彗星と遭う

皆川大輔

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第一部

1-64「vs春日部共平(9)」

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「そろそろってどういうことですか?」

 聞き耳を立てていた彗が問いかけるが「勘だよ。それよか準備しとけ」と背中を思いっきりはたき上げる。

「いった!」と飛び上がった彗は涙目で「準備ってなんの……」と視線を真田に向ける。しかし試合に集中しっぱなしの真田は、九番にバントのサインを出しつつ「次の次……いや、次だな。六回の途中くらいから行けるように肩作っとけ」と言い、しっしっと手を振ってブルペンへ行け、と虫でも払いのけるように指示を出す。

「なんなんだよ」とブツブツ文句を言いながらも、彗はミットを携え、控えのキャッチャーを伴ってブルペンへ走っていった。

「ったく……ま、あの向こう見ずな感じはピッチャー向きだな」

 呆れている内に、バントが成功し、ツーアウトながらランナーは二塁に進んだ。
 ツーアウトでもランナーが二塁にいれば、一本のヒットやちょっとしたミスで一点が入ることだってある危険領域。少しでもプレッシャーを与えられれば――そう思っての、バンとのサインだ。

「少しは動揺してくれよ~?」

 ベンチの中でも隣に座る凛にしか聞こえないぐらいの声で呟くと、一番打者の真司を指差してエールを送った。
 お前が決めるんだぞ、とメッセージが伝わるように眼光鋭く、睨みつけるように。
 しっかりとその意図が伝わったようで、真司は軽く右手を上げてからバッターボックスに入った。

 久々にランナーを背負ってからのピッチング。しかも得点圏。リードを許しており、打ちあぐねているという一番嫌な試合展開。
 投手としては絶対に一点も許したくない状況。プロでも力む場面。
 それが高校生であれば、力むのは必至――真田そんな予想通り、つい先刻まで圧倒的なピッチングをしていた風雅にも乱れが見え始めた。
 初球、二球目ともに大きく外れてボールだ。

「……ここだ」

 静かに呟くと、真田はあるサインを真司に出した。


       ※


「うっとーしいなぁ……」

 二塁のランナーが気になってストライクが入らなくなってきた風雅は、一度マウンドから足を外して間を取った。

 久々のヒット、それも偶然いいコースに転がっていっただけなのに、向こうのベンチが沸きだっていたことは見なくてもわかる。

 一方で、自分たちのベンチやグラウンドの野手陣には、試合展開もあって空気がピリッと張りつめていた。

「雰囲気サイアクじゃん」

 初回に少し気を抜いて投げた自分が情けないな、と感じながら、再びプレートに足を置く。

 ――まあ、コイツ打ち取れば終わりだ。

 切り替えてけ、と自分に言い聞かせて海斗のサインを待った。

 ――カーブ?

 あまり投げていない変化球だ。事実、この試合では一球も投じていない。
 理由は簡単。使わなくても、右打者はストレートとチェンジアップ、左打者はストレートとスライダーで抑えることができるからだ。
 一応投げられるだけのこの球種を海斗が要求するときは、体の軸がぶれてコントロールが定まっていないぞ、落ち着いていこう、と言う二つのメッセージを送る時だけだ。

 ――ちょっと飛ばしすぎたかな。

 カーブという変化球は特殊で、正しいフォーム、正しいリリースポイントで投げなければいいボールがいかない。逆に言い換えれば、このカーブを投げることで、全力投球やスタミナ切れで狂ったフォームを正しいフォームに立ち返ることができる。

 ――わかったよ。

サインに頷いて、風雅がセットポジションに入る。
 ゆっくりと、いつものフォームを思い出して――。
 いつも通り投げようと努めていた風雅の耳に、ショートから「走った!」という声が飛び込んできた。

「はぁ⁉」

 もう投球動作に入っている。今更止めることはできない。
 動揺したまま投げ込んだカーブは、ゆったりとした軌道を描きながら少し高めのコースへ。
 甘い、と思った時には、バットに捉えられていた。

「やっば!」

 打球はあまり力はないが、自分の右横を抜けていこうかという打球だ。
 グラブを差し出してみるも、キャッチをすることはできず。微かに弾いて、軌道が変わった。
 普段ならショートゴロの軌道だ。しかし、二塁ランナーがスタートしていたことによりショートがサードよりに走りかけている。
 逆を突かれた格好になって、ショートは追いつくことが精一杯。
 結果として内野安打となり、ランナー一、三塁となった。
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