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第一部
1-29「怪物との遭遇(5)」
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ただ立つだけなら、と承諾してキャッチボールが始まった……が、これが運の尽き。日本代表の経験は伊達じゃなく、キャッチボールひとつとってもスピードが段違い。
ただのアップなのに、雄介は息が切れ始めていた。
付いていくのがやっと、という時間を過ごすこと十五分。まるで試合中と勘違いしてしまうようなキャッチボールを終えると「そろそろいいか」と彗がぐるぐると右腕を回す。
それが合図だったのだろう。地面にほっぽってあったキャッチャーマスクを拾い上げると、数歩下がってしゃがみ込んだ。
流石は世界一のバッテリー。息もピッタリだな――そんなことを考えながら、約束通りにキャッチャーに立ち竦む。
――アップでアレって……マジで投げたらどうなるんだ……?
興味半分、恐怖半分でバットを持った振りをした雄介。それを確認すると、彗はゆったりと振りかぶる。
彗の背は同世代と比べてほんの少し大きいくらい。
他にも大きいやつは野球に限らず沢山いた。
けれど、振りかぶるその姿は言いようのない違和感がある。対峙していると、それだけで気圧されてしまいそうな……正に怪物という称号がピッタリの威圧感だ。
当てないと宣言されていても、力まずにはいられない。体は自然に強張り、じっと球が来るのを耐え忍ぶ。
「よ……いしょ!」
振り絞られた声と共に、球が放たれる。
一瞬。刹那とはこのことを言うのだろう。
「……は?」
微かに視界に残像が映ったかと思えば、豪快な音を立てて一星のミットに収まった。微かに鼻孔を突いた焦げ臭さは、勘違いではない。その証拠に、へたりと座り込んだ雄介が恐る恐る一星のミットに視線を移すと、白い煙が立ち込めていた。
「あ? どうした?」
彼らにとっては、なんてことのない普通のことだったのだろう。彗も一星も、尻餅をついた雄介を見て目を丸くしている。
――なんだよ、これ。
先輩たちとの練習にも少し参加し始めていた雄介。確かに中学野球の時よりもスピード感は遥かに上がっていたが、落ち込むほどではなかった。ヒットになるかどうかは置いておいて、バットに当てられるだろう自信もある。
――ただ、これは……。
「大丈夫?」
「ほれ、時間ねーんだから早く立ってくれ」
「あ、あぁ」
――……前言撤回だ。
全身に根性を入れ直して、雄介は再び立ち上がった。
二人に春大会のことを伝えなければ、ベンチには入れるかもしれない。
ただ、この二人がいれば、高校生活三年の間に、甲子園へ行けるかもしれない。
もし、強豪校へ行っていれば最大限努力して運がすべて見方をしてくれてようやくベンチ入り。スタメンで出たいからと地元の高校を妥協して選んだが、甲子園の土を踏むという、諦めていた夢が転がってきた。
そのためには、対高校生という経験を数多く積んでもらう必要がある。
――損して得取れ、ってか?
「……な、この後話したいことがあるんだけどよ」
笑みを浮かべながら、雄介は怪物と天才に話しかけた。
※
「お疲れ様!」
練習の終了まで一通りの作業を手伝い終えると、由香かたねぎらいの言葉をかけられた音葉と真奈美は「ふぅ……」と息を零す。
内容は中学の時とは変わらないが、部員の数が増えた分回数と重さがマシマシになっているおかげで、手と足と腰はもうプルプルだ。
「まあぁこれが放課後の流れかな。土日とか休みの日、朝練でもまた違うけど……ま、それは入部したら追々ね!」
ひょうひょうと語る由香は、至ってぴんぴんとしている。これが体力の差か、と一切の違いを痛感していると、隣で値を上げそうになっていた真奈美が「ありがとうございましたぁ……」と力なく応えた。
「じゃ、私らは最後の片づけがあるから! また今度ね!」
最後まで元気なまま、ジャージ姿の先輩が勢いよくグラウンドへ駆けていく。
マネージャーをやらないで他の部活に行っていれば結果残せたんじゃないの、と思いながら「どうだった?」と真奈美に問いかけた。
「うーん……想像以上だったかなぁ」
「でしょ? さっき由香先輩が言ってたけど、朝練とかだったら多分六時には学校にいなくちゃだからもっと辛いよ」
「うへぇ……けど、やりがいはありそうだね」
「まあ……そうだけど」
これだけ大変だと理解しても、一向に引き下がろうとしない真奈美。何がそこまで突き動かすのか問いかけようとした音葉に「あ、ごめん!」と、由香が慌てて戻ってくる。
ただのアップなのに、雄介は息が切れ始めていた。
付いていくのがやっと、という時間を過ごすこと十五分。まるで試合中と勘違いしてしまうようなキャッチボールを終えると「そろそろいいか」と彗がぐるぐると右腕を回す。
それが合図だったのだろう。地面にほっぽってあったキャッチャーマスクを拾い上げると、数歩下がってしゃがみ込んだ。
流石は世界一のバッテリー。息もピッタリだな――そんなことを考えながら、約束通りにキャッチャーに立ち竦む。
――アップでアレって……マジで投げたらどうなるんだ……?
興味半分、恐怖半分でバットを持った振りをした雄介。それを確認すると、彗はゆったりと振りかぶる。
彗の背は同世代と比べてほんの少し大きいくらい。
他にも大きいやつは野球に限らず沢山いた。
けれど、振りかぶるその姿は言いようのない違和感がある。対峙していると、それだけで気圧されてしまいそうな……正に怪物という称号がピッタリの威圧感だ。
当てないと宣言されていても、力まずにはいられない。体は自然に強張り、じっと球が来るのを耐え忍ぶ。
「よ……いしょ!」
振り絞られた声と共に、球が放たれる。
一瞬。刹那とはこのことを言うのだろう。
「……は?」
微かに視界に残像が映ったかと思えば、豪快な音を立てて一星のミットに収まった。微かに鼻孔を突いた焦げ臭さは、勘違いではない。その証拠に、へたりと座り込んだ雄介が恐る恐る一星のミットに視線を移すと、白い煙が立ち込めていた。
「あ? どうした?」
彼らにとっては、なんてことのない普通のことだったのだろう。彗も一星も、尻餅をついた雄介を見て目を丸くしている。
――なんだよ、これ。
先輩たちとの練習にも少し参加し始めていた雄介。確かに中学野球の時よりもスピード感は遥かに上がっていたが、落ち込むほどではなかった。ヒットになるかどうかは置いておいて、バットに当てられるだろう自信もある。
――ただ、これは……。
「大丈夫?」
「ほれ、時間ねーんだから早く立ってくれ」
「あ、あぁ」
――……前言撤回だ。
全身に根性を入れ直して、雄介は再び立ち上がった。
二人に春大会のことを伝えなければ、ベンチには入れるかもしれない。
ただ、この二人がいれば、高校生活三年の間に、甲子園へ行けるかもしれない。
もし、強豪校へ行っていれば最大限努力して運がすべて見方をしてくれてようやくベンチ入り。スタメンで出たいからと地元の高校を妥協して選んだが、甲子園の土を踏むという、諦めていた夢が転がってきた。
そのためには、対高校生という経験を数多く積んでもらう必要がある。
――損して得取れ、ってか?
「……な、この後話したいことがあるんだけどよ」
笑みを浮かべながら、雄介は怪物と天才に話しかけた。
※
「お疲れ様!」
練習の終了まで一通りの作業を手伝い終えると、由香かたねぎらいの言葉をかけられた音葉と真奈美は「ふぅ……」と息を零す。
内容は中学の時とは変わらないが、部員の数が増えた分回数と重さがマシマシになっているおかげで、手と足と腰はもうプルプルだ。
「まあぁこれが放課後の流れかな。土日とか休みの日、朝練でもまた違うけど……ま、それは入部したら追々ね!」
ひょうひょうと語る由香は、至ってぴんぴんとしている。これが体力の差か、と一切の違いを痛感していると、隣で値を上げそうになっていた真奈美が「ありがとうございましたぁ……」と力なく応えた。
「じゃ、私らは最後の片づけがあるから! また今度ね!」
最後まで元気なまま、ジャージ姿の先輩が勢いよくグラウンドへ駆けていく。
マネージャーをやらないで他の部活に行っていれば結果残せたんじゃないの、と思いながら「どうだった?」と真奈美に問いかけた。
「うーん……想像以上だったかなぁ」
「でしょ? さっき由香先輩が言ってたけど、朝練とかだったら多分六時には学校にいなくちゃだからもっと辛いよ」
「うへぇ……けど、やりがいはありそうだね」
「まあ……そうだけど」
これだけ大変だと理解しても、一向に引き下がろうとしない真奈美。何がそこまで突き動かすのか問いかけようとした音葉に「あ、ごめん!」と、由香が慌てて戻ってくる。
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