23 / 179
第一部
1-18「神様のいたずら(4)」
しおりを挟む 今日は、一人。たった二日間とはいえ、やはり一人は若干さみしいなと嘆きつつ、彗は短距離のダッシュを何度も繰り返していた。
音葉と真奈美の前では精一杯強がってみたものの、悔しさがいなくなってくれるわけじゃない。始動した箇所、体重移動、腕の角度、リリースポイント――何が悪かったのか考えてみても、答えはやはり出て来てくれない。
答えの出ないランニングを取りやめて、ピッチング練習に移る。
「だー……くそっ!」と、投げやりな投球を試みた。
練習というのは、ただ言われたものをこなすだけでは効果がない。練習をする意図を把握し、練習の効果を汲み取ってはじめて意味がある。
だから、こんな破れかぶれな投球が何か意味をなすわけない。
がむしゃらな投げ込まれたボールは、ストライクゾーンを捉えることなく左に逸れた。さらに追い打ちで、何かの突起に当たったのかあられもない方向へ飛んで行く。
泣きっ面に蜂。弱り目に祟り目。そんな、八つ当たりに近い情けない第一投だった。
――はー、だっさ。
自分自身に呆れながら、ボールを拾いに行く。ボール自信も余程暴れたのだろう。橋の影から大きく外れたところまで行っており、久方ぶりに太陽の下へ出た。
家を出たときはまだ夜を引きずっていた空も、もう水色になって太陽が凛々と輝いている。もうそんな時間経ったのか、とボールを拾ってから携帯の電源を開く。
時間は、午前七時二十分。そろそろ散歩に勤しむご老人が出てくるころだ。
「ん?」
時間を確認するだけのはずだったが、携帯に何かの通知が来ていた。
着信履歴だ。
――……誰だ?
休憩も兼ねて、滴る汗を拭きながらその犯人を見てみる。
「……あ?」
犯人は、武山一星だった。
世界大会の時に交換した電話番号。登録こそしてあるものの、大会中は直接話すし、大会後は絡むことはなかったから、初めての着信だ。
「着信は……三十分前に一回か。ちょうど練習始めたくらいだな」
早起きしていたからよかったものの、普通の学生ならまだ寝ていてもおかしくない時間だ。
「何を考えてんだアイツ」
愚痴りながら電話してみた。
ピリリ、と呼び出すが応答は無い。
代わりに、着信音だろうか。
少しくぐもったメロディが、鳴っている。
背後から、秦基博の名曲〝Halation〟が彗の耳に届いた。
反射的に振り返ると、そこには、息を切らした武山一星がいた。
「や、昨日ぶり」
「何の用だよ」
そう問うと、一星は「相手がいたほうがいいでしょ?」とキャッチャーミットを取り出した。
「もう辞めたんだろ?」
「またやりたくなってさ」
「まーた随分と自分勝手だな」
「昨日の君の強引さには負けるけどね」
「誰かさんにどうしても野球やってほしかったんでね」
彗は、ボールをすっと一星に投げた。ぱしっ、とちゃんと手入れの行き届いた音を奏でてミットに収まる。
「申し訳ないんだけどさ、一つ相談事があるんだ」
「なんだよ急に」
「僕とさ、甲子園に行ってくれない?」
「はー……ついこの間までうじうじしてたやつとはまるで別人だな」と言いながら、一星が投げ返してきたボールを彗は受け取った。
「ちょうど昨日、目が覚めたんだよ。お陰様で」
そう言うと、一星は目算で彗と18.44メートル離れて、その場にしゃがみ、ミットを構える。
「そりゃー光栄だ」
そう言い切ると彗は、息を目一杯に吸い込んでから大きく振りかぶった。
やっぱりいつも通り、両腕を降ろした反動を使いながらながら上半身を捻る。
あの瞬間をなぞるように左足を上げて動作に入ると、一星へ倒れ込むように腰から動かす。
一連の流れのようにグラブから右手を出して、左ひじは大きく上げる。
ここまでは昨日の勝負と同じ。
ただ、あの瞬間と違うのは、武山一星がバッターとしてではなくキャッチャーとして相対しているという点だった。
あの世界大会で感じた自信を思い出しながら、右腕を全力で振る。
唸りを上げて右手から放たれたボールは、瞬く間に〝ドンッ〟と大砲のような音を伴って一星のミットに収まった。
「ナイスボール」
世界一のバッテリーが、名もなき県立高校にて復活した瞬間だった。
音葉と真奈美の前では精一杯強がってみたものの、悔しさがいなくなってくれるわけじゃない。始動した箇所、体重移動、腕の角度、リリースポイント――何が悪かったのか考えてみても、答えはやはり出て来てくれない。
答えの出ないランニングを取りやめて、ピッチング練習に移る。
「だー……くそっ!」と、投げやりな投球を試みた。
練習というのは、ただ言われたものをこなすだけでは効果がない。練習をする意図を把握し、練習の効果を汲み取ってはじめて意味がある。
だから、こんな破れかぶれな投球が何か意味をなすわけない。
がむしゃらな投げ込まれたボールは、ストライクゾーンを捉えることなく左に逸れた。さらに追い打ちで、何かの突起に当たったのかあられもない方向へ飛んで行く。
泣きっ面に蜂。弱り目に祟り目。そんな、八つ当たりに近い情けない第一投だった。
――はー、だっさ。
自分自身に呆れながら、ボールを拾いに行く。ボール自信も余程暴れたのだろう。橋の影から大きく外れたところまで行っており、久方ぶりに太陽の下へ出た。
家を出たときはまだ夜を引きずっていた空も、もう水色になって太陽が凛々と輝いている。もうそんな時間経ったのか、とボールを拾ってから携帯の電源を開く。
時間は、午前七時二十分。そろそろ散歩に勤しむご老人が出てくるころだ。
「ん?」
時間を確認するだけのはずだったが、携帯に何かの通知が来ていた。
着信履歴だ。
――……誰だ?
