37 / 179
第一部
1-32「ずっとマウンドで生きてきた(2)」
しおりを挟む
朝のホームルーム前。朝練が終わってハイテンションな運動部連中と、教室に着いたばかりの文化部が入り混じる異質な空間に、榎下嵐は寝ぼけ眼をこすりながら入ると、見慣れた坊主頭が嵐の視界に映り込んだ。
「よぉ、遅刻魔さん。よく眠れたかぁ?」
不機嫌さを隠さずに自分の席に座ると「うるせー金髪」と開口一番突き返し、机の上に座ろうとした真司を払いのけた。
「おぉ、こわぁ」
「……やかましいわボケ」
嵐が目を覚ましたのは、つい二十分前。朝練どころか学校にも遅刻するんじゃないかという不安感から逃れられて「ふー……」と深い息を吐いた。
「しっかしお前もついてねーな、こんなタイミングでサボるなんてよー!」
嵐を挑発するように、真司が目の前で奇妙なダンスを始める。
「あ? なんかあったのか?」
「教えてあげねー!」
顎が外れるほど口を開いて笑う真司が、幼いころ祖母に買ってもらったただタンバリンを叩くだけのおもちゃに思えて無性に腹が立ち、嵐はポケットに入っていたガムの包み紙をさっと丸めて真司の口の中に突っ込んでやった。
「おべっ⁉」
流石に動揺して動きを止める真司。
「何入れてんだよ?」
「悪い悪い、ゴミ箱かと思った」
「……言ったな? ホントのゴミ箱にはどんなんが入ってるか教えてやるよ――」と、ゴミ箱まで走り出した真司を「ちょまて、止めろ」と静止する。
「……ったく。なんで朝からそんな元気なんだ?」
「ちゃーんと朝練こなしてバッチリ目が覚めてるからだよ」
「わかったわかった」
テストの点数や体力テストの結果など、常に張り合ってくる真司からすれば、たまたま今日寝坊した嵐にマウントが取れる数少ない機会なのだろう。ただひたすら不快な笑みを浮かべる真司に呆れながら「で、なにがあったんだ?」ともういいよと頭を小突きながら問いかけた。
「テー……ほら、監督が『一年生の実力を量る』とか言って、二軍の面子と試合やるって言ってたろ?」
「あー……そういや昨日言ってたな。今日だっけ?」
「そ。でさ、試合で使う一年は希望者のみって話だったろ?」
「あぁ。それがどうした?」
「実はさ、昨日一年だけ集めて参加したいやつ聞いたら、六人しか集まんなかったんだと。で、二年から三人出すって話になってさ」
「……なるほど」
「で、誰を出すかって話に今朝なってよ。二年の希望者がピッチャーしかいなくて、野手が足んねーって言いだしてさ。取り合えずお前推薦しておいた」
「……は?」
「『今年の一年楽しみだなぁ』って言ってましたよ! っていったら一発合格だったぜ? よかったな」
「オメ、何を余計なことを……!」
真司の胸ぐらを掴んだところで、ガラッ、と扉の開く音と共に教室は静まり返る。
「何してんだお前ら」
教室に入ってきたのは、ぼさぼさの髪に、無精ひげを生やした、道で遭遇したらホームレスかと思うような風貌の教師。
二年五組担任、もとい、野球部監督の真田和幸だ。
「あ、これは――」
「そんな元気があるのに朝練サボるたぁいい度胸だ。今日は数合わせで一年に混ざってもらうが、留年でもしてみっか?」
「……すみません」
叱られている嵐をけらけらと笑っていた真司だが「田名部、お前もだ」と名前が呼ばれてびくりと体を震わせた。
「へっ⁉」
「大分元気が余ってるようだし、ちょうどいいな。二軍側で試合に出ろ」
「はぁ⁉ 俺もっすか⁉」
「喧嘩両成敗だ」
至って真剣な表情の真田に、教室は凍り付く。
キーンコーンカーンコーンと、予鈴が教室の中に木霊した。
※
中庭で貧乏ゆすりをする彗。一星が不安な面持ちで座る異様な雰囲気の中に「ごめん」と音葉が、次いで「遅れましたぁ」と真奈美も合流する。
目の前の白米からお預けを食らっていた彗は「おせーよ」と空腹から若干不機嫌になっていたが「まあまあ」と一星がなだめる。
