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第一部
1-34「ずっとマウンドで生きてきた(4)」
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「あ、綿引も食堂だったんだ」
叩かれた頭をさすりながら新太が見つめたその先には、野球部のチーフマネージャーで、宗次郎や新太と同じ三年生の綿引凛が「止めな」と立ち尽していた。肝っ玉母さんという称号そのまま「仮にも野球部の主将と副主将が」と呆れた。
「監督との距離を縮める作戦だ」
「もう十分でしょ……ったく」
そう言いながら、凛は盗み見していた二人に一枚の紙を手渡す。
「お昼前、監督に渡されたやつ。早めにアップするように伝えといてって」
「ほいほい。待ってました」
新太はその髪を受け取ると、さっと目を通す。
書いてあるのは、ポジションと名前、打順――つまるところ、今日の練習試合のオーダーだ。
しっかりとそこには、昨日雄介から聞かされた〝空野〟と〝武山〟の名前が、それぞれ投手と捕手として記載されていた。その他にも、真司が〝B〟と判断した選手は雄介も含めて全員と、数人の〝C〟の面子も名を連ねている。
「ホントにいるじゃん」
今朝の朝練を寝坊でサボった嵐の名前もキチンとある。
「……真司も出るのか?」
「へ? あ、ホントだ」
二軍メインのチームのはずだが、バリバリ一軍でクリーンナップ(主軸)を打っている真司が、一番ショートとして名を連ねていた。何かやらかしたな、と笑いながら「雄介から連絡先は聞いてるし、彗と一星には俺から連絡するよ」と紙を凛に返した。
「りょーかい。よろしくね。じゃ、またあとで」と言い残すと、ショートボブの茶髪を振りまきながらその場を後にした。
「……今日、一軍は休養だったよね?」
「最近練習続きだったからな」
「ね、練習見に行ってみない?」
「別に構わんが……やっぱり気になるのか?」
「まあね。覚えてくれてるかわからないけど、彗は幼馴染だし」
「それだけか?」
「いや、正直言うと、背番号を争う相手の力を知っておきたい」
「……それは同感だ」
予想外のレアキャラ出現により脅かされる、エースの背番号1と、扇の要の背番号2。
自分たちの番号を守るべく、二人は決意を固めてから教室に向かった。
※
「一年一組、武山一星! ポジションはキャッチャーを中心に、内野も守ってました。目標は甲子園に行くことです! お願いします!」
「一年三組、空野彗。ポジションはピッチャー。この夏、甲子園に行く予定です。お願いします」
初めての挨拶。決意を表明した二人に、一気にグラウンドの雰囲気がピリついた。
ギリギリで入部し、いきなり素っ頓狂なことを話す、イカれた奴ら。そう思われているだろうことは、二人とも肌で感じていた。
ただ、これくらいで引き下がるわけにもいかない。
それくらいの気持ちでやらないと、あの舞台には届かないことを伝えるための強気な発言だった。
挨拶を受けていた入部組の中で、雄介だけが頭を抱えている光景がまた面白く、彗は「これまで野球を始めてからずっとマウンドで生きてきました。それ以外のポジションはやるつもりありません」と続けてみると、空気が悪くなるのに比例して、既に挨拶を済ませた音葉と真奈美、チームに馴染みつつあるだろう雄介の顔が想像通り一斉に曇る。
数秒の静寂を、重たい拍手が切り裂いた。
「ほれ、拍手拍手」
真田が促すと、ようやくまばらに拍手が巻き起こる。これ以上歓迎の拍手は怒らないだろうというところで真田が「ま、今見てわかる通りだ」と手を上げて指揮者のようなポージングをすると、拍手がピタリと止む。
「信用は勝ち取らないとなぁ、怪物と天才クン?」
「もちろん」と彗は真田を睨んだ。
――いよいよ、試合だ。
体の震えがより一層大きくなる。
「結構結構。主審は俺。ルールは七回まで、もしくは〝もう必要ない〟と俺が判断するまで。二軍のメンバーも含めて、全力でプレーするように!」
