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第一部
1-08「ヒーロー勧誘計画(4)
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「いやー、変わってねーな」と彗は近づいた。
一星は「ひ、久しぶり」と返すのが精一杯で、顔を俯かせる。
――なんでここに……。
頭の中はもうぐちゃぐちゃ。野球を諦める原因が、今まさに目の前に。野球以外の合宿で時折見せていた覇気のない顔で、こちらの目を覗き込んでくる。悩みなんてない、ただひたすら目の前のことに興味があるだけ――そんな純粋な目がどこか申し訳なくて、視線を逸らすと、彗の制服が目に飛び込んできた。
見覚えのある制服だ。
紺色のブレザー。赤白のストライプなネクタイ。
自分のブレザーと見比べる。まったく同じデザインで、まったく同じ色で、まったく同じ素材。
「その制服、もしかして……?」
「おう。俺も彩星」と彗は自慢げに胸を張った。
「な、なんで? いっぱいスカウトの話あったでしょ?」
「……ちょい事情があってな」
「へ、へぇ……そうなんだ。野球は続けるの?」
「一応その予定。まだわからないけどな。いやー、でも助かった。一星がいるなら甲子園も何とか行けそうだな」
「えーと……」
「できない話じゃないって。ちょっと練習も覗いたけど、結構厳しい練習もしてたし、俺らがいれば甲子園は行ける」
「そうじゃなくて……」
「あん?」
「僕さ……野球辞めたんだ」
そう一星が応えると、ビデオが止まったかのように彗は固まる。
数秒の静寂の後「は?」と彗がようやく絞り出した瞬間。
凍り付いた空気に耐えられず、一星は自転車の方へ駆け出した。
「ごめん!」と言い残して、公園を後にする。
「おい! 辞めるってお前……!」
背中の後ろから聞こえてくる彗の声に応えることはできず。ただひたすらに、自転車のペダルを漕いだ。
――なんで……なんでアイツが……!
忘れたい敗北の瞬間がフラッシュバックする。あの日、あの瞬間、怪我や病気にでもなってマスクを被っていなければ。そんな自分でも情けないと分かるような後悔を繰り返しながら、一星は帰路についた。
※
上手くボールを取れると、パーンと気持ちいい音が鳴る。久しぶりのキャッチボールがクラスメイトの海瀬音葉なことは少々不満だったが、耳に入ってくるその音は悪くない。
「ホントにやってたんだな」
少し強めに投げても余裕でキャッチする音葉は「一応レギュラーだったからね」と胸を張っていた。
やっぱり野球は一人でやるもんじゃないと再認識した彗は「ま、もうここまで来たら話すわ」と両手をピロピロと広げ、改めて白旗を上げた。
丁度、五時を知らせる鐘が鳴る。夕日も沈みかけでボールも見えにくくなったためキャッチボールは中止。真奈美も鐘の音を聴くと〝そろそろ帰らなくちゃ〟と公園を後に。
音葉は「キャッチボール、久々だけど楽しかった」とブランコに座り込む。隣に座るのはどこか恥ずかしく、彗は音葉の相対する形で地べたに座り、話し始めた。
「俺のかあさんがガンでさ。手術でしばらく入院するから、弟たちの面倒見なくちゃいけねーの。入部できるかわからないのもそれが原因」
「そうだったんだ……」
「でもさ、なんで彩星高校だったの? 県内でも強豪はいっぱいあるでしょ」
「なるべく家から通える距離が良かったんだ。それと、金の問題」
「お金?」
「手術費とかもろもろ考えたらかなりかさばるからな。県立のが金かからねーし、少しでも負担を減らそうと思ってよ」
恐らく、想定していた以上の話だったのだろう。真奈美は我関せずといった表情だが、音葉の表情には申し訳なさが滲んでいた。言葉を選んで口をパクパクしている音葉を見かねて「幸い手術は上手く行ってさ。昨日退院した」と付け加えた。
「そうなんだ。おめでとう」
「ありがとよ」
「……ごめんね、事情も知らないで付きまとっちゃって」
