彗星と遭う

皆川大輔

文字の大きさ
上 下
53 / 179
第一部

1-48「リベンジと答え合わせ(3)」

しおりを挟む
 サインに納得した彗は、深く頷いて投球モーションに入る。
 一星は、そんな彗に向けてミットを大きく開いて向けた。心配するなという言葉にならないメッセージが届いてくれたのか、彗は上等だと言わんばかりに不敵な笑みを浮かべて、大きく振りかぶった。

「お……っしゃ!」

 彗が全力で投げたストレートは、要求通りにボールゾーンへ。
 あの時よりも不安のないリード。その心の余裕が彗にも伝わっているのだろう。棒球ではない、死んでいない強いストレート。
 左打ちである新太だが、この間の嵐と同じように足を踏み込んでボールに食らいつくようにしてバットを出した。
 きんっ、と甲高い音と共にレフト方向にボールが飛んで行く。
 中学生の打球とは比べ物にならないほど力強い当たりが、鋭く三塁線上を襲っていく。一星は「大丈夫」と余裕を持ってボールの行方を追った。

 ボールはフェアゾーンに落ちてヒットになりそうな軌道を描いているが、左打ちの特徴として打球を流し打ちすると、カットするように当たって反時計回りの回転がかかるため左に逸れることが多い。

 その経験から来る予測の通り、打球は三塁側の白線のギリギリ外側に落下した。
 三塁線の審判を務めている一年生が両手を広げて〝ファール〟のジェスチャーをしている。

「危ねー……」

 マウンド上の彗は不敵な笑みから苦笑いに早変わり。ただ、このファールは一星にとって予想通り……と言うより、予定通りだった。
 前回は中途半端に勝負しに行ったから若干甘くなってしまったが、今回は意思疎通を前日から重ねた上でのアウトコースのボール球。本来、ヒットを打つことが難しいボールゾーンに本気の直球が来れば早々打たれるということはない。見逃すことが普通だ。

 そんな球をヒットになるギリギリのところに打つ新太は、流石は真司と新太を抑えて三番に座る三年生だなと感心しながら「さて、と」と審判を務める三年生からボールを受け取る。

 ――ここからが答え合わせだ。

 一星は口の中で呟いてから、〝新太の足元〟を見ると、しっかり踏み込んだ右足の跡が、くっきりと残っていた。
 どこに来るかわからないはずのストレートに対して、真っすぐ踏み込んで力強いバッティングをしている。
 とても反射で出来るような芸当ではない。
 ではなぜ踏み込んで打つことができたのか。

 その答えは単純明快。

 端的に言えば、リードが筒抜けだったということでもある。
 初めての対戦、相手は先輩。
 緊張まみれのこの場面で〝まずは様子を見ようとするだろう〟という予測に基づくと、まずインコースには投げることはない。
 加えて、今は公式戦前の大事な時間。
 インコースは避けて、怪我のしないようにアウトコース中心にならざるを得ないという条件であるにもかかわらず、セオリー通りのコースに緩い球と速い球を交互に続けるだけの単調なリードが重なれば、打たれることは必至だ。

 なら、どうすればいいのか。
 答えはやはり簡単。

 予測してくるのならば、予測できないようなリードをすればいいだけのことだ。

 昨日思いついた理論を基に一星は、続く二球目もストレートを要求した。
 二球目のボールにバットは掠り、ファールボールになり、ストライク先行の理想的な形。
 三球目は、ボール球も使えるし、一球外して様子を見る――というセオリーを破り、インコースのストレートを要求する。

 ピリつく空気の中、彗が投げ込んだインコースのストレートは新太から見逃し三振を奪い取った。
 結果として、ボロカスに打たれた二軍との練習試合からたったの二日で、一軍相手を三者凡退に抑えるという結果と成長を、野球部に知らしめることに成功した。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

陽キャグループを追放されたので、ひとりで気ままに大学生活を送ることにしたんだが……なぜか、ぼっちになってから毎日美女たちが話しかけてくる。

電脳ピエロ
恋愛
藤堂 薫は大学で共に行動している陽キャグループの男子2人、大熊 快児と蜂羽 強太から理不尽に追い出されてしまう。 ひとりで気ままに大学生活を送ることを決める薫だったが、薫が以前関わっていた陽キャグループの女子2人、七瀬 瑠奈と宮波 美緒は男子2人が理不尽に薫を追放した事実を知り、彼らと縁を切って薫と積極的に関わろうとしてくる。 しかも、なぜか今まで関わりのなかった同じ大学の美女たちが寄ってくるようになり……。 薫を上手く追放したはずなのにグループの女子全員から縁を切られる性格最悪な男子2人。彼らは瑠奈や美緒を呼び戻そうとするがことごとく無視され、それからも散々な目にあって行くことになる。 やがて自分たちが女子たちと関われていたのは薫のおかげだと気が付き、グループに戻ってくれと言うがもう遅い。薫は居心地のいいグループで楽しく大学生活を送っているのだから。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

三姉妹の姉達は、弟の俺に甘すぎる!

佐々木雄太
青春
四月—— 新たに高校生になった有村敦也。 二つ隣町の高校に通う事になったのだが、 そこでは、予想外の出来事が起こった。 本来、いるはずのない同じ歳の三人の姉が、同じ教室にいた。 長女・唯【ゆい】 次女・里菜【りな】 三女・咲弥【さや】 この三人の姉に甘やかされる敦也にとって、 高校デビューするはずだった、初日。 敦也の高校三年間は、地獄の運命へと導かれるのであった。 カクヨム・小説家になろうでも好評連載中!

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

処理中です...