彗星と遭う

皆川大輔

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第一部

1-61「vs春日部共平(6)」

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 風雅は二球目のサインを確認すると、打てるもんなら打ってみなと言わんばかりの自信満々な表情で頷いた。
 二球目も要求はストレート。
 これほどの出来ならば、要求しない方がもったいないと思ってのリードだ。

 ――変化球中心ていったばかりなんだがな。

 行き当たりばったりな自分のニードに苦笑いをしながら、誰にも打たれないだろうストレートを心待ちにして、海斗はミットを構えた。
 二球目も最高のコース。球速も153キロと申し分ない。

「さっきこれ投げろよ」

 このボールをはじめから投げてれば打たれないだろうに、と心の中で悪態を突きながら、バッターボックスに立つ嵐の表情をチラッと見てみる。

 ――ま、ここからは大丈夫だな。

 強張った表情でバッターボックスに立つ嵐にほくそ笑む。
 ここまでストレートを意識させられたら遊び球はいらないなと判断し、海斗は三球目のサインを出した。
 おっ、と意外だなと言わんばかりの表情をする風雅。

 ――少しは隠せよな。

 そんなことしたら球種ばれちまうだろ、と悪態を突きながら三球目を待ってミットを構えた。


       ※


「くっそ……」

 続く二球目も見逃し。
 甘いところに来て先制した今なら、動揺して甘いコースが来るかなという淡い期待を砕く二球。
 不運に思えるヒットに、投手のミスと言われるフォアボールで出した二人のランナーを、チームの中心バッターである四番に打たれて先制される。
 想定しうる中で、一番相手に勢いがついて、一番味方が萎えるような最低のピッチング。
 そんなピッチングをしてしまえば、普通の投手なら立ち直るのに数分はかかるはず。そんな常人の考えを嘲笑うように投げ込むその姿を見て、嵐は舌を巻いた。

 ――昔から変わんねぇなぁ。

 シニアにいたころ、中学生時代を思い出す。
 当時の嵐は、サードではなくピッチャーとして背番号一を背負っていた。打撃にも自信があり、任された打順は四番。
 正にチームの柱として活躍していた嵐は、典型的な天狗になっていた。
 野球の成績も上の下ほど。このまま投手としてスカウトされ、どこかの強豪校に行って甲子園を目指すんだろうななんてことを漠然と思い描いていた中学二年の春。
 仕事の都合で引っ越してきた暴君・兵動風雅がシニアに入ったことによって、伸びに伸び切っていた嵐の鼻はポキッと真っ二つに折られることになる。

 シニアに入るなり風雅は登板を重ね、出る度にその剛腕で結果を残していく。徐々に嵐の出番は減っていき、気が付けば背番号一は風雅のものに。

 唯一の心のよりどころだった打撃でも格の違いを見せつけられ、四番もはく奪される。
 全てにおいて負けた嵐は、押し出される形で野手に転向せざるを得なくなり、打順も三番を打つことになった。
 そんな、野球が嫌いになった苦い苦い思い出。

 ――嫌なこと思い出させてくれるわ。

 昨年の秋に対戦した時も同じようにイライラしたな、なんて笑いながら、先ほどの二球を改めて噛み締める。

 ――ま、諦めて正解だわ。

 中学のころから十分凄かったが、高校に進んでからそのストレートに一層磨きをかけ、名門・春日部共平で一年目から背番号一を勝ち取り、埼玉県で勝ち抜いて甲子園に出場し、全国区の投手となるまでノンストップで一直線。
 それほどの選手になれるか、と問われればそれは間違いなくノー。自分の限界はわきまえてるよ、と嵐は審判に「タイム!」と審判に要求し、靴ひもを結びながら頭の中を切り替える。

 感傷に浸っている場合じゃない。今、自分ができることは何か――。

 三振なら何にも起きないが、バットに当たれば何かが起きる。しかし、さっきのストレートを何の策も無しに迎え入れれば、ほぼ間違いなく見逃し三振。

 それなら――決意を固めて嵐はバッターボックスに入り直した。

 エラーでもポテンヒットでも、可能性があるなら――試合が再開され、振りかぶった風雅に合わせて、先ほどよりもほんの少しだけ足を速く上げる。

 狙いはストレート一本。
 手を離れた瞬間、おあつらえ向きのコースに、ボールが来た。

「よしっ――」

 指導を早くしたおかげで、あのストレートでも振り遅れないタイミング。
 来た、と振り始める……がしかし、ボールはなかなか来ない。

 ――くっそ……!

 振り始めていきなり止めるなんてことはできない。
 ゆっくりと、バットは空を切り、ボールは嵐の視線を横切ってキャッチャーのミットに収まった。

 一番避けたかった空振り三振。しかも、ストレートではなく裏をかかれてチェンジアップ。

 ――……遊びやがって。

 旧友に苛立ちの視線をぶつけると、その視線に気づいた風雅は左手の手のひらをぐるぐると回して見せ、舌をこちらに向けて出す。

「オメー点取られてんだぞ」

 ベンチへの帰り際に呟くも、正に負け犬の遠吠え。

 ――だっせ……。

 自分自身にも苛立ちながら、嵐はベンチへ帰った。
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