彗星と遭う

皆川大輔

文字の大きさ
上 下
55 / 179
第一部

1-50「マウンドが教えてくれた(1)」

しおりを挟む
 高校生として初めての公式戦となる春季大会。
 彗は背番号19を、一星は20を背負ってのベンチ入りとなった。
 まだ見慣れぬ先輩たちの中に紛れて座るベンチはどこか居心地が悪く感じられたが、それも最初だけ。
 審判によるプレイボールがかかれば、久々に見る野球の試合にもう釘付け。
 目の前の迫力ある試合を熱心に見つめ、早くあそこに立ちたいと体が震えはじめたころ。

 彗と一星の出番が来た。

 出番は五回裏。

 先輩たちが点を取り、投手陣も完璧に抑えて五回で一〇対〇。この回を抑えればコールド勝ちという状況で、彗はマウンドに上がった。

「落ち着いて行けよ」

 四回を投げてパーフェクト投球だった新太からボールを受け取ると「もちろん」と自信ありげに呟いた。同時にキャプテンの宗次郎も交代で、守備陣はそのまま、バッテリーだけが入れ替わった形となった。

 サードを守る嵐、ショートを守る真司からそれぞれ激励代わりのローキックを貰うと、一星が「顔、ひきつってるよ」と苦笑いをした。

「お前だって人のこと言えねーぞ」

「それだけ話せれば大丈夫だね」

「互いにな」

「初めは何のボールが良い? やっぱストレート?」

「あぁ。挨拶代わりでな」

「ん、了解」

 冗談を交わしながらお互いの緊張をほぐし合うと、一星は守備位置へ着いた。その様子を見守ってから、彗はわざとらしく大きな深呼吸を重ねてみる。
 緊張している様子が、コールド負け寸前の相手チームにも届いたのだろう。諦めムードから一転、〝何とか一点〟という機運が高まっていた。

 深呼吸を終えると彗は「うっし」とだけ呟いてから、新太から受け取った
 いくら場数を踏んでいたって、それこそ世界大会のマウンドを経験したって、出場する瞬間はいつも緊張する。

 ぞくぞくと体中の血液が沸騰したかのように熱く燃え滾り、胸の奥からふつふつと情熱が湧き上がる。そんな、この瞬間しか味わえない特殊な感覚に、心が躍る。

「これだこれだ」

 自分がマウンドに立っている。そのことを再確認してから、彗は思いっきり投げ込む。
 大量点差に守られ、バックも心強い先輩たちが守ってくれている。これ以上安心感のあるマウンドは無いな、と思いながら彗はサインを確認して大きく振りかぶった
 そんな軽い気持ちで投げる、彼にとってはただのストレート。
 しかし、その場にいる彼の存在を知らない他の高校生たちに衝撃を与えた。
 ズドン、という豪快なミットの音と共に。


       ※


 第一試合は、彩星対宮原西の試合。どちらも県立高ということもあり、ギャラリーは少なめ。数名いる生徒はユニフォームを着ており、第二試合を戦うチームの応援団といったところだろう。揃いも揃って汗臭さが伝わる面子がひしめくこの球場で、ゲームは圧倒的に彩星高校優位で進んでいた。

 秋ベスト8は伊達ではないことがうかがえる試合運び。

 五回まで相手にはヒットを許さず、点差は一〇対〇。コールドゲーム手前だというのに、余力はたっぷり残してあるようにも見える。

「つえーな彩星!」

 スタンドで貧乏ゆすりをしながらベンチに座る春日部共平の偵察隊、二年生の兵動風雅ひょうどうふうがは、腕を組みながら周囲の目を気にせずに大きな声を張り上げた。

「うるせーよ」

 風雅の隣に座る三年生の烏丸海斗からすまかいとが頭をポカリと殴りつけるが、収まる気配はなく「楽しみだな、当たるのいつだっけ!」と目を輝かせた。
「ったく……同じブロックだから、次の次くらいで当たるな。ホレ」

 海斗が見せたトーナメント表だと、順調に勝ち進めば三試合目で激突する組み合わせになっていた。

「あー、早くやりてぇな……ってあれ? ピッチャー変わる?」

 マウンドが少し慌ただしくなると、これまで四回を無安打無四球と完璧に抑え込んでいた背番号1がマウンドを降りて19番がマウンドに走っていった。次いで、キャッチャーも交代するようで、背番号は20。

「あの体格……一年生か? ずいぶん余裕だな」

「試すには絶好の機会だもんね。さ、どんなピッチャーだろ」

 エースからボールを受け取って、少し緊張しているのだろう。何度かマウンド上で深呼吸をしてから、19番は投球練習を開始した。

「……あれ?」

「結構速いな」

 そう呟く海斗を余所に、風雅はその投手に釘付けとなる。
 見覚えのある、ダイナミックなフォーム。
 どこだっけ、と思案している内に投球練習が終了。審判による試合再開のコールが、球場に響いた。
 キャッチャーのサインに頷き、ゆっくりと振りかぶる。

「あ、もしかして!」

 風雅の予感は、一球目の球の威力で確信に変わった。
 ズドン、とスタンドにいても聞こえるくらいの大きな音。横で唖然とする海斗を余所に、風雅は「怪物だ!」と心躍らせていた。

「お前、知ってんのか?」

「海斗さんこそ知らないの? 怪物だよ、怪物」

「怪物って、あの怪物か」

「そっ。空野彗だよ。いやー、どこ行ったか知らなかったけど、まさか彩星に行くなんてねぇ! いやぁ、楽しみ楽しみ」

 ライバルの出現に、風雅はひたすら心を躍らせていた。何がそんなに嬉しいんだか、と呆れながら海斗はマウンドを見つめた。

 ズドン、と再度投げ込まれる。もうこのままコールドだな、と海斗は頬杖をついた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

その花は、夜にこそ咲き、強く香る。

木立 花音
青春
『なんで、アイツの顔見えるんだよ』  相貌失認(そうぼうしつにん)。  女性の顔だけ上手く認識できないという先天性の病を発症している少年、早坂翔(はやさかしょう)。  夏休みが終わった後の八月。彼の前に現れたのは、なぜか顔が見える女の子、水瀬茉莉(みなせまつり)だった。  他の女の子と違うという特異性から、次第に彼女に惹かれていく翔。  中学に進学したのち、クラスアート実行委員として再び一緒になった二人は、夜に芳香を強めるという匂蕃茉莉(においばんまつり)の花が咲き乱れる丘を題材にして作業にはいる。  ところが、クラスアートの完成も間近となったある日、水瀬が不登校に陥ってしまう。  それは、彼女がずっと隠し続けていた、心の傷が開いた瞬間だった。 ※第12回ドリーム小説大賞奨励賞受賞作品 ※表紙画像は、ミカスケ様のフリーアイコンを使わせて頂きました。 ※「交錯する想い」の挿絵として、テン(西湖鳴)様に頂いたファンアートを、「彼女を好きだ、と自覚したあの夜の記憶」の挿絵として、騰成様に頂いたファンアートを使わせて頂きました。ありがとうございました。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

夏の出来事

ケンナンバワン
青春
幼馴染の三人が夏休みに美由のおばあさんの家に行き観光をする。花火を見た帰りにバケトンと呼ばれるトンネルを通る。その時車内灯が点滅して美由が驚く。その時は何事もなく過ぎるが夏休みが終わり二学期が始まっても美由が来ない。美由は自宅に帰ってから金縛りにあうようになっていた。その原因と名をす方法を探して三人は奔走する。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

三姉妹の姉達は、弟の俺に甘すぎる!

佐々木雄太
青春
四月—— 新たに高校生になった有村敦也。 二つ隣町の高校に通う事になったのだが、 そこでは、予想外の出来事が起こった。 本来、いるはずのない同じ歳の三人の姉が、同じ教室にいた。 長女・唯【ゆい】 次女・里菜【りな】 三女・咲弥【さや】 この三人の姉に甘やかされる敦也にとって、 高校デビューするはずだった、初日。 敦也の高校三年間は、地獄の運命へと導かれるのであった。 カクヨム・小説家になろうでも好評連載中!

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

将棋部の眼鏡美少女を抱いた

junk
青春
将棋部の青春恋愛ストーリーです

私がガチなのは内緒である

ありきた
青春
愛の強さなら誰にも負けない桜野真菜と、明るく陽気な此木萌恵。寝食を共にする幼なじみの2人による、日常系百合ラブコメです。

処理中です...