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第一部
1-54「オレンジジュースでもいかが?(2)」
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「ま、冗談はこれくらいにして」
一斉にオレンジジュースを手渡すと、彗は携帯を取り出して「対策練るか」と、明日の対戦相手、春日部共平高校が去年夏の甲子園で戦ったハイライト動画を再生した。
相手は福岡代表の福岡海舟大学付属高校。名門として名高い高校同士の試合に注目が集まっていたのだろう。公式チャンネルということもあり、再生回数は初戦であるにもかかわらず80万回の再生がされている。
マウンドには、先日遭遇した暴君・兵動がマウンドに立っている。強豪校ながら一年生でエースナンバーを背負っている姿に野球ファンも色めきだっているようで、時折流れてくるコメントは〝ドラフトが楽しみ〟〝伸びしろしかない〟などといった将来を渇望しているコメントが散見された。
去年のこの時期と言えば、丁度世界大会の真っただ中。彗と一星は世界大会の遠征で台湾にいておりもちろん見ていない。真奈美が見ていないことは言わずもがな。一人、投球内容を知っている音葉は、流れてきたコメントを読みながら「伸びしろ、ねぇ」と、甲子園近くの喫茶店にいるような野球好きのおじさんがスカウト気分で球児を品定めするようなテンションで声を漏らす。
「これが噂の暴れん坊?」
「そんなどこかの将軍みたいな言い方……」と一星が言いかけたところでサイレンが鳴り、第一球を投じる――が、噂通り、先頭打者のお尻に当たるデッドボールだった。
「……とりあえず、投球内容は暴れん坊みたいだな」
悶絶する相手選手に同情しながら、四人は視聴を続けた。
※
食堂帰り、中庭でわちゃわちゃしている四人組を見かけた賢吾は「何してんだアイツら」と遠くから目を凝らした。
一つの携帯を四人で取り囲んで見ている。他のやつも使って分散しながら見ればいいのに、と思っていると「明日の試合の研究だろうな」と、隣を歩く雄介が羨望の眼差しを向けていた。
「あ、そうか明日か」
初戦をコールドゲームで圧勝。続く二回戦を勝ち取れば晴れて夏の大会でシード権を勝ち取ることができる大事な一戦になる。一軍どころか二軍でもない自分は関係ないな、と思いながら教室に戻ろうとしていると「アイツら、すげぇな」と呟く。
「あ? どうしたよ急に」
「いやさ、同じ一年なのに見えてるところが違うんだなと思うとさ」
土曜日の応援でも、羨ましそうな視線を送っていたその姿が印象的で、小学校からの付き合いでも一度も見たこのが無かったその表情に「珍しいな」と賢吾は目を点にする。
「あ? 何が」
「いやさ、どっちかといういとお前ってさ、〝しょうがねぇわ〟って言ってすぐ目を逸らしてたじゃんか。特に、あんなやべーやつらの時とかさ」
「まあ、確かにそうだな」
「シニアの時も、打てなかったら〝アイツがやばすぎる〟っていって、レギュラー取られても〝アイツが凄すぎる〟って諦めて、関わらないようにしたりさ」
「俗に言う、見ないフリ作戦だな」
「それは知らんけど……どういう心境の変化? 真っ向から関わろうとしてさ、らしくないと思うんだけど」
らしくないという言葉が異様にハマったのか「らしくない、か!」と何かに合点がいったのか、雄介は急に明るい表情で「なるほどな、わかったわかった」と自己完結して頷きながら笑った。
「な、なんだよ急に」
「いやさ、先週の土曜日……試合を見てからずっとモヤモヤしてたんだよ。その理由が分かったんだ」
「理由?」
「あぁ。こんな簡単なことだったんだなぁ」
しみじみと話す雄介に苛立ってきた賢吾は「なんだよそれ」と口を尖らせる。
「簡単さ」と前置きをしてから雄介は複雑な表情で言った。
「悔しかったんだよ」
「はぁ?」
「これまで負けてもさ、さっきお前が言ってたみたいにみたいに〝しょうがねぇわ〟って思ってた。対岸の火事みたいな感じでさ、自分の事なのによ」
少し考え、賢吾が〝俺もだ〟と言いかけたところで「けどさ、アイツらは違うんだよ、これまでと」と雄介に遮られる。
「ただの友達でクラスメートなだけ、とか思ってら実は野球がやばいほど上手くて、怪物とか呼ばれてて、入部したかと思えばもう公式戦だ。正直、流れ星みたいなもんで、よく見えてなかった」
「あぁ……」
「まだそれまではいつも通りだったんだ。あー、また抜かれたわって。けどさ、俺見ちまってたんだよ。偶然さ」
「何を?」
「ホラ、俺ん家って土手の近くにあるだろ? 土曜するちょい前くらい……木曜日だったかな? 練習がきつくて早めに寝ちゃったもんだから、早く起きてさ。見ちゃったんだよ。走り込んでるアイツ」
「え、朝練前にってこと?」
「あぁ。俺が練習でへろへろになって、家はダラダラしてる間にさ、外ではアイツが黙々と走ってよ」
「アイツ……体力お化けだな」
「そんなお化けになれるくらいの努力をしてるってことなんだよな。試合の後、その光景思い出しちまってよ……ガラにもなく、居残って素振りしてたんだよ。なんでこんなことしてるんだろって思ってたけど、なるほどなぁ……悔しかったのか、俺」
一斉にオレンジジュースを手渡すと、彗は携帯を取り出して「対策練るか」と、明日の対戦相手、春日部共平高校が去年夏の甲子園で戦ったハイライト動画を再生した。
相手は福岡代表の福岡海舟大学付属高校。名門として名高い高校同士の試合に注目が集まっていたのだろう。公式チャンネルということもあり、再生回数は初戦であるにもかかわらず80万回の再生がされている。
マウンドには、先日遭遇した暴君・兵動がマウンドに立っている。強豪校ながら一年生でエースナンバーを背負っている姿に野球ファンも色めきだっているようで、時折流れてくるコメントは〝ドラフトが楽しみ〟〝伸びしろしかない〟などといった将来を渇望しているコメントが散見された。
去年のこの時期と言えば、丁度世界大会の真っただ中。彗と一星は世界大会の遠征で台湾にいておりもちろん見ていない。真奈美が見ていないことは言わずもがな。一人、投球内容を知っている音葉は、流れてきたコメントを読みながら「伸びしろ、ねぇ」と、甲子園近くの喫茶店にいるような野球好きのおじさんがスカウト気分で球児を品定めするようなテンションで声を漏らす。
「これが噂の暴れん坊?」
「そんなどこかの将軍みたいな言い方……」と一星が言いかけたところでサイレンが鳴り、第一球を投じる――が、噂通り、先頭打者のお尻に当たるデッドボールだった。
「……とりあえず、投球内容は暴れん坊みたいだな」
悶絶する相手選手に同情しながら、四人は視聴を続けた。
※
食堂帰り、中庭でわちゃわちゃしている四人組を見かけた賢吾は「何してんだアイツら」と遠くから目を凝らした。
一つの携帯を四人で取り囲んで見ている。他のやつも使って分散しながら見ればいいのに、と思っていると「明日の試合の研究だろうな」と、隣を歩く雄介が羨望の眼差しを向けていた。
「あ、そうか明日か」
初戦をコールドゲームで圧勝。続く二回戦を勝ち取れば晴れて夏の大会でシード権を勝ち取ることができる大事な一戦になる。一軍どころか二軍でもない自分は関係ないな、と思いながら教室に戻ろうとしていると「アイツら、すげぇな」と呟く。
「あ? どうしたよ急に」
「いやさ、同じ一年なのに見えてるところが違うんだなと思うとさ」
土曜日の応援でも、羨ましそうな視線を送っていたその姿が印象的で、小学校からの付き合いでも一度も見たこのが無かったその表情に「珍しいな」と賢吾は目を点にする。
「あ? 何が」
「いやさ、どっちかといういとお前ってさ、〝しょうがねぇわ〟って言ってすぐ目を逸らしてたじゃんか。特に、あんなやべーやつらの時とかさ」
「まあ、確かにそうだな」
「シニアの時も、打てなかったら〝アイツがやばすぎる〟っていって、レギュラー取られても〝アイツが凄すぎる〟って諦めて、関わらないようにしたりさ」
「俗に言う、見ないフリ作戦だな」
「それは知らんけど……どういう心境の変化? 真っ向から関わろうとしてさ、らしくないと思うんだけど」
らしくないという言葉が異様にハマったのか「らしくない、か!」と何かに合点がいったのか、雄介は急に明るい表情で「なるほどな、わかったわかった」と自己完結して頷きながら笑った。
「な、なんだよ急に」
「いやさ、先週の土曜日……試合を見てからずっとモヤモヤしてたんだよ。その理由が分かったんだ」
「理由?」
「あぁ。こんな簡単なことだったんだなぁ」
しみじみと話す雄介に苛立ってきた賢吾は「なんだよそれ」と口を尖らせる。
「簡単さ」と前置きをしてから雄介は複雑な表情で言った。
「悔しかったんだよ」
「はぁ?」
「これまで負けてもさ、さっきお前が言ってたみたいにみたいに〝しょうがねぇわ〟って思ってた。対岸の火事みたいな感じでさ、自分の事なのによ」
少し考え、賢吾が〝俺もだ〟と言いかけたところで「けどさ、アイツらは違うんだよ、これまでと」と雄介に遮られる。
「ただの友達でクラスメートなだけ、とか思ってら実は野球がやばいほど上手くて、怪物とか呼ばれてて、入部したかと思えばもう公式戦だ。正直、流れ星みたいなもんで、よく見えてなかった」
「あぁ……」
「まだそれまではいつも通りだったんだ。あー、また抜かれたわって。けどさ、俺見ちまってたんだよ。偶然さ」
「何を?」
「ホラ、俺ん家って土手の近くにあるだろ? 土曜するちょい前くらい……木曜日だったかな? 練習がきつくて早めに寝ちゃったもんだから、早く起きてさ。見ちゃったんだよ。走り込んでるアイツ」
「え、朝練前にってこと?」
「あぁ。俺が練習でへろへろになって、家はダラダラしてる間にさ、外ではアイツが黙々と走ってよ」
「アイツ……体力お化けだな」
「そんなお化けになれるくらいの努力をしてるってことなんだよな。試合の後、その光景思い出しちまってよ……ガラにもなく、居残って素振りしてたんだよ。なんでこんなことしてるんだろって思ってたけど、なるほどなぁ……悔しかったのか、俺」
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