彗星と遭う

皆川大輔

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第一部

1-32「ずっとマウンドで生きてきた(2)」

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 朝のホームルーム前。朝練が終わってハイテンションな運動部連中と、教室に着いたばかりの文化部が入り混じる異質な空間に、榎下嵐えのしたあらしは寝ぼけ眼をこすりながら入ると、見慣れた坊主頭が嵐の視界に映り込んだ。

「よぉ、遅刻魔さん。よく眠れたかぁ?」

 不機嫌さを隠さずに自分の席に座ると「うるせー金髪」と開口一番突き返し、机の上に座ろうとした真司を払いのけた。

「おぉ、こわぁ」

「……やかましいわボケ」

 嵐が目を覚ましたのは、つい二十分前。朝練どころか学校にも遅刻するんじゃないかという不安感から逃れられて「ふー……」と深い息を吐いた。

「しっかしお前もついてねーな、こんなタイミングでサボるなんてよー!」

 嵐を挑発するように、真司が目の前で奇妙なダンスを始める。

「あ? なんかあったのか?」

「教えてあげねー!」

 顎が外れるほど口を開いて笑う真司が、幼いころ祖母に買ってもらったただタンバリンを叩くだけのおもちゃに思えて無性に腹が立ち、嵐はポケットに入っていたガムの包み紙をさっと丸めて真司の口の中に突っ込んでやった。

「おべっ⁉」

 流石に動揺して動きを止める真司。

「何入れてんだよ?」

「悪い悪い、ゴミ箱かと思った」

「……言ったな? ホントのゴミ箱にはどんなんが入ってるか教えてやるよ――」と、ゴミ箱まで走り出した真司を「ちょまて、止めろ」と静止する。

「……ったく。なんで朝からそんな元気なんだ?」

「ちゃーんと朝練こなしてバッチリ目が覚めてるからだよ」

「わかったわかった」

 テストの点数や体力テストの結果など、常に張り合ってくる真司からすれば、たまたま今日寝坊した嵐にマウントが取れる数少ない機会なのだろう。ただひたすら不快な笑みを浮かべる真司に呆れながら「で、なにがあったんだ?」ともういいよと頭を小突きながら問いかけた。

「テー……ほら、監督が『一年生の実力を量る』とか言って、二軍の面子と試合やるって言ってたろ?」

「あー……そういや昨日言ってたな。今日だっけ?」

「そ。でさ、試合で使う一年は希望者のみって話だったろ?」

「あぁ。それがどうした?」

「実はさ、昨日一年だけ集めて参加したいやつ聞いたら、六人しか集まんなかったんだと。で、二年から三人出すって話になってさ」

「……なるほど」

「で、誰を出すかって話に今朝なってよ。二年の希望者がピッチャーしかいなくて、野手が足んねーって言いだしてさ。取り合えずお前推薦しておいた」

「……は?」

「『今年の一年楽しみだなぁ』って言ってましたよ! っていったら一発合格だったぜ? よかったな」

「オメ、何を余計なことを……!」

 真司の胸ぐらを掴んだところで、ガラッ、と扉の開く音と共に教室は静まり返る。

「何してんだお前ら」

 教室に入ってきたのは、ぼさぼさの髪に、無精ひげを生やした、道で遭遇したらホームレスかと思うような風貌の教師。
 二年五組担任、もとい、野球部監督の真田和幸だ。

「あ、これは――」

「そんな元気があるのに朝練サボるたぁいい度胸だ。今日は数合わせで一年に混ざってもらうが、留年でもしてみっか?」

「……すみません」

 叱られている嵐をけらけらと笑っていた真司だが「田名部、お前もだ」と名前が呼ばれてびくりと体を震わせた。

「へっ⁉」

「大分元気が余ってるようだし、ちょうどいいな。二軍側で試合に出ろ」

「はぁ⁉ 俺もっすか⁉」

「喧嘩両成敗だ」

 至って真剣な表情の真田に、教室は凍り付く。
 キーンコーンカーンコーンと、予鈴が教室の中に木霊した。


       ※


 中庭で貧乏ゆすりをする彗。一星が不安な面持ちで座る異様な雰囲気の中に「ごめん」と音葉が、次いで「遅れましたぁ」と真奈美も合流する。

 目の前の白米からお預けを食らっていた彗は「おせーよ」と空腹から若干不機嫌になっていたが「まあまあ」と一星がなだめる。

 ――すっかり仲良しだ。

 ほんの先週までは想像できなかった光景に微笑みながら、音葉は「これでみんな野球部だね」と、弁当箱を開いた。

「それにしても」
 相変わらずの白米弁当をかき込みながら話す彗は、まだ真奈美との距離感を掴み切れてないらしく「木原……さんがマネージャーやるとは思わなかった」と敬語とため口の中間みたいなぐちゃぐちゃした言葉遣いになりながら質問した。

「真奈美でいいよ」と答え「ちょっとした心境の変化ってやつかなぁ」と、真奈美も自作の弁当をつついた。

「へぇ。心境の変化ねぇ」

 奇異の視線を真奈美に送る彗を「しかし、真田先生って変だよね」と音葉が遮った。

「それは僕も思った。なんかさ、とても教師には思えないよね」
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