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第一部
1-31「ずっとマウンドで生きてきた(1)」
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宗次郎、新太、真司は練習を終え、汗だくになったユニフォームを着替えていると、どこからともなく、メロディが流れて来た。
元中日ドラゴンズの投手、山本昌が登場曲にしていた、スピードワゴン〝夢の途中〟だ。この曲を着信音に設定しているのは、新太しかいない。
「来たか」
「マジすか!」
新太の両隣で着替えていた宗次郎と真司は、新太に近寄った。
「ちょ、鬱陶しい!」
新太は二人を追い払いながら、画面を見せつけてくる。宗次郎は上半身裸の状態で、真司と共に画面をのぞき込んだ。
坂上雄介、と表示されている。
――当たりだ。
確信を持って三人が頷くと、ゆっくりと新太は「もしもし」と電話を受け取った。
開口一番『雄介です!』と話す声が、隣で聞き耳を立てている宗次郎と真司にも届く。細かくはわからないが、雄介の息は荒く、声色も明るい。興奮している様子が電話越しでも伝わってきて、にわかに宗次郎の心も高まる。
『実は今日……して……』
「わかったわかった、まずは落ち着け」
微かに聞こえてきた声も、新太の指摘によって落ち着きを取り戻し以降の会話は聞こえずじまい。
「あぁ、そう……それで?」
会話の途中で着替えるのも忘れたまま、半裸でお預けを食らっていた宗次郎と真司は「じゃ、わかった。みんなには伝えとくよ」と会話を切り上げた新太に詰め寄った。
「で……」
「どうっすか?」
わざとニヤニヤしながら、少しの間を空けて新太が話す。
「明日入部するから、試合に参加したいってよ」
※
まだ夜を引きずる早朝。二人は日課の如く集まり、ボールが見えるような明るさになると、待ってましたと言わんばかりにパァンと小気味のいい音を立てた。
キャッチボールから熱が入る彗。ゆっくりゆっくりと一星がジェスチャーを送っても、収まる気配はない。
「ふー……それじゃ」と、彗はグラブを下にくいっと二度下げた。
二週間弱の練習で、それが〝座ってくれ〟のサインであることはもう言葉を交わさなくてもわかる。自分勝手な怪物にやれやれと呆れながら、一星はしゃがみ込む。
ただ、投手を乗せるのも捕手の役目。一星は「ラスト行こう!」と叫んだ。
土手を走る老人がギョッと視線をこちらに向けていることが肌でわかる。ただ、別に悪いことをしているわけじゃない。
胸を張って締めよう、という意味を込めてキャッチャーミットをいつもより大きく広げ、彗へ向けた。
その様子に、にやりと笑った彗は、そのメッセージに応えるように、大きく振りかぶった。
「ど――っせい!」
大きな地鳴りのような音を立てて、ミットに収まる。
キャッチャーミットに加えて守備手袋をしていても、左手にビリビリとした感触が残っている。尋常ではない球威。異常ともいえるキレ。超常とも言えるノビ。
それらにはもう一切、ブランクは感じられない。
彗も手応えがあったのだろう。「復活!」と、演技を終えた体操選手の如く両手を天に上げた。
「もうストレートは万全だね」
「おうよ。ここまで持ってこれてよかったわ」
一日経っても、久々に試合をすることができるという熱が収まることはなかったようで、鼻息荒く「楽しみだなー!」と腕を回す。
「今からそんなテンションじゃ一日持たないよ?」
「しょうがねーだろ? あの大会以来なんだ、燃えるのは当然だって。お前もそうだろ?」
「……まあ、それは否定しないけど」
事実、一星の心も高ぶっており、七時集合の予定がお互いが早く起きてしまい、示し合わせてもないのに六時半に集まってしまったのが何よりの証拠だった。
「……問題は変化球だな」
「だね」
もちろんこの自主練の期間中に、変化球も試した。スライダー、カーブと中学生時代に使っていた変化球を中心に投げ込んでいたが、ストレートとは違ってキレもなければ曲がりも大きくない。
ストレートが一級品とするならば、変化球はすべて二級ないしは三級レベル。端的に言えば、カモられる球だ。
「世界大会も変化球ばっか打たれたもんなぁ」
「真ん中のストレートだけにしたら完璧に抑えるとか、ある意味キャッチャー泣かせだよ」
変化球もコースも関係ない、ただ真ん中にストレートを投げるだけの力勝負だと、キャッチャーはただただピッチャーの投げたボールを取るだけの壁にしかなれない。