――すっかり仲良しだ。
ほんの先週までは想像できなかった光景に微笑みながら、音葉は「これでみんな野球部だね」と、弁当箱を開いた。
「それにしても」
相変わらずの白米弁当をかき込みながら話す彗は、まだ真奈美との距離感を掴み切れてないらしく「木原……さんがマネージャーやるとは思わなかった」と敬語とため口の中間みたいなぐちゃぐちゃした言葉遣いになりながら質問した。
「真奈美でいいよ」と答え「ちょっとした心境の変化ってやつかなぁ」と、真奈美も自作の弁当をつついた。
「へぇ。心境の変化ねぇ」
奇異の視線を真奈美に送る彗を「しかし、真田先生って変だよね」と音葉が遮った。
「それは僕も思った。なんかさ、とても教師には思えないよね」
「よぉ、遅刻魔さん。よく眠れたかぁ?」
不機嫌さを隠さずに自分の席に座ると「うるせー金髪」と開口一番突き返し、机の上に座ろうとした真司を払いのけた。
「おぉ、こわぁ」
「……やかましいわボケ」
嵐が目を覚ましたのは、つい二十分前。朝練どころか学校にも遅刻するんじゃないかという不安感から逃れられて「ふー……」と深い息を吐いた。
「しっかしお前もついてねーな、こんなタイミングでサボるなんてよー!」
嵐を挑発するように、真司が目の前で奇妙なダンスを始める。
「あ? なんかあったのか?」
「教えてあげねー!」
顎が外れるほど口を開いて笑う真司が、幼いころ祖母に買ってもらったただタンバリンを叩くだけのおもちゃに思えて無性に腹が立ち、嵐はポケットに入っていたガムの包み紙をさっと丸めて真司の口の中に突っ込んでやった。
「おべっ⁉」
流石に動揺して動きを止める真司。
「何入れてんだよ?」
「悪い悪い、ゴミ箱かと思った」
「……言ったな? ホントのゴミ箱にはどんなんが入ってるか教えてやるよ――」と、ゴミ箱まで走り出した真司を「ちょまて、止めろ」と静止する。
「……ったく。なんで朝からそんな元気なんだ?」
「ちゃーんと朝練こなしてバッチリ目が覚めてるからだよ」
「わかったわかった」
テストの点数や体力テストの結果など、常に張り合ってくる真司からすれば、たまたま今日寝坊した嵐にマウントが取れる数少ない機会なのだろう。ただひたすら不快な笑みを浮かべる真司に呆れながら「で、なにがあったんだ?」ともういいよと頭を小突きながら問いかけた。
「テー……ほら、監督が『一年生の実力を量る』とか言って、二軍の面子と試合やるって言ってたろ?」
「あー……そういや昨日言ってたな。今日だっけ?」
「そ。でさ、試合で使う一年は希望者のみって話だったろ?」
「あぁ。それがどうした?」
「実はさ、昨日一年だけ集めて参加したいやつ聞いたら、六人しか集まんなかったんだと。で、二年から三人出すって話になってさ」
「……なるほど」
「で、誰を出すかって話に今朝なってよ。二年の希望者がピッチャーしかいなくて、野手が足んねーって言いだしてさ。取り合えずお前推薦しておいた」
「……は?」
「『今年の一年楽しみだなぁ』って言ってましたよ! っていったら一発合格だったぜ? よかったな」
「オメ、何を余計なことを……!」
真司の胸ぐらを掴んだところで、ガラッ、と扉の開く音と共に教室は静まり返る。
「何してんだお前ら」
教室に入ってきたのは、ぼさぼさの髪に、無精ひげを生やした、道で遭遇したらホームレスかと思うような風貌の教師。
二年五組担任、もとい、野球部監督の真田和幸だ。
「あ、これは――」
「そんな元気があるのに朝練サボるたぁいい度胸だ。今日は数合わせで一年に混ざってもらうが、留年でもしてみっか?」
「……すみません」
叱られている嵐をけらけらと笑っていた真司だが「田名部、お前もだ」と名前が呼ばれてびくりと体を震わせた。
「へっ⁉」
「大分元気が余ってるようだし、ちょうどいいな。二軍側で試合に出ろ」
「はぁ⁉ 俺もっすか⁉」
「喧嘩両成敗だ」
至って真剣な表情の真田に、教室は凍り付く。
キーンコーンカーンコーンと、予鈴が教室の中に木霊した。
※
中庭で貧乏ゆすりをする彗。一星が不安な面持ちで座る異様な雰囲気の中に「ごめん」と音葉が、次いで「遅れましたぁ」と真奈美も合流する。
目の前の白米からお預けを食らっていた彗は「おせーよ」と空腹から若干不機嫌になっていたが「まあまあ」と一星がなだめる。
――すっかり仲良しだ。
ほんの先週までは想像できなかった光景に微笑みながら、音葉は「これでみんな野球部だね」と、弁当箱を開いた。
「それにしても」
相変わらずの白米弁当をかき込みながら話す彗は、まだ真奈美との距離感を掴み切れてないらしく「木原……さんがマネージャーやるとは思わなかった」と敬語とため口の中間みたいなぐちゃぐちゃした言葉遣いになりながら質問した。
「真奈美でいいよ」と答え「ちょっとした心境の変化ってやつかなぁ」と、真奈美も自作の弁当をつついた。
「へぇ。心境の変化ねぇ」
奇異の視線を真奈美に送る彗を「しかし、真田先生って変だよね」と音葉が遮った。
「それは僕も思った。なんかさ、とても教師には思えないよね」
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
陽キャグループを追放されたので、ひとりで気ままに大学生活を送ることにしたんだが……なぜか、ぼっちになってから毎日美女たちが話しかけてくる。
電脳ピエロ
恋愛
藤堂 薫は大学で共に行動している陽キャグループの男子2人、大熊 快児と蜂羽 強太から理不尽に追い出されてしまう。
ひとりで気ままに大学生活を送ることを決める薫だったが、薫が以前関わっていた陽キャグループの女子2人、七瀬 瑠奈と宮波 美緒は男子2人が理不尽に薫を追放した事実を知り、彼らと縁を切って薫と積極的に関わろうとしてくる。
しかも、なぜか今まで関わりのなかった同じ大学の美女たちが寄ってくるようになり……。
薫を上手く追放したはずなのにグループの女子全員から縁を切られる性格最悪な男子2人。彼らは瑠奈や美緒を呼び戻そうとするがことごとく無視され、それからも散々な目にあって行くことになる。
やがて自分たちが女子たちと関われていたのは薫のおかげだと気が付き、グループに戻ってくれと言うがもう遅い。薫は居心地のいいグループで楽しく大学生活を送っているのだから。
俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない
亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。
不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。
そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。
帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。
そして邂逅する謎の組織。
萌の物語が始まる。
三姉妹の姉達は、弟の俺に甘すぎる!
佐々木雄太
青春
四月——
新たに高校生になった有村敦也。
二つ隣町の高校に通う事になったのだが、
そこでは、予想外の出来事が起こった。
本来、いるはずのない同じ歳の三人の姉が、同じ教室にいた。
長女・唯【ゆい】
次女・里菜【りな】
三女・咲弥【さや】
この三人の姉に甘やかされる敦也にとって、
高校デビューするはずだった、初日。
敦也の高校三年間は、地獄の運命へと導かれるのであった。
カクヨム・小説家になろうでも好評連載中!
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる