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第一部
1-14「たったひとつの冴えた決め方(4)」
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「たのもー!」
さながら、戦国武将のような気持ちで一年一組の扉を勢いよく開くと、案の定視線は彗に集中した。
まだ入学して数日。ようやくクラスのグループができつつあるところに、突如として入ってくる異端分子。
もちろん、彗に向けられているのは奇異の目だ。
ただ、対戦した敵チームから向けられた視線、特に昨年世界一を手に入れたあのチクチクとした視線に比べれば、屁の河童。あっけらかんとした表情で「武山一星いる?」と言葉を飛ばした。
視線が今度は前の方の席に集中する。
大きな体を小さく丸めた一星が、その先にいた。
同様の広がる教室の中をずんずんと進んでいき、震える一星の肩をポンと叩いて「よー、昨日ぶり」と声をかけた。
「……昨日はごめん」と、伏し目がちの目の一星。やっぱり理由は自分だということを理解しながらも「この後、なんか予定あるか?」と、若干威圧的に問い詰めてみた。
「……昨日行けなかったから、仮入部で将棋部に行く予定だったけど」
「じゃー大丈夫だな」と、彗は帰り支度をした一星のカバンを取り上げるようにして持つ。
「まあ、ちょっと話そうぜ? 積もる話もあるだろ、お互いよ」
有無を言わせず、彗は教室を後にする。
傍から見ればいじめの現場とも見れるその光景。まだ誰がリーダー役か決まっていないのだろう。ただただざわざわするだけで、誰も止めに入らない。
――ウチのクラスと比べるとだいぶ静かだなー。
能天気なことを考えながら、彗は一星を伴ってその場を後にする。
「ちょ、どこに行くのさ!」
カバンを取り返そうと躍起になる一星を華麗にかわしながら彗は「とっておきの場所さ」と笑ってみせた。
※
突然な宿敵の襲来。カバンを人質に取られた一星は、半ば諦めの気持ちで一星の後を追いかける。自転車から見えるその背中は、なぜか大きく見えて自分の小ささが情けなく思えた一星は「もうこれイジメだろ」と口の中で呟きながら目を逸らした。
学校を出てると、利用している帰路とはまた別の道を走る彗。一星の自宅へは自転車で二十分。田んぼに囲まれた高校から、だんだんと住宅街に進んでいく普段の帰り道。車の通りも少なく快適な下校ライフだったが、こちらの道はまさに真逆と言っていいほどの交通量で、その量は三倍以上にもなる。歩道を歩く人の数も多く、仕方なく交通量の多い車道側を走ることに。
すぐ傍を走る車。トラックが通り過ぎると、不快な排気ガスが顔全体を包み込んできて思わず息を止めたが、鼻のフィルターを突き抜けて肺に侵入してくる。
――今日はとことんダメな日だなぁ。
もうどうにでもなれ、と思いながら自転車を走らせていると、大きな橋が目に入ってきたかと思うと、自転車でも入れるような緩い坂道に侵入していく彗。
どうやら、行先は橋の下、少し広めの河川敷らしい。自転車を進めていくと、ちょうど橋の下、影になっているところに見覚えのあるシルエットが二つあった。
――木原さんと、もう一人……昨日いた友達かな?
何にせよ、昨日逃げてしまったために起きた悪夢の続きなのだろう。
早く話を終えて、逃げ出したい。
彗が自転車を停め、自分もその近くに停める。シルエットに過ぎなかった女子二人もこちらを発見したようで、走ってこちらに近づいてくる。
「ようこそ、とっておきの場所へ」
自慢げに腕を広げる彗。
「……ここで何をしようってのさ」
「別に取って食ったりしねーよ」と言いながら、ごそごそとエナメルのバッグを弄りだした彗は「ほれ」と黒のキャッチャーミットを一星に差し出した。
「昨日も言ったけどさ、僕、野球辞めたんだ」
「辞めたってキャッチボールくらいはできんだろ。それとも、怪我か?」
強い意志を持って覗いてくる、真っすぐな目。嘘をつこうものならばすぐに見抜かれてしまいそう、と感じるほどの力強さに「いや……まあそうだけど」と呟きながらグローブを手に取った。
ちゃんと手入れをしているのだろう、手にあるキャッチャーミットの感触はどこか優しく感じられた。
――半年ぶりでも、懐かしくなるんだ。
しみじみとしていると、彗は「ま、少し付き合えや」と五メートルほど離れてから、ボールを投げ込んでくる。
「ちょ――」
まだ手に持っているだけのグローブを両手で広げて何とかキャッチすると「ほー、やるじゃん」と彗はいたずら小僧のような笑みを浮かべた。
愚痴を零しつつも、久々に握るボールの感触がなぜか嬉しく、手元のボールをじっと見つめる。
石みたいな、カチカチのボール。辛い練習や打者のカットしたボールが体に当たったりすると、もう青タンになる。嫌な思いでしかないそのボールも、愛おしく思えてしまう。
「なんで付き合わなくちゃいけないんだよ」
愚痴を零しながら投げ返すそのボール。ブランクが半年ありながらも、奇麗な放物線を描けていることに感動していると「ま、追々な」と彗ははぐらかした。
※
キャッチボールを十分ほど続けたころ。
一星からボールを受け取ると「もういいか」と切り上げた彗は「さ、いよいよ本番だ」とさらに下がる。
「なあ、一星。俺やっぱさ、お前が野球辞めんの納得いかねーんだわ」
虚を突かれて「え?」と間抜けな声を零す一星。
「そこにバットあるからよ、構えろ」
「……何をするの?」
見当もつかない表情を浮かべる一星は、おどおどしながらバットを構える。そこから、目算で18.44メートルのところを陣取ると、彗は「ま、簡単に言うとだな――」と、大きく振りかぶった。
「俺と勝負しろよ」
まどろっこしいことは嫌い。
面倒くさいことも嫌い。
はっきりしないことはもっと嫌い。
そんな彗が出した、たったひとつの冴えた決め方。
「俺が勝ったら、野球やれ。お前が勝ったら、もう金輪際関わらねーって約束する」
さながら、戦国武将のような気持ちで一年一組の扉を勢いよく開くと、案の定視線は彗に集中した。
まだ入学して数日。ようやくクラスのグループができつつあるところに、突如として入ってくる異端分子。
もちろん、彗に向けられているのは奇異の目だ。
ただ、対戦した敵チームから向けられた視線、特に昨年世界一を手に入れたあのチクチクとした視線に比べれば、屁の河童。あっけらかんとした表情で「武山一星いる?」と言葉を飛ばした。
視線が今度は前の方の席に集中する。
大きな体を小さく丸めた一星が、その先にいた。
同様の広がる教室の中をずんずんと進んでいき、震える一星の肩をポンと叩いて「よー、昨日ぶり」と声をかけた。
「……昨日はごめん」と、伏し目がちの目の一星。やっぱり理由は自分だということを理解しながらも「この後、なんか予定あるか?」と、若干威圧的に問い詰めてみた。
「……昨日行けなかったから、仮入部で将棋部に行く予定だったけど」
「じゃー大丈夫だな」と、彗は帰り支度をした一星のカバンを取り上げるようにして持つ。
「まあ、ちょっと話そうぜ? 積もる話もあるだろ、お互いよ」
有無を言わせず、彗は教室を後にする。
傍から見ればいじめの現場とも見れるその光景。まだ誰がリーダー役か決まっていないのだろう。ただただざわざわするだけで、誰も止めに入らない。
――ウチのクラスと比べるとだいぶ静かだなー。
能天気なことを考えながら、彗は一星を伴ってその場を後にする。
「ちょ、どこに行くのさ!」
カバンを取り返そうと躍起になる一星を華麗にかわしながら彗は「とっておきの場所さ」と笑ってみせた。
※
突然な宿敵の襲来。カバンを人質に取られた一星は、半ば諦めの気持ちで一星の後を追いかける。自転車から見えるその背中は、なぜか大きく見えて自分の小ささが情けなく思えた一星は「もうこれイジメだろ」と口の中で呟きながら目を逸らした。
学校を出てると、利用している帰路とはまた別の道を走る彗。一星の自宅へは自転車で二十分。田んぼに囲まれた高校から、だんだんと住宅街に進んでいく普段の帰り道。車の通りも少なく快適な下校ライフだったが、こちらの道はまさに真逆と言っていいほどの交通量で、その量は三倍以上にもなる。歩道を歩く人の数も多く、仕方なく交通量の多い車道側を走ることに。
すぐ傍を走る車。トラックが通り過ぎると、不快な排気ガスが顔全体を包み込んできて思わず息を止めたが、鼻のフィルターを突き抜けて肺に侵入してくる。
――今日はとことんダメな日だなぁ。
もうどうにでもなれ、と思いながら自転車を走らせていると、大きな橋が目に入ってきたかと思うと、自転車でも入れるような緩い坂道に侵入していく彗。
どうやら、行先は橋の下、少し広めの河川敷らしい。自転車を進めていくと、ちょうど橋の下、影になっているところに見覚えのあるシルエットが二つあった。
――木原さんと、もう一人……昨日いた友達かな?