高校生に今の実力が通じるのか、という不安を抱きながら一星は「ね、仮にも高校生にさ、ストレートだけで通用するかな」と呟く。
「まーあれだ、やれるだけやるだけだろ?」
そう応えた彗も、どこか自信なさげだった。
元中日ドラゴンズの投手、山本昌が登場曲にしていた、スピードワゴン〝夢の途中〟だ。この曲を着信音に設定しているのは、新太しかいない。
「来たか」
「マジすか!」
新太の両隣で着替えていた宗次郎と真司は、新太に近寄った。
「ちょ、鬱陶しい!」
新太は二人を追い払いながら、画面を見せつけてくる。宗次郎は上半身裸の状態で、真司と共に画面をのぞき込んだ。
坂上雄介、と表示されている。
――当たりだ。
確信を持って三人が頷くと、ゆっくりと新太は「もしもし」と電話を受け取った。
開口一番『雄介です!』と話す声が、隣で聞き耳を立てている宗次郎と真司にも届く。細かくはわからないが、雄介の息は荒く、声色も明るい。興奮している様子が電話越しでも伝わってきて、にわかに宗次郎の心も高まる。
『実は今日……して……』
「わかったわかった、まずは落ち着け」
微かに聞こえてきた声も、新太の指摘によって落ち着きを取り戻し以降の会話は聞こえずじまい。
「あぁ、そう……それで?」
会話の途中で着替えるのも忘れたまま、半裸でお預けを食らっていた宗次郎と真司は「じゃ、わかった。みんなには伝えとくよ」と会話を切り上げた新太に詰め寄った。
「で……」
「どうっすか?」
わざとニヤニヤしながら、少しの間を空けて新太が話す。
「明日入部するから、試合に参加したいってよ」
※
まだ夜を引きずる早朝。二人は日課の如く集まり、ボールが見えるような明るさになると、待ってましたと言わんばかりにパァンと小気味のいい音を立てた。
キャッチボールから熱が入る彗。ゆっくりゆっくりと一星がジェスチャーを送っても、収まる気配はない。
「ふー……それじゃ」と、彗はグラブを下にくいっと二度下げた。
二週間弱の練習で、それが〝座ってくれ〟のサインであることはもう言葉を交わさなくてもわかる。自分勝手な怪物にやれやれと呆れながら、一星はしゃがみ込む。
ただ、投手を乗せるのも捕手の役目。一星は「ラスト行こう!」と叫んだ。
土手を走る老人がギョッと視線をこちらに向けていることが肌でわかる。ただ、別に悪いことをしているわけじゃない。
胸を張って締めよう、という意味を込めてキャッチャーミットをいつもより大きく広げ、彗へ向けた。
その様子に、にやりと笑った彗は、そのメッセージに応えるように、大きく振りかぶった。
「ど――っせい!」
大きな地鳴りのような音を立てて、ミットに収まる。
キャッチャーミットに加えて守備手袋をしていても、左手にビリビリとした感触が残っている。尋常ではない球威。異常ともいえるキレ。超常とも言えるノビ。
それらにはもう一切、ブランクは感じられない。
彗も手応えがあったのだろう。「復活!」と、演技を終えた体操選手の如く両手を天に上げた。
「もうストレートは万全だね」
「おうよ。ここまで持ってこれてよかったわ」
一日経っても、久々に試合をすることができるという熱が収まることはなかったようで、鼻息荒く「楽しみだなー!」と腕を回す。
「今からそんなテンションじゃ一日持たないよ?」
「しょうがねーだろ? あの大会以来なんだ、燃えるのは当然だって。お前もそうだろ?」
「……まあ、それは否定しないけど」
事実、一星の心も高ぶっており、七時集合の予定がお互いが早く起きてしまい、示し合わせてもないのに六時半に集まってしまったのが何よりの証拠だった。
「……問題は変化球だな」
「だね」
もちろんこの自主練の期間中に、変化球も試した。スライダー、カーブと中学生時代に使っていた変化球を中心に投げ込んでいたが、ストレートとは違ってキレもなければ曲がりも大きくない。
ストレートが一級品とするならば、変化球はすべて二級ないしは三級レベル。端的に言えば、カモられる球だ。
「世界大会も変化球ばっか打たれたもんなぁ」
「真ん中のストレートだけにしたら完璧に抑えるとか、ある意味キャッチャー泣かせだよ」
変化球もコースも関係ない、ただ真ん中にストレートを投げるだけの力勝負だと、キャッチャーはただただピッチャーの投げたボールを取るだけの壁にしかなれない。
高校生に今の実力が通じるのか、という不安を抱きながら一星は「ね、仮にも高校生にさ、ストレートだけで通用するかな」と呟く。
「まーあれだ、やれるだけやるだけだろ?」
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