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第一部
1-13「たったひとつの冴えた決め方(3)」
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午前の授業が終了し、先日音葉と会議をした中庭で、今度は空野彗を交えての会議が行われていた。
なぜこの場所は静かなのだろうと疑問に思っていたが、二回目の会議でその理由が判明する。
日当たりが、悪いからだ。
三六〇度が高い校舎に囲まれており、太陽が真上に来た時にしか日が当たらないのだ。事実、今日も太陽の光は校舎の壁を照らしているばかりで、四月上旬特有な若干の寒さを引きずっている。
そんな中で真奈美は、彗に一星の辞めた理由を伝えると「なんだそれ」と呆れながら、タッパーの昼ご飯を取り出した。
半透明なタッパーだが、色は白一色。まさか、と思いながら見つめていると、蓋はすっと開かれ、白米のみが顔を出した。
鮭や梅干しすらもない、ただご飯を詰めただけ。「意味わかんねー」と呟きながら、おかずもなしに白米を貪る。
――その姿こそ信じられないけどねぇ……。
口にする手前で思い留まりながら「本人が言ってたことだから」と自分のお弁当を開いてみた。音葉のお弁当と比べてもほぼ同等レベルで、普通の彩りがある。
お母さんありがとう、と感謝しながら卵焼きを頬張った。
「空野くんはそれが誰かわかる?」
「十中八九、俺だな」
「あ、心当たりはあるんだ」
「世界大会の帰りにさ、ちょっとだけ一緒だったんだよ。その時なんか、元気ねーみたいに見えてさ。疲れてんのかなーって程度だったけど、今思えばな」
「……なるほど」
「しっかし、日本代表の四番で全試合マスク被っておいて自信無くすって……どんな根性してるんだ」
そうだね、とも言い辛い場面。音葉は「ははっ……」と苦笑いをするのが精々。
「まーあれだな、直接話してみるわ」
「え、空野君が⁉」
「ん? なんか問題あるか?」
「え、えーっと……」
驚きと困惑が隠せていない音葉は、返答することができずに唸るだけ。見かねて真奈美は「穏便に事を進めたほうがいいんじゃない?」と助け舟を出してみた。
「なんで?」
「昨日の反応見てたらわかるでしょ。逆効果になると思うけどなぁ」
「逆効果ねぇ」と、白米を最後の一粒までかき込むと「そんなヤツじゃねーと思うけどな」と続けた。
「どういうこと?」
「アイツの考えてることなんてわかんねーし、どんなショックを受けたかも知らん。ただ、そんなことくらいで野球を辞めれるヤツには思えねーんだ」
「それ、どんな根拠があって……」と尋ねながら、真奈美は昨日の一星の目を思い出していた。完全に火の消えた、死者のような目。とてももう一度、その原因と直面する勇気なんてそこには微塵も感じられない、そんな目だ。
――変なことを言おうものなら、ここで止めないと。
そんなことを考えていると「簡単さ」とお茶を飲みながら応える彗。
なんで、熱くなっているのだろう。まだ出会って数日の他人のために動こうとしている自分に疑問を持ちながら「どうして?」と真奈美は凄んだ。
「アイツは野球が好きなんだよ」
返ってきたのは、素っ頓狂な答え。思わず「……はぁ?」と声を漏らした真奈美を他所に「じゃなきゃ日本代表になんてなれねーって」と彗は続けた。
「なにそれ……」
「好きこそものの上手なれ、ってな。木原、アンタさ、何かに夢中になれたことある? 誰にも負けないくらいのさ、激熱なコト」
昨日、一星にも言われた一言。またそれか、と腹立てながら「……無くちゃ悪い?」と返した。
「別に悪いってわけじゃねーよ。ただ、好きになったもんはなかなか嫌いになれねーってこと」
なぜこの場所は静かなのだろうと疑問に思っていたが、二回目の会議でその理由が判明する。
日当たりが、悪いからだ。
三六〇度が高い校舎に囲まれており、太陽が真上に来た時にしか日が当たらないのだ。事実、今日も太陽の光は校舎の壁を照らしているばかりで、四月上旬特有な若干の寒さを引きずっている。
そんな中で真奈美は、彗に一星の辞めた理由を伝えると「なんだそれ」と呆れながら、タッパーの昼ご飯を取り出した。
半透明なタッパーだが、色は白一色。まさか、と思いながら見つめていると、蓋はすっと開かれ、白米のみが顔を出した。
鮭や梅干しすらもない、ただご飯を詰めただけ。「意味わかんねー」と呟きながら、おかずもなしに白米を貪る。
――その姿こそ信じられないけどねぇ……。
口にする手前で思い留まりながら「本人が言ってたことだから」と自分のお弁当を開いてみた。音葉のお弁当と比べてもほぼ同等レベルで、普通の彩りがある。
お母さんありがとう、と感謝しながら卵焼きを頬張った。
「空野くんはそれが誰かわかる?」
「十中八九、俺だな」
「あ、心当たりはあるんだ」
「世界大会の帰りにさ、ちょっとだけ一緒だったんだよ。その時なんか、元気ねーみたいに見えてさ。疲れてんのかなーって程度だったけど、今思えばな」
「……なるほど」
「しっかし、日本代表の四番で全試合マスク被っておいて自信無くすって……どんな根性してるんだ」
そうだね、とも言い辛い場面。音葉は「ははっ……」と苦笑いをするのが精々。
「まーあれだな、直接話してみるわ」
「え、空野君が⁉」
「ん? なんか問題あるか?」
「え、えーっと……」
驚きと困惑が隠せていない音葉は、返答することができずに唸るだけ。見かねて真奈美は「穏便に事を進めたほうがいいんじゃない?」と助け舟を出してみた。
「なんで?」
「昨日の反応見てたらわかるでしょ。逆効果になると思うけどなぁ」
「逆効果ねぇ」と、白米を最後の一粒までかき込むと「そんなヤツじゃねーと思うけどな」と続けた。
「どういうこと?」
「アイツの考えてることなんてわかんねーし、どんなショックを受けたかも知らん。ただ、そんなことくらいで野球を辞めれるヤツには思えねーんだ」
「それ、どんな根拠があって……」と尋ねながら、真奈美は昨日の一星の目を思い出していた。完全に火の消えた、死者のような目。とてももう一度、その原因と直面する勇気なんてそこには微塵も感じられない、そんな目だ。
――変なことを言おうものなら、ここで止めないと。
そんなことを考えていると「簡単さ」とお茶を飲みながら応える彗。
なんで、熱くなっているのだろう。まだ出会って数日の他人のために動こうとしている自分に疑問を持ちながら「どうして?」と真奈美は凄んだ。
「アイツは野球が好きなんだよ」
返ってきたのは、素っ頓狂な答え。思わず「……はぁ?」と声を漏らした真奈美を他所に「じゃなきゃ日本代表になんてなれねーって」と彗は続けた。
「なにそれ……」
「好きこそものの上手なれ、ってな。木原、アンタさ、何かに夢中になれたことある? 誰にも負けないくらいのさ、激熱なコト」
昨日、一星にも言われた一言。またそれか、と腹立てながら「……無くちゃ悪い?」と返した。
「別に悪いってわけじゃねーよ。ただ、好きになったもんはなかなか嫌いになれねーってこと」
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