休憩も兼ねて、滴る汗を拭きながらその犯人を見てみる。
「……あ?」
犯人は、武山一星だった。
世界大会の時に交換した電話番号。登録こそしてあるものの、大会中は直接話すし、大会後は絡むことはなかったから、初めての着信だ。
「着信は……三十分前に一回か。ちょうど練習始めたくらいだな」
早起きしていたからよかったものの、普通の学生ならまだ寝ていてもおかしくない時間だ。
「何を考えてんだアイツ」
愚痴りながら電話してみた。
ピリリ、と呼び出すが応答は無い。
代わりに、着信音だろうか。
少しくぐもったメロディが、鳴っている。
背後から、秦基博の名曲〝Halation〟が彗の耳に届いた。
反射的に振り返ると、そこには、息を切らした武山一星がいた。
「や、昨日ぶり」
「何の用だよ」
そう問うと、一星は「相手がいたほうがいいでしょ?」とキャッチャーミットを取り出した。
「もう辞めたんだろ?」
「またやりたくなってさ」
「まーた随分と自分勝手だな」
「昨日の君の強引さには負けるけどね」
「誰かさんにどうしても野球やってほしかったんでね」
彗は、ボールをすっと一星に投げた。ぱしっ、とちゃんと手入れの行き届いた音を奏でてミットに収まる。
「申し訳ないんだけどさ、一つ相談事があるんだ」
「なんだよ急に」
「僕とさ、甲子園に行ってくれない?」
「はー……ついこの間までうじうじしてたやつとはまるで別人だな」と言いながら、一星が投げ返してきたボールを彗は受け取った。
「ちょうど昨日、目が覚めたんだよ。お陰様で」
そう言うと、一星は目算で彗と18.44メートル離れて、その場にしゃがみ、ミットを構える。
「そりゃー光栄だ」
そう言い切ると彗は、息を目一杯に吸い込んでから大きく振りかぶった。
やっぱりいつも通り、両腕を降ろした反動を使いながらながら上半身を捻る。
あの瞬間をなぞるように左足を上げて動作に入ると、一星へ倒れ込むように腰から動かす。
一連の流れのようにグラブから右手を出して、左ひじは大きく上げる。
ここまでは昨日の勝負と同じ。
ただ、あの瞬間と違うのは、武山一星がバッターとしてではなくキャッチャーとして相対しているという点だった。
あの世界大会で感じた自信を思い出しながら、右腕を全力で振る。
唸りを上げて右手から放たれたボールは、瞬く間に〝ドンッ〟と大砲のような音を伴って一星のミットに収まった。
「ナイスボール」
世界一のバッテリーが、名もなき県立高校にて復活した瞬間だった。
0
お気に入りに追加
43
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

昔義妹だった女の子が通い妻になって矯正してくる件
マサタカ
青春
俺には昔、義妹がいた。仲が良くて、目に入れても痛くないくらいのかわいい女の子だった。
あれから数年経って大学生になった俺は友人・先輩と楽しく過ごし、それなりに充実した日々を送ってる。
そんなある日、偶然元義妹と再会してしまう。
「久しぶりですね、兄さん」
義妹は見た目や性格、何より俺への態度。全てが変わってしまっていた。そして、俺の生活が爛れてるって言って押しかけて来るようになってしまい・・・・・・。
ただでさえ再会したことと変わってしまったこと、そして過去にあったことで接し方に困っているのに成長した元義妹にドギマギさせられてるのに。
「矯正します」
「それがなにか関係あります? 今のあなたと」
冷たい視線は俺の過去を思い出させて、罪悪感を募らせていく。それでも、義妹とまた会えて嬉しくて。
今の俺たちの関係って義兄弟? それとも元家族? 赤の他人?
ノベルアッププラスでも公開。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。


幼馴染が家出したので、僕と同居生活することになったのだが。
四乃森ゆいな
青春
とある事情で一人暮らしをしている僕──和泉湊はある日、幼馴染でクラスメイト、更には『女神様』と崇められている美少女、真城美桜を拾うことに……?
どうやら何か事情があるらしく、頑なに喋ろうとしない美桜。普段は無愛想で、人との距離感が異常に遠い彼女だが、何故か僕にだけは世話焼きになり……挙句には、
「私と同棲してください!」
「要求が増えてますよ!」
意味のわからない同棲宣言をされてしまう。
とりあえず同居するという形で、居候することになった美桜は、家事から僕の宿題を見たりと、高校生らしい生活をしていくこととなる。
中学生の頃から疎遠気味だったために、空いていた互いの時間が徐々に埋まっていき、お互いに知らない自分を曝け出していく中──女神様は何でもない『日常』を、僕の隣で歩んでいく。
無愛想だけど僕にだけ本性をみせる女神様 × ワケあり陰キャぼっちの幼馴染が送る、半同棲な同居生活ラブコメ。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる