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第一部
1-42「再開に湧く(3)」
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「あ、お疲れ様です! すみません、先に上がらせてもらっちゃって……」
「いいのよ、今は慣れることが大事だから」
そう言いながら凛は新太を睨みつけて「オーバーワークは禁止って監督に言われてるでしょ」と問い詰めた。これまで聞いたことのないような冷たい声は迫力十分で、新太はじりじりと後ずさりしながら「キャッチボールだけだって」と目を逸らした。
「食堂でもそうだったけど、もっと最上級生として自覚を持って。将来有望なこの子たちに悪い影響を与えちゃうでしょ。そもそもあなたは昔から――」
話が長くなりそうだなと思ったところで「ちょっと相談を受けたんだって!」と新太が両手を大げさに振って話を遮ると「ちょっと俺からも伝えたいことあったんだよ」と彗の方を向く。
「な? 彗、そうだよな?」
凛に背を向けて新太は、彗の方を向いて右目をパチパチとウィンクさせて必死に合図を送っていた。
「え? そんなこと――」と事実を言いかけた彗の口を止めるようにガバッと肩を組んで「話合わせてくれ」と小声で呟くが、音葉には丸聞こえだった。
「……オレカラオネガイシマシタ」
ギギギと機械のきしむような音を感じられる動きで凛の方を向いた彗は、ロボットのような片言で言い切る。
――えぇ……。
あまりにもへたくそな演技に笑いを通り越して呆れた音葉は、チラリと凛の様子をうかがった。
頭を抱えてため息を零している。
そりゃそうだ、と思うも一瞬「ま、ほどほどにね」と凛は手持ちのカギを新たに投げ渡した。
「私はもう帰るから」
「オッケー」
鍵を受け取ると新太は「じゃ、続けようか」と再び凛に背を向けて胸を撫で下ろしていた。
「音葉ちゃんはまだ帰らないの?」
用事は済んだ、とカバンを持った凛は見返り美人図のように振り返りながら気にかけてくれた。
「あ、いえ……もう少しいます」
「そっか、じゃあまた明日ね」
手を振りながら去っていくその姿が見えなくなると「ふぃー……」と新太は安堵し大きな息を漏らした。緊張の糸が切れたように「いやぁ、キレると半端ないからさ……助かったぁ」とその場にしゃがみ込んだ。
「そんな風には全然見えねーけどなぁ」
「怒るとどうなるんですか?」
「……簡単に言うと、ご飯を残した食堂のおばちゃんかな」
新太の例えに妙に納得がいった彗と音葉は『あー……』と声を揃えて頷いた。
「……ま、なんにせよ丁度良かった。確か海瀬、もともと野球やってたんだよな?」
「え、まー……はい。全力で投げられたらちょっと厳しいですけど、キャッチボールくらいなら」
「変化球とかもいける?」
「多分大丈夫です」
そっか、と新太は「ちょっとさ、彗のボール受けてくんない?」と音葉にグローブを手渡した。
「え、え?」
困惑していると「あ、左じゃ無理か。じゃあほい」と彗のグローブを奪い取って渡し「彗が投げるから、俺に返球して」と彗を連れてブルペンのマウンドへ。
新太はマウンドに立つ彗に耳打ちをしてから「さ、じゃあ変化球いってみよう」と言い、左手を横にスライドさせて「まずはスライダーから」と彗の肩を叩いた。
何が何だかわからないまま、彗は緩めに振りかぶって――。
※
ずずっ、とストローでオレンジジュースをすすった。
ドリンクバーにしては果汁がしっかりとしていて重みがあり、練習終わりの疲れた体に栄養素が染み渡っていく――のも最初の二杯くらいまで。
三杯目のオレンジジュースはただの甘いどろっとした飲み物に過ぎなかった。
――職人みたいだ……。
もくもくとただひたすらにミートソースドリアをつついていた宗次郎は、自分に向けられた視線に気づいたのか、一瞬だけ手を止めて「すまないな」と一言呟くと、再びスプーンを動かした。
――緊張して味わいもせず食べ切った自分も悪いけど、この人の食べるスピードが遅いこともこのシーンとした空気の原因だよね。
そんなことを心の中で呟きながら「いえ、そんな」と会話を交わして再び静寂。
その会話から十分後、ようやく最後の米一粒を平らげると「……昨日の試合、見させてもらった」と口を紙ナプキンで吹きながら小さな声を発した。
「いいのよ、今は慣れることが大事だから」
そう言いながら凛は新太を睨みつけて「オーバーワークは禁止って監督に言われてるでしょ」と問い詰めた。これまで聞いたことのないような冷たい声は迫力十分で、新太はじりじりと後ずさりしながら「キャッチボールだけだって」と目を逸らした。
「食堂でもそうだったけど、もっと最上級生として自覚を持って。将来有望なこの子たちに悪い影響を与えちゃうでしょ。そもそもあなたは昔から――」
話が長くなりそうだなと思ったところで「ちょっと相談を受けたんだって!」と新太が両手を大げさに振って話を遮ると「ちょっと俺からも伝えたいことあったんだよ」と彗の方を向く。
「な? 彗、そうだよな?」
凛に背を向けて新太は、彗の方を向いて右目をパチパチとウィンクさせて必死に合図を送っていた。
「え? そんなこと――」と事実を言いかけた彗の口を止めるようにガバッと肩を組んで「話合わせてくれ」と小声で呟くが、音葉には丸聞こえだった。
「……オレカラオネガイシマシタ」
ギギギと機械のきしむような音を感じられる動きで凛の方を向いた彗は、ロボットのような片言で言い切る。
――えぇ……。
あまりにもへたくそな演技に笑いを通り越して呆れた音葉は、チラリと凛の様子をうかがった。
頭を抱えてため息を零している。
そりゃそうだ、と思うも一瞬「ま、ほどほどにね」と凛は手持ちのカギを新たに投げ渡した。
「私はもう帰るから」
「オッケー」
鍵を受け取ると新太は「じゃ、続けようか」と再び凛に背を向けて胸を撫で下ろしていた。
「音葉ちゃんはまだ帰らないの?」
用事は済んだ、とカバンを持った凛は見返り美人図のように振り返りながら気にかけてくれた。
「あ、いえ……もう少しいます」
「そっか、じゃあまた明日ね」
手を振りながら去っていくその姿が見えなくなると「ふぃー……」と新太は安堵し大きな息を漏らした。緊張の糸が切れたように「いやぁ、キレると半端ないからさ……助かったぁ」とその場にしゃがみ込んだ。
「そんな風には全然見えねーけどなぁ」
「怒るとどうなるんですか?」
「……簡単に言うと、ご飯を残した食堂のおばちゃんかな」
新太の例えに妙に納得がいった彗と音葉は『あー……』と声を揃えて頷いた。
「……ま、なんにせよ丁度良かった。確か海瀬、もともと野球やってたんだよな?」
「え、まー……はい。全力で投げられたらちょっと厳しいですけど、キャッチボールくらいなら」
「変化球とかもいける?」
「多分大丈夫です」
そっか、と新太は「ちょっとさ、彗のボール受けてくんない?」と音葉にグローブを手渡した。
「え、え?」
困惑していると「あ、左じゃ無理か。じゃあほい」と彗のグローブを奪い取って渡し「彗が投げるから、俺に返球して」と彗を連れてブルペンのマウンドへ。
新太はマウンドに立つ彗に耳打ちをしてから「さ、じゃあ変化球いってみよう」と言い、左手を横にスライドさせて「まずはスライダーから」と彗の肩を叩いた。
何が何だかわからないまま、彗は緩めに振りかぶって――。
※
ずずっ、とストローでオレンジジュースをすすった。
ドリンクバーにしては果汁がしっかりとしていて重みがあり、練習終わりの疲れた体に栄養素が染み渡っていく――のも最初の二杯くらいまで。
三杯目のオレンジジュースはただの甘いどろっとした飲み物に過ぎなかった。
――職人みたいだ……。
もくもくとただひたすらにミートソースドリアをつついていた宗次郎は、自分に向けられた視線に気づいたのか、一瞬だけ手を止めて「すまないな」と一言呟くと、再びスプーンを動かした。
――緊張して味わいもせず食べ切った自分も悪いけど、この人の食べるスピードが遅いこともこのシーンとした空気の原因だよね。
そんなことを心の中で呟きながら「いえ、そんな」と会話を交わして再び静寂。
その会話から十分後、ようやく最後の米一粒を平らげると「……昨日の試合、見させてもらった」と口を紙ナプキンで吹きながら小さな声を発した。
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