何にせよ、昨日逃げてしまったために起きた悪夢の続きなのだろう。
早く話を終えて、逃げ出したい。
彗が自転車を停め、自分もその近くに停める。シルエットに過ぎなかった女子二人もこちらを発見したようで、走ってこちらに近づいてくる。
「ようこそ、とっておきの場所へ」
自慢げに腕を広げる彗。
「……ここで何をしようってのさ」
「別に取って食ったりしねーよ」と言いながら、ごそごそとエナメルのバッグを弄りだした彗は「ほれ」と黒のキャッチャーミットを一星に差し出した。
「昨日も言ったけどさ、僕、野球辞めたんだ」
「辞めたってキャッチボールくらいはできんだろ。それとも、怪我か?」
強い意志を持って覗いてくる、真っすぐな目。嘘をつこうものならばすぐに見抜かれてしまいそう、と感じるほどの力強さに「いや……まあそうだけど」と呟きながらグローブを手に取った。
ちゃんと手入れをしているのだろう、手にあるキャッチャーミットの感触はどこか優しく感じられた。
――半年ぶりでも、懐かしくなるんだ。
しみじみとしていると、彗は「ま、少し付き合えや」と五メートルほど離れてから、ボールを投げ込んでくる。
「ちょ――」
まだ手に持っているだけのグローブを両手で広げて何とかキャッチすると「ほー、やるじゃん」と彗はいたずら小僧のような笑みを浮かべた。
愚痴を零しつつも、久々に握るボールの感触がなぜか嬉しく、手元のボールをじっと見つめる。
石みたいな、カチカチのボール。辛い練習や打者のカットしたボールが体に当たったりすると、もう青タンになる。嫌な思いでしかないそのボールも、愛おしく思えてしまう。
「なんで付き合わなくちゃいけないんだよ」
愚痴を零しながら投げ返すそのボール。ブランクが半年ありながらも、奇麗な放物線を描けていることに感動していると「ま、追々な」と彗ははぐらかした。
※
キャッチボールを十分ほど続けたころ。
一星からボールを受け取ると「もういいか」と切り上げた彗は「さ、いよいよ本番だ」とさらに下がる。
「なあ、一星。俺やっぱさ、お前が野球辞めんの納得いかねーんだわ」
虚を突かれて「え?」と間抜けな声を零す一星。
「そこにバットあるからよ、構えろ」
「……何をするの?」
見当もつかない表情を浮かべる一星は、おどおどしながらバットを構える。そこから、目算で18.44メートルのところを陣取ると、彗は「ま、簡単に言うとだな――」と、大きく振りかぶった。
「俺と勝負しろよ」
まどろっこしいことは嫌い。
面倒くさいことも嫌い。
はっきりしないことはもっと嫌い。
そんな彗が出した、たったひとつの冴えた決め方。
「俺が勝ったら、野球やれ。お前が勝ったら、もう金輪際関わらねーって約束する」
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