「別にいいって。ま、しばらく様子見て大丈夫そうなら入部するとは思う」
一星は「ひ、久しぶり」と返すのが精一杯で、顔を俯かせる。
――なんでここに……。
頭の中はもうぐちゃぐちゃ。野球を諦める原因が、今まさに目の前に。野球以外の合宿で時折見せていた覇気のない顔で、こちらの目を覗き込んでくる。悩みなんてない、ただひたすら目の前のことに興味があるだけ――そんな純粋な目がどこか申し訳なくて、視線を逸らすと、彗の制服が目に飛び込んできた。
見覚えのある制服だ。
紺色のブレザー。赤白のストライプなネクタイ。
自分のブレザーと見比べる。まったく同じデザインで、まったく同じ色で、まったく同じ素材。
「その制服、もしかして……?」
「おう。俺も彩星」と彗は自慢げに胸を張った。
「な、なんで? いっぱいスカウトの話あったでしょ?」
「……ちょい事情があってな」
「へ、へぇ……そうなんだ。野球は続けるの?」
「一応その予定。まだわからないけどな。いやー、でも助かった。一星がいるなら甲子園も何とか行けそうだな」
「えーと……」
「できない話じゃないって。ちょっと練習も覗いたけど、結構厳しい練習もしてたし、俺らがいれば甲子園は行ける」
「そうじゃなくて……」
「あん?」
「僕さ……野球辞めたんだ」
そう一星が応えると、ビデオが止まったかのように彗は固まる。
数秒の静寂の後「は?」と彗がようやく絞り出した瞬間。
凍り付いた空気に耐えられず、一星は自転車の方へ駆け出した。
「ごめん!」と言い残して、公園を後にする。
「おい! 辞めるってお前……!」
背中の後ろから聞こえてくる彗の声に応えることはできず。ただひたすらに、自転車のペダルを漕いだ。
――なんで……なんでアイツが……!
忘れたい敗北の瞬間がフラッシュバックする。あの日、あの瞬間、怪我や病気にでもなってマスクを被っていなければ。そんな自分でも情けないと分かるような後悔を繰り返しながら、一星は帰路についた。
※
上手くボールを取れると、パーンと気持ちいい音が鳴る。久しぶりのキャッチボールがクラスメイトの海瀬音葉なことは少々不満だったが、耳に入ってくるその音は悪くない。
「ホントにやってたんだな」
少し強めに投げても余裕でキャッチする音葉は「一応レギュラーだったからね」と胸を張っていた。
やっぱり野球は一人でやるもんじゃないと再認識した彗は「ま、もうここまで来たら話すわ」と両手をピロピロと広げ、改めて白旗を上げた。
丁度、五時を知らせる鐘が鳴る。夕日も沈みかけでボールも見えにくくなったためキャッチボールは中止。真奈美も鐘の音を聴くと〝そろそろ帰らなくちゃ〟と公園を後に。
音葉は「キャッチボール、久々だけど楽しかった」とブランコに座り込む。隣に座るのはどこか恥ずかしく、彗は音葉の相対する形で地べたに座り、話し始めた。
「俺のかあさんがガンでさ。手術でしばらく入院するから、弟たちの面倒見なくちゃいけねーの。入部できるかわからないのもそれが原因」
「そうだったんだ……」
「でもさ、なんで彩星高校だったの? 県内でも強豪はいっぱいあるでしょ」
「なるべく家から通える距離が良かったんだ。それと、金の問題」
「お金?」
「手術費とかもろもろ考えたらかなりかさばるからな。県立のが金かからねーし、少しでも負担を減らそうと思ってよ」
恐らく、想定していた以上の話だったのだろう。真奈美は我関せずといった表情だが、音葉の表情には申し訳なさが滲んでいた。言葉を選んで口をパクパクしている音葉を見かねて「幸い手術は上手く行ってさ。昨日退院した」と付け加えた。
「そうなんだ。おめでとう」
「ありがとよ」
「……ごめんね、事情も知らないで付きまとっちゃって」
「別にいいって。ま、しばらく様子見て大丈夫そうなら入部するとは思う」
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