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第一部
1-50「マウンドが教えてくれた(1)」
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高校生として初めての公式戦となる春季大会。
彗は背番号19を、一星は20を背負ってのベンチ入りとなった。
まだ見慣れぬ先輩たちの中に紛れて座るベンチはどこか居心地が悪く感じられたが、それも最初だけ。
審判によるプレイボールがかかれば、久々に見る野球の試合にもう釘付け。
目の前の迫力ある試合を熱心に見つめ、早くあそこに立ちたいと体が震えはじめたころ。
彗と一星の出番が来た。
出番は五回裏。
先輩たちが点を取り、投手陣も完璧に抑えて五回で一〇対〇。この回を抑えればコールド勝ちという状況で、彗はマウンドに上がった。
「落ち着いて行けよ」
四回を投げてパーフェクト投球だった新太からボールを受け取ると「もちろん」と自信ありげに呟いた。同時にキャプテンの宗次郎も交代で、守備陣はそのまま、バッテリーだけが入れ替わった形となった。
サードを守る嵐、ショートを守る真司からそれぞれ激励代わりのローキックを貰うと、一星が「顔、ひきつってるよ」と苦笑いをした。
「お前だって人のこと言えねーぞ」
「それだけ話せれば大丈夫だね」
「互いにな」
「初めは何のボールが良い? やっぱストレート?」
「あぁ。挨拶代わりでな」
「ん、了解」
冗談を交わしながらお互いの緊張をほぐし合うと、一星は守備位置へ着いた。その様子を見守ってから、彗はわざとらしく大きな深呼吸を重ねてみる。
緊張している様子が、コールド負け寸前の相手チームにも届いたのだろう。諦めムードから一転、〝何とか一点〟という機運が高まっていた。
深呼吸を終えると彗は「うっし」とだけ呟いてから、新太から受け取った
いくら場数を踏んでいたって、それこそ世界大会のマウンドを経験したって、出場する瞬間はいつも緊張する。
ぞくぞくと体中の血液が沸騰したかのように熱く燃え滾り、胸の奥からふつふつと情熱が湧き上がる。そんな、この瞬間しか味わえない特殊な感覚に、心が躍る。
「これだこれだ」
自分がマウンドに立っている。そのことを再確認してから、彗は思いっきり投げ込む。
大量点差に守られ、バックも心強い先輩たちが守ってくれている。これ以上安心感のあるマウンドは無いな、と思いながら彗はサインを確認して大きく振りかぶった
そんな軽い気持ちで投げる、彼にとってはただのストレート。
しかし、その場にいる彼の存在を知らない他の高校生たちに衝撃を与えた。
ズドン、という豪快なミットの音と共に。
※
第一試合は、彩星対宮原西の試合。どちらも県立高ということもあり、ギャラリーは少なめ。数名いる生徒はユニフォームを着ており、第二試合を戦うチームの応援団といったところだろう。揃いも揃って汗臭さが伝わる面子がひしめくこの球場で、ゲームは圧倒的に彩星高校優位で進んでいた。
秋ベスト8は伊達ではないことがうかがえる試合運び。
五回まで相手にはヒットを許さず、点差は一〇対〇。コールドゲーム手前だというのに、余力はたっぷり残してあるようにも見える。
「つえーな彩星!」
スタンドで貧乏ゆすりをしながらベンチに座る春日部共平の偵察隊、二年生の兵動風雅は、腕を組みながら周囲の目を気にせずに大きな声を張り上げた。
「うるせーよ」
風雅の隣に座る三年生の烏丸海斗が頭をポカリと殴りつけるが、収まる気配はなく「楽しみだな、当たるのいつだっけ!」と目を輝かせた。
「ったく……同じブロックだから、次の次くらいで当たるな。ホレ」
海斗が見せたトーナメント表だと、順調に勝ち進めば三試合目で激突する組み合わせになっていた。
「あー、早くやりてぇな……ってあれ? ピッチャー変わる?」
マウンドが少し慌ただしくなると、これまで四回を無安打無四球と完璧に抑え込んでいた背番号1がマウンドを降りて19番がマウンドに走っていった。次いで、キャッチャーも交代するようで、背番号は20。
「あの体格……一年生か? ずいぶん余裕だな」
「試すには絶好の機会だもんね。さ、どんなピッチャーだろ」
エースからボールを受け取って、少し緊張しているのだろう。何度かマウンド上で深呼吸をしてから、19番は投球練習を開始した。
「……あれ?」
「結構速いな」
そう呟く海斗を余所に、風雅はその投手に釘付けとなる。
見覚えのある、ダイナミックなフォーム。
どこだっけ、と思案している内に投球練習が終了。審判による試合再開のコールが、球場に響いた。
キャッチャーのサインに頷き、ゆっくりと振りかぶる。
「あ、もしかして!」
風雅の予感は、一球目の球の威力で確信に変わった。
ズドン、とスタンドにいても聞こえるくらいの大きな音。横で唖然とする海斗を余所に、風雅は「怪物だ!」と心躍らせていた。
「お前、知ってんのか?」
「海斗さんこそ知らないの? 怪物だよ、怪物」
「怪物って、あの怪物か」
「そっ。空野彗だよ。いやー、どこ行ったか知らなかったけど、まさか彩星に行くなんてねぇ! いやぁ、楽しみ楽しみ」
ライバルの出現に、風雅はひたすら心を躍らせていた。何がそんなに嬉しいんだか、と呆れながら海斗はマウンドを見つめた。
ズドン、と再度投げ込まれる。もうこのままコールドだな、と海斗は頬杖をついた。
彗は背番号19を、一星は20を背負ってのベンチ入りとなった。
まだ見慣れぬ先輩たちの中に紛れて座るベンチはどこか居心地が悪く感じられたが、それも最初だけ。
審判によるプレイボールがかかれば、久々に見る野球の試合にもう釘付け。
目の前の迫力ある試合を熱心に見つめ、早くあそこに立ちたいと体が震えはじめたころ。
彗と一星の出番が来た。
出番は五回裏。
先輩たちが点を取り、投手陣も完璧に抑えて五回で一〇対〇。この回を抑えればコールド勝ちという状況で、彗はマウンドに上がった。
「落ち着いて行けよ」
四回を投げてパーフェクト投球だった新太からボールを受け取ると「もちろん」と自信ありげに呟いた。同時にキャプテンの宗次郎も交代で、守備陣はそのまま、バッテリーだけが入れ替わった形となった。
サードを守る嵐、ショートを守る真司からそれぞれ激励代わりのローキックを貰うと、一星が「顔、ひきつってるよ」と苦笑いをした。
「お前だって人のこと言えねーぞ」
「それだけ話せれば大丈夫だね」
「互いにな」
「初めは何のボールが良い? やっぱストレート?」
「あぁ。挨拶代わりでな」
「ん、了解」
冗談を交わしながらお互いの緊張をほぐし合うと、一星は守備位置へ着いた。その様子を見守ってから、彗はわざとらしく大きな深呼吸を重ねてみる。
緊張している様子が、コールド負け寸前の相手チームにも届いたのだろう。諦めムードから一転、〝何とか一点〟という機運が高まっていた。
深呼吸を終えると彗は「うっし」とだけ呟いてから、新太から受け取った
いくら場数を踏んでいたって、それこそ世界大会のマウンドを経験したって、出場する瞬間はいつも緊張する。
ぞくぞくと体中の血液が沸騰したかのように熱く燃え滾り、胸の奥からふつふつと情熱が湧き上がる。そんな、この瞬間しか味わえない特殊な感覚に、心が躍る。
「これだこれだ」
自分がマウンドに立っている。そのことを再確認してから、彗は思いっきり投げ込む。
大量点差に守られ、バックも心強い先輩たちが守ってくれている。これ以上安心感のあるマウンドは無いな、と思いながら彗はサインを確認して大きく振りかぶった
そんな軽い気持ちで投げる、彼にとってはただのストレート。
しかし、その場にいる彼の存在を知らない他の高校生たちに衝撃を与えた。
ズドン、という豪快なミットの音と共に。
※
第一試合は、彩星対宮原西の試合。どちらも県立高ということもあり、ギャラリーは少なめ。数名いる生徒はユニフォームを着ており、第二試合を戦うチームの応援団といったところだろう。揃いも揃って汗臭さが伝わる面子がひしめくこの球場で、ゲームは圧倒的に彩星高校優位で進んでいた。
秋ベスト8は伊達ではないことがうかがえる試合運び。
五回まで相手にはヒットを許さず、点差は一〇対〇。コールドゲーム手前だというのに、余力はたっぷり残してあるようにも見える。
「つえーな彩星!」
スタンドで貧乏ゆすりをしながらベンチに座る春日部共平の偵察隊、二年生の兵動風雅は、腕を組みながら周囲の目を気にせずに大きな声を張り上げた。
「うるせーよ」
風雅の隣に座る三年生の烏丸海斗が頭をポカリと殴りつけるが、収まる気配はなく「楽しみだな、当たるのいつだっけ!」と目を輝かせた。
「ったく……同じブロックだから、次の次くらいで当たるな。ホレ」
海斗が見せたトーナメント表だと、順調に勝ち進めば三試合目で激突する組み合わせになっていた。
「あー、早くやりてぇな……ってあれ? ピッチャー変わる?」
マウンドが少し慌ただしくなると、これまで四回を無安打無四球と完璧に抑え込んでいた背番号1がマウンドを降りて19番がマウンドに走っていった。次いで、キャッチャーも交代するようで、背番号は20。
「あの体格……一年生か? ずいぶん余裕だな」
「試すには絶好の機会だもんね。さ、どんなピッチャーだろ」
エースからボールを受け取って、少し緊張しているのだろう。何度かマウンド上で深呼吸をしてから、19番は投球練習を開始した。
「……あれ?」
「結構速いな」
そう呟く海斗を余所に、風雅はその投手に釘付けとなる。
見覚えのある、ダイナミックなフォーム。
どこだっけ、と思案している内に投球練習が終了。審判による試合再開のコールが、球場に響いた。
キャッチャーのサインに頷き、ゆっくりと振りかぶる。
「あ、もしかして!」
風雅の予感は、一球目の球の威力で確信に変わった。
ズドン、とスタンドにいても聞こえるくらいの大きな音。横で唖然とする海斗を余所に、風雅は「怪物だ!」と心躍らせていた。
「お前、知ってんのか?」
「海斗さんこそ知らないの? 怪物だよ、怪物」
「怪物って、あの怪物か」
「そっ。空野彗だよ。いやー、どこ行ったか知らなかったけど、まさか彩星に行くなんてねぇ! いやぁ、楽しみ楽しみ」
ライバルの出現に、風雅はひたすら心を躍らせていた。何がそんなに嬉しいんだか、と呆れながら海斗はマウンドを見つめた。
ズドン、と再度投げ込まれる。もうこのままコールドだな、と海斗は頬杖をついた。
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