彗星と遭う

皆川大輔

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第一部

1-56「vs春日部共平(1)」

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 二番、ライト、スタメン。
 練習はもちろんこなしているし、途中交代で試合の途中からライトに入るなんてこともあったため、景色は知っている……がしかし、違和感はどうしても拭えなかった。

 ――こんなざわざわするんだ。

 これまで味わったことのない動揺を感じながら、一星は足元を見てみた。
 足元の芝は青々と生い茂っていて、足跡はまだない。まだ誰も足を踏み入れていない証拠だ。
 最初に守備に就いた者の特権を味わっていると「おーい、武山!」と、センターに入る三年生、佐竹良明《さたけよしあき》が一星に話しかけた。外野は野手と野手の間がそれなりに離れているため、良明のように声を張り上げないと会話ができない。

 普段は控えめな声量の一星も「はい!」と声を張り上げた。

「緊張してるかー?」

「バチバチにしてまーす!」

「そうかー! まずは取り合えず、空見ろ!」と、良明はグローブを掲げて空を差す。

「なんでですかー?」

「空はいつもだいたい変わらんってこと考えてみろ!」

「りょ、了解です!」

 一星は意図を汲み取れないまま、良明の指示に従って空を見上げる。
 雲はほとんどない。
 まだ午前十時半で、太陽は燦々とまではいかないものの、試合が進むにつれて光は増していくはず。フライを追うときは気を付けないとな、なんてことを考えていると、ホームベースから「プレイ!」と力強い審判の声が、90メートルは離れているだろう一星の耳にも届いた。

 ほんの数週間前まで野球をやる気なんて一切なかったのに、気が付けばグラウンドの上。
 何があるかわかんないね、と笑いながら一星はマウンドに立つ背番号1、新太を見た。
 大きく振りかぶって、ゆったりと投げ――。

「えっ⁉」

「来たぞ!」

 試合開始、最初の一球。まだグラウンドに立っている選手たちにスイッチが入っていない、誰もが固くなるそんな状況ではじき返されたボールは、大きな弧を描いてライトとセンターの間、右中間方向に飛んで来た。

「いきなり……!」

 普段ライトで試合に出ている先輩が、交通事故で骨折したために急遽代役と言う形で出場した一星。普段守り慣れていないということが伝わるようなぎこちない動きで、一星は打球を追った。

 ――よし、なんとか……!

 落下地点まで一直線に走った結果、ギリギリで届く――そう確信して一星はグラブを伸ばす。

「はっ⁉」

 構えた一星を嘲笑うかのように、打球は途中でグイッと右に曲がっていった。
 このままじゃ、ダイビングキャッチをしても届かない。
 そんなことはわかっているけど、もう体勢は飛びかけていて、後戻りできない。

 ――くっそ! せめてグローブに当てて……!

 そんな思惑でダイビングキャッチを試みた一星の目の前を「あっぶね」と言いながら良明が華麗に通り過ぎていった。キャッチした後、前転しながら起き上がった良明は、余裕そうな表情でグラブを掲げて審判にアピールをする。

 ――すっご……。

 目の前にいる先輩を見て、ただ感心するばかりだった一星は、自分の胸から青い臭いがして我に返った。起き上がると、草が擦りつぶされて出てきた緑色が、体の前面にこびりついている。
 洗うの大変だろうな、と思いながら一星は良明に近づいて「ナイスキャッチです!」と手を差し伸べた。

「朝飯前よ!」

 そう言いながら立ち上がると、良明は内野にボールを返球してから「な、武山よ」とさっきとは異なる、小さめの声で呟くようにして話しかけてくる。

 重い雰囲気に戸惑いながら「は、はい」と応えると、良明は「今、俺の声聞こえなかったか?」と言いながら帽子を被り直した。

「声、ですか」

「あぁ。その様子だと聞こえてなかったみたいだな……」と言いながら良明は「今は俺の守備範囲だったから〝オーケー!〟って言いながら走ってたんだけどよ」と一星の頭をポンポンと叩く。

「す、すみません……気づきませんでした」

「落ち込む必要はねーよ。ただ、まだ緊張抜けてねーみたいだから、今度は空見ながら深呼吸しとけな」

 そう言い残すと、良明は走って自分の守備位置に戻っていく。
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