はいっ、と部員の声が合わさって天まで届きそうだった。
叩かれた頭をさすりながら新太が見つめたその先には、野球部のチーフマネージャーで、宗次郎や新太と同じ三年生の綿引凛が「止めな」と立ち尽していた。肝っ玉母さんという称号そのまま「仮にも野球部の主将と副主将が」と呆れた。
「監督との距離を縮める作戦だ」
「もう十分でしょ……ったく」
そう言いながら、凛は盗み見していた二人に一枚の紙を手渡す。
「お昼前、監督に渡されたやつ。早めにアップするように伝えといてって」
「ほいほい。待ってました」
新太はその髪を受け取ると、さっと目を通す。
書いてあるのは、ポジションと名前、打順――つまるところ、今日の練習試合のオーダーだ。
しっかりとそこには、昨日雄介から聞かされた〝空野〟と〝武山〟の名前が、それぞれ投手と捕手として記載されていた。その他にも、真司が〝B〟と判断した選手は雄介も含めて全員と、数人の〝C〟の面子も名を連ねている。
「ホントにいるじゃん」
今朝の朝練を寝坊でサボった嵐の名前もキチンとある。
「……真司も出るのか?」
「へ? あ、ホントだ」
二軍メインのチームのはずだが、バリバリ一軍でクリーンナップ(主軸)を打っている真司が、一番ショートとして名を連ねていた。何かやらかしたな、と笑いながら「雄介から連絡先は聞いてるし、彗と一星には俺から連絡するよ」と紙を凛に返した。
「りょーかい。よろしくね。じゃ、またあとで」と言い残すと、ショートボブの茶髪を振りまきながらその場を後にした。
「……今日、一軍は休養だったよね?」
「最近練習続きだったからな」
「ね、練習見に行ってみない?」
「別に構わんが……やっぱり気になるのか?」
「まあね。覚えてくれてるかわからないけど、彗は幼馴染だし」
「それだけか?」
「いや、正直言うと、背番号を争う相手の力を知っておきたい」
「……それは同感だ」
予想外のレアキャラ出現により脅かされる、エースの背番号1と、扇の要の背番号2。
自分たちの番号を守るべく、二人は決意を固めてから教室に向かった。
※
「一年一組、武山一星! ポジションはキャッチャーを中心に、内野も守ってました。目標は甲子園に行くことです! お願いします!」
「一年三組、空野彗。ポジションはピッチャー。この夏、甲子園に行く予定です。お願いします」
初めての挨拶。決意を表明した二人に、一気にグラウンドの雰囲気がピリついた。
ギリギリで入部し、いきなり素っ頓狂なことを話す、イカれた奴ら。そう思われているだろうことは、二人とも肌で感じていた。
ただ、これくらいで引き下がるわけにもいかない。
それくらいの気持ちでやらないと、あの舞台には届かないことを伝えるための強気な発言だった。
挨拶を受けていた入部組の中で、雄介だけが頭を抱えている光景がまた面白く、彗は「これまで野球を始めてからずっとマウンドで生きてきました。それ以外のポジションはやるつもりありません」と続けてみると、空気が悪くなるのに比例して、既に挨拶を済ませた音葉と真奈美、チームに馴染みつつあるだろう雄介の顔が想像通り一斉に曇る。
数秒の静寂を、重たい拍手が切り裂いた。
「ほれ、拍手拍手」
真田が促すと、ようやくまばらに拍手が巻き起こる。これ以上歓迎の拍手は怒らないだろうというところで真田が「ま、今見てわかる通りだ」と手を上げて指揮者のようなポージングをすると、拍手がピタリと止む。
「信用は勝ち取らないとなぁ、怪物と天才クン?」
「もちろん」と彗は真田を睨んだ。
――いよいよ、試合だ。
体の震えがより一層大きくなる。
「結構結構。主審は俺。ルールは七回まで、もしくは〝もう必要ない〟と俺が判断するまで。二軍のメンバーも含めて、全力でプレーするように!」
はいっ、と部員の声が合わさって天まで届きそうだった。
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