彗星と遭う

皆川大輔

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第一部

1-23「限りなく運命に近い偶然(5)」

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 もちろん、ガンという病名は知っていて、ある程度の知識はある。ただ、実際に闘病している人を目にするのは音葉の人生の中でもこれが始めて。

 健康番組やドキュメント番組などで言及される抗がん剤の影響もあるのだろう。目を凝らしてみると、こめかみには髪の毛が生えておらず、「さ、せっかく来たんだから上がって」と季節に似合わないカーディガンから顔を出した右手も痩せ細っていた。

 観察するような視線を崩して「いえ、ご迷惑ですし……」と帰ろうとするも「そんなこと気にしてないの。ほら、入った入った」と広美は半ば強引に音葉の手を引いた。見た目とギャップのある力強さに驚きながら、空野家に足を踏み入れる。

「お、おじゃまします」

 玄関は、先ほどの兄妹のかわいらしい靴が散らばっていた。
 音葉は自分の靴を脱いでからその無造作に脱ぎ捨てられた二足を揃えて「何歳くらいなんだろ」と呟く。

 長らく見ていない子供の靴は、大きくなった自分の手のひらから少しはみ出そうかな、というくらいの大きさだ。
 また、妹の朱里の靴は、日曜朝にやっているシリーズもののアニメ〝ヒメきゅあ〟のキャラクターのデザインが施されている靴で、音葉自身も似た靴を持っていたことを思い出し、懐かしさを覚える。

 ……といっても、音葉がもっていたのはただワッペンを張り付けたような質素なもの。
 今はこんなキラキラしてるんだ、とまじまじ見ていると「海瀬さんも見てたの?」と広美はくすくすと笑い声を上げた。

「はい。ド世代ですから。毎週正座して見てました!」

「あ、そうなの。朱里と話し合うかもしれないね」

「ははっ、と言っても昔のだけですけどね。それよりも、ホントにお邪魔しちゃっていいんですか?」

「いいのいいの。お茶でも飲んでいきなさいな」

 ――空野くんの強引さは譲りなんだ。

 見た目にそぐわぬ力強い眼差しに親子を感じた音葉は「それじゃ」とリビングへ足を進めた。
 まっすぐ進むと、食卓とすぐ傍に台所がある。

「まーあれだ。ゆっくりしてけ」

 その台所に立つ彗は、デフォルメされた熊のワッペンを縫い付けたエプロンを身に着けている。

 自信満々な日ごろの態度と、暴れ馬のような投球をするイメージからあまりにも程遠く、そのギャップがあまりにも面白くて「ぷっ」と音葉は吹き出してしまった。

「……んだよ、なんか文句あっか?」

「あ,いや……ごめんごめん。お世話になあります」


       ※


「ただいまー」

 練習を終えた新太は、夏に向けてより一層強度が上がった練習でくたくたになりながらなんとか、家へと帰ってきた。
 今日は早めに特売タイムが終了したのだろう、周囲に人だかりは見えなかった。
 新太の父が経営するトグチマートは埼玉県でも随一の安さであり、質も高い。県外からも買い物客が訪れる、名所のようなスーパーだ。
 客が入ることは、もちろん新太にとっても喜ばしいことではある。しかし、スーパーのすぐ隣に戸口家があることによって、人だかりがあるとどうしても家に入り辛くなってしまうという悩みを併せ持っている、非常に面倒くさい立地だ。

 ――なんでこんな立地なのかねぇ。

 素朴な疑問を抱きながら「ただいまぁ」と家に入った。

「お、新太じゃん。遅かったな」

 玄関を開くと、丁度出かけようとしていた兄の恭太きょうたと鉢合わせた。

「兄さん、出かけるの?」

 無駄にオシャレな服に身を包んだ兄は「そう、ちょっとな」と人差し指で鼻をかく。自分自身は気づいてないのだろう、兄が何か後ろめたいことを隠すときにやる仕草だ。

 ――まーた合コンか。

 別に責めないのだから自信満々にしていればいいのに、と思いながら「ま、ごゆっくり」と家の中に入った。

 自分はこうはなるまい。そう心に誓いながら靴を脱いでいると「あ、そうだお前知ってるか?」と引き留めるように兄が話しかけてくる。

「なに?」

「お前さ、リトルのときよく遊んでた空野ってやつ覚えてるか?」

「あぁ。覚えてるよ」

 新太は正直、野球人としての空野は覚えていなかった。身体能力こそ高かったが、少し肩が強い程度で上手さは感じられず、位置づけとしては子分のような年下というイメージしかなかった。
 野球人としての空野彗を知ったのは、去年のこと。中学生代表に選ばれて中学生最速を更新する場面を、偶然携帯の液晶画面で見たときのことだった。

 ――あの鼻たれ彗が、まさかなぁ。

 感慨にふけりながら「で、それがどうしたの?」と問い返す。
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