彗星と遭う

皆川大輔

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第一部

1-55「オレンジジュースでもいかが?(3)」

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 しきりに頷く雄介。そのもの悲しげな表情は、小学校からずっと一緒だった賢吾ですら見たことのない……少し大人になったような、そんな表情だった。

「お前も、あっち側か」

 賢吾はそう吐き捨てると、雄介を置いてその場を後にする。

 ――お前は、こっち側だと思ってたのにな。

 そんなことを考えながら見る景色は、どこか涙で滲んでいた。

       ※

 ハイライト動画を見終わると、真奈美を覗いた三人は同時にため息を零した。一人その理由がわからない真奈美が、まるで真似でもするかのように、ワンテンポ遅れて息を零す。

「……9回を投げて被安打2、失点は0」と音葉が呟くと「フォアボールは2、デッドボールは4」と一星も続く。

「無茶苦茶な投球内容……これぞ暴君、って感じだな」と、最後に彗がハイライトの総括をした。

 見る者を圧倒するピッチング。野球をまだほとんど知らない真奈美も「凄いねぇ、この人」と目を丸くするほどだ。知識のない人でも引き込んでしまう力がある、そんな暴君は強敵に違いないと再認識した一星は「これを打たなくちゃいけないのかぁ……大変だなぁ」と苦い表情を浮かべた。

「そんなに大変なの?」

 真奈美が不思議そうに尋ねると、一星は両手を上げて降参のポーズを取りながら「そらもう、大変どころの話じゃないよ」と声を落とす。

「でもさ、空野くんの方が球は速そうじゃない?」

「野球って、球の速さだけじゃ決まらないんだ」と言いながら、急なスタメンで困惑している一星は「なんで左ピッチャーなのにスタメンなんだろ」と呟く。

「え? 野球って右とか左って関係あるの?」

 真奈美が素朴な質問をぶつけると、頭を抱えていた一星に代わって音葉が「単純に数の問題かな」と割って入った。

「数?」

「そう。左利きの人って、普段の生活でもなかなか会うことってないでしょ? だから練習する機会も少なくて、打ち辛いんだ」

「へぇ……」

「あと、野球には、武山くんみたいな左バッターは左投げのピッチャーは打ちにくいってセオリーがあるの」

「セオリー? データとかじゃなくて?」

「そ。あくまでセオリー。私は右打ちだったからわからないけど、実際はあんまり関係ないって言いうけどね」と言うと、音葉は「武山くんは苦手?」と、実際に左打ちの一斉に問いかけた。

「苦手かなぁ」と応えると、一星はその場で立ち上がってペットボトルの頭の方を持ち、その場で軽くスイングのポーズをとる。

「やっぱり変化球がダメか?」

「うん。特にスライダーとか……」と言いかけてから、真奈美が解らないだろうと「利き腕と逆の方向に曲がる変化球とかは打ち辛いかな」と付け足した。

「ふぅん……不思議なスポーツ」

 まだ詳細こそ理解していないだろうが、一先ずは納得した様子の真奈美は「じゃあ武山くんは試合出れないかもね」といたずらに笑う。

「実際その方が助かるよ」と、一星は椅子の背もたれに寄り掛かりながら言う。

「え? なんで?」

「正直、今の僕じゃ打てないと思うからさ」

「自信、ないんだぁ。天才なのに」

 ニヤニヤと話す真奈美に「その呼び方止めてよ」と照れながら一星は「ブランクも長いし、打席の回数だって少ないし。迷惑になっちゃうと思う」と一息で言い切る。

「わかんねーぞ、あの監督のことだから、もしかしたらセオリ―無視で使うかも」と彗が若干脅すと「いや、流石にそれはないでしょ」と高を括っている一星。
 そんなから彼の背後から、ぬっと見覚えのある顔が出てくる。ちょんちょん、とその人物に頭を突かれた一星は、ゆっくりと振り返った。

「そんなことないぞ?」

 その一星の背後から、見覚えのあるホームレス――もとい、監督の真田が顔を出す。

「へ?」

 間の抜けた返事をする一星ににっこりと微笑みながら、真田は「明日、二番ライトな」とだけ告げると、颯爽とその場を後にした。

 ほんの数秒の出来事。
 何が起こったのか理解できないまま四人の間には沈黙が続く。

「……ホントに?」

 ようやく一星が言葉を絞り出すと、丁度チャイムが鳴った。昼休みが終わることを告げる予鈴だ。

「……まーあれだ、頑張ろうぜ」

 甲子園に行くためには絶対に勝たなくてはいけない相手。第一試合とは比べ物にならないほどのプレッシャーがかかる試合になる。
 そんな試合に最初から参加できる一星の肩を、嫉妬一割、同情九割の割合で叩いてやった。
 まだ心ここにあらずと言った表情の一星に彗は「ま、これ飲んで落ち着け」と、先ほど購入したオレンジジュースを勧めてから、彗たちは教室に帰った。
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