彗星と遭う

皆川大輔

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第一部

1-24「限りなく運命に近い偶然(6)」

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 恭太は指を鳴らして「そうそう!」と舞台に立っているのかと勘違いしてしまいそうなオーバーリアクションを見せる。
 呆れながら新太は上がりかまちに座って靴を脱いだ。練習後に履き替えた靴下だが、自身が思っている以上に憑かれていたのだろう。白い靴下の下部分はぐしょぐしょだ。

「で、それが?」と問いかけると同時に靴下を脱ぎ棄てる。

「最近よく店に来るようになってさ。これまで私服で気づかなかったんだけど……」と、新太をまじまじと見て「やっぱそうだ!」と再び指を鳴らし、頭の上に電球を照らした。

「……なに?」

「いやさ、これまでずっと休日に来てたんだけど、今日は学校帰りだったのか、制服でさ。しかも、かわいい彼女と一緒に。なんだリア充かよって思ってたんだけど、どっかで見たことある制服だなぁ……って思ってさ」

 やっぱりこれだ、と新太の制服を指差す。

「ん? なに?」

「この制服着てたんだわ、アイツ」

「……え?」

「まさか彩星にいるなんて知らなかったわ。なんで教えてくれなかったんだ?」

 決して冗談を言っているわけでもない、茶化しているわけでもない。そんな素っ頓狂な表情を浮かべる恭太に「いや、俺も知らなかったから……」と返すのがやっと。思いがけない事態に信じられず「それホント?」と改めて問いかけてみた。

「マジマジ。羨ましいなぁ、怪物は球だけじゃなくて手も早いとは」と、彼女ナシは辛いわと言わんばかりに首を振る。

「いやまあそれはどうでもいいんだけど……えっ、マジかぁ」

 困惑を隠せない新太の左肩を叩いて「ま、今年甲子園行けるんじゃね?」と声をかけてくる。

 どの口が、と言いたくなるところをこらえた新太の視界に、腕時計が映り込む。
 午後八時四十分と表示されていた。

「……あ、時間大丈夫?」

「あっやべ、電車ギリだ! 親父たちに今日は帰らないって伝えといてくれ!」

 爆弾を投下していったと思えば、今度は嵐のようにその場を去っていった。
 一人残された新太。突如現れた謎の戦力。

「……ガチャが当たるとはなぁ」

 一パーセントのガチャが二年連続で当たったかもしれない。

 ――こりゃ甲子園に行けって神様が言ってるんだな。

 まだ確定はしていないが、もし兄の言葉が事実ならば運命のような偶然だ。明日、仮入部の一年に話を聞いてみようと画策しながら、新太は廊下を進んだ。


       ※


「ごめんね、晩御飯までご馳走になっちゃって」

 空野家でお茶のみならず夕食も振舞った彗は、音葉と共に帰路についていた。

「お粗末様」

「びっくりしたよ、美味しかったんだもん」

 先ほどの夕飯を思い出しながら言う音葉は、どうやらお眼鏡に叶ったようで、満面の笑みを浮かべている。
 夕食後も少し話し込み、時間は夜の九時。当然、辺りはすっかり暗くなっており、流石に同級生の女子を一人で帰すわけにはいかず。途中まで見送ることになった彗は「そりゃ光栄だ」と面倒くさそうに応えた。

「また食べたいなぁ……あ、話は変わるんだけどさ、かわいいね、輝くんと朱里ちゃん。双子だったよね、確か」

「あー、そうだよ」

「いくつなの?」

「えーと、二人ともいま小学校四年だから……何歳だ?」

「九歳とか十歳だね」

「誕生日まだだから、九歳だな。大変だぜ、毎日」

 彗は、食事を終えてからずっと二人と話していた光景を思い出していた。余程、音葉は二人のことを気に入ったのだろう。最初はからウェルカムな姿勢だった輝はもちろん、警戒していた朱里も帰るころにはすっかり懐いていた。音葉の引き込む力に感心していると「いいなぁ」と音葉は呟く。

「いいかぁ?」

「うん。毎日楽しそうだなって」

 目を輝かせる音葉。心底羨ましがっている感情がひしひしと伝わってきて「大変なだけだけどなー」と日ごろの大変さを思い出しながら彗は肩をすぼめる。

「私一人っ子だから羨ましいんだ。また遊びに行ってもいい?」

「俺は構ねーけど……野球部入ったらお互い忙しくなるだろうから難しいだろうなー」

「あっ……そうだね。すっかり忘れてた」

「いつまでだっけ?」

「えっと」と音葉は携帯を弄ってカレンダーを開く。
「来週の金曜日までだから……十一日までだね」

「ちょーど一週間か。もうあんま時間ねーな」

「まだ時間かかりそうなの?」

「まーな……ま、なんとか仕上げるさ」

「やっぱり仮入部期間は武山くんと二人で特訓?」

「その予定」

 失った感覚を取り戻せるか微妙な期間だが、野球の実力を取り戻すという目的には変わりない。

「ま、なるようになるさ」

 変わらぬ自信を身に纏いながら、彗は夜道を歩き進めた。
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