるわけがない。そう思った久保は、つい彼女と口論してしまう。
その結果、「兄の球を打ってみろ」とけしかけられてしまった。
彼はその挑発に乗ってしまうが……
小説家になろう・カクヨム・ハーメルンにも掲載しています。
坊主頭の絆:学校を変えた一歩【シリーズ】
S.H.L
青春
高校生のあかりとユイは、学校を襲う謎の病に立ち向かうため、伝説に基づく古い儀式に従い、坊主頭になる決断をします。この一見小さな行動は、学校全体に大きな影響を与え、生徒や教職員の間で新しい絆と理解を生み出します。
物語は、あかりとユイが学校の秘密を解き明かし、新しい伝統を築く過程を追いながら、彼女たちの内面の成長と変革の旅を描きます。彼女たちの行動は、生徒たちにインスピレーションを与え、更には教師にも影響を及ぼし、伝統的な教育コミュニティに新たな風を吹き込みます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる