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第一部
1-06「ヒーロー勧誘計画(2)」
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――スパイってこんな感じなんだろうなぁ。
こそこそと、コソ泥のようにターゲットである一星を遠目から見ながら、真奈美はそう感じていた。
まだ入学して数日。他のクラスに用事があること自体珍しいのに、目当てが特に昔馴染みでもない男子生徒だと知られればあらぬうわさが経つのは明白だ。しかし、そんな懸念を気にすることもなく、真奈美は一星のいる一年一組の教室前で、観察を開始した。
部活に行こうとしている人、帰宅しようとしている人、クラスメイトと親睦を深めようとしている人などで賑わっている。が、肝心の一星はと言うと、教室の後ろの方の席に座っており、どこか浮いているようだった。
配られたプリントやノートを淡々と片づけ、顔はどこかうつむきがち。初対面でそんな様子を見せる男子を誰か気にかけてくれるはずもなく、孤独の一言。
よく言えば寡黙、悪く言えばぼっち。そんな彼を見ながら真奈美は、クラスメイトの彗のことを思い出していた。
一年三組の男子は、彗を中心に輪を形成しており、すっかりクラスの中心メンバーの一人になりつつある。
――違うもんだなぁ。
逸材の違いをしみじみと感じていると、支度を済ませた一星が騒がしい教室を出てきた。
「やっほ」と、いの一番に一星へ話しかける。
「あ、木原さん」
野球自体には、やっぱり興味はない。
ただどうやら、野球というスポーツには、武山一星のような暗い人でも、空野彗のような明るい人でも、海瀬音葉のような女の子でさえも惹きつけてしまうほどの魅力があるらしい。
その魅力はどんなものか、ということに興味がわいてきた真奈美は「ね、ちょっと予定変更!」と一星の手を引っ張った。
「え、ちょ……将棋部行くって話じゃ⁉」
「まだまだ仮入部期間なんだしさ。せっかく友達になったんだし、お話ししたいなって思ってさ」
「部室でもできるんじゃない?」
「んー……あそこだと、他の生徒とか先輩もいるじゃん。ホンネが聞きたい位のよ、ホンネが」
「は、はぁ……」
見た目通り、押しには弱いようで、一星は促されるまま駐輪場へ。
「あれ、木原さん自転車は?」
「私の家すぐそこでさ。歩きなのよ」
「へ、へぇ」
「なるべく静かなところがいいんだけどなぁ……あ、そうだ! 彩華公園に行こ!」
「え、さいか公園? ごめん、僕地元と少し違うからこの辺土地勘無いんだ」
「案内してあげるって! ほら、行こ!」
真奈美は無理矢理引っ張りながら一星を校門から出すと、ある程度進んだところで「ほら、乗った乗った!」と自転車に乗るよう促す。少しスピードが出始めたところで、自身も荷台に飛び乗った。
「おうあっ!」
急に飛び乗られてバランスを若干崩すが、そこは流石逸材。すぐにコツを掴み真っすぐ体勢を立て直すと、一星は半ば諦めながら「で、どちらまで?」とタクシーの運転手になった気分で話しかけた。
「えーっと、じゃ、運転手さん、次の交差点を右で」
ノリノリで返す真奈美。
――まんざらでもないな。
言葉尻がどこか嬉しそうな一星に、計画通りだなとにやけながら指示を出した。
自転車を漕ぐこと数十分。目的地の彩華公園に到着。
昼間の時間帯は近所の主婦が子供たちを伴って会合するある意味たまり場のようになっている場所だが、放課後のこの時間、丁度夕飯の買い出しや子供の送り迎えで主婦はいなくなり、学校からも遠いため学生も少ない。地元だからこそ知っている、正に穴場だ。
そして真奈美の予想通り、人はだれ一人としていない。
――すごっ。
時間にして三十分弱。しかも荷台にもう一人乗っている状態で漕ぎ続けていたのにもかかわらず、一星は息一つ切らしていない。
寧ろ「結構近いんだね」とまだまだ大丈夫といった様相を醸し出しながら、水飲み場近くに自転車を止めた。
ベンチに座ると「やっぱ凄いねぇ。野球ってそんなに体力付くんだ」と伝えると「練習に比べたら屁みたいなもんだよ」と一星は応えた。
「どんな練習してたの?」
「うーん、いろいろかな。人を背負って階段を五十往復したり、タイヤ持ってマラソンしたり」
「うげぇ。怪我しないの?」
「ちゃんとした姿勢でやればだいたいは大丈夫だったよ。かなーり辛いけどね」
「そうなんだ」
「ただ、足腰って他のスポーツにも言えるんだけど一番大事なところなんだよ。人間の体を動かすってことは歩くことを前提にして作られてるから、この歩く動作が正しい姿勢でできてないとそれこそ技術を上げる練習とかで怪我しちゃったり、試合で不用意な行動を取ったりすることもあるんだ。だから監督もこんな感じでメニューを組むんだけど、しばらくはその意図が分からなくて苦労したんだ。どうやってサボろうかみたいなことも考えながらやってたんだけど、そのことを知ってから一つ一つの練習を丁寧にやるようになってさ。おかげでちゃんと成長することができて――」
これまで、真奈美のイメージではどちらかと言えば口下手な方の一星だったが、突如として止まらなくなる。
――音葉もそうだし、野球のことになるとみんな熱くなるなぁ。
好きなことがあるっていいな、と思いながらも、流石にこのままではワンマンショーで終わってしまうと「じゃあさ」と会話を打ち切った。
ぐっ、と言葉を詰まらせて静止する一星。ロボットの電池が切れたみたいでどこかコミカルなその姿に笑いながら「なんでさ、野球辞めたの?」と笑いながら問いかけてみた。
こそこそと、コソ泥のようにターゲットである一星を遠目から見ながら、真奈美はそう感じていた。
まだ入学して数日。他のクラスに用事があること自体珍しいのに、目当てが特に昔馴染みでもない男子生徒だと知られればあらぬうわさが経つのは明白だ。しかし、そんな懸念を気にすることもなく、真奈美は一星のいる一年一組の教室前で、観察を開始した。
部活に行こうとしている人、帰宅しようとしている人、クラスメイトと親睦を深めようとしている人などで賑わっている。が、肝心の一星はと言うと、教室の後ろの方の席に座っており、どこか浮いているようだった。
配られたプリントやノートを淡々と片づけ、顔はどこかうつむきがち。初対面でそんな様子を見せる男子を誰か気にかけてくれるはずもなく、孤独の一言。
よく言えば寡黙、悪く言えばぼっち。そんな彼を見ながら真奈美は、クラスメイトの彗のことを思い出していた。
一年三組の男子は、彗を中心に輪を形成しており、すっかりクラスの中心メンバーの一人になりつつある。
――違うもんだなぁ。
逸材の違いをしみじみと感じていると、支度を済ませた一星が騒がしい教室を出てきた。
「やっほ」と、いの一番に一星へ話しかける。
「あ、木原さん」
野球自体には、やっぱり興味はない。
ただどうやら、野球というスポーツには、武山一星のような暗い人でも、空野彗のような明るい人でも、海瀬音葉のような女の子でさえも惹きつけてしまうほどの魅力があるらしい。
その魅力はどんなものか、ということに興味がわいてきた真奈美は「ね、ちょっと予定変更!」と一星の手を引っ張った。
「え、ちょ……将棋部行くって話じゃ⁉」
「まだまだ仮入部期間なんだしさ。せっかく友達になったんだし、お話ししたいなって思ってさ」
「部室でもできるんじゃない?」
「んー……あそこだと、他の生徒とか先輩もいるじゃん。ホンネが聞きたい位のよ、ホンネが」
「は、はぁ……」
見た目通り、押しには弱いようで、一星は促されるまま駐輪場へ。
「あれ、木原さん自転車は?」
「私の家すぐそこでさ。歩きなのよ」
「へ、へぇ」
「なるべく静かなところがいいんだけどなぁ……あ、そうだ! 彩華公園に行こ!」
「え、さいか公園? ごめん、僕地元と少し違うからこの辺土地勘無いんだ」
「案内してあげるって! ほら、行こ!」
真奈美は無理矢理引っ張りながら一星を校門から出すと、ある程度進んだところで「ほら、乗った乗った!」と自転車に乗るよう促す。少しスピードが出始めたところで、自身も荷台に飛び乗った。
「おうあっ!」
急に飛び乗られてバランスを若干崩すが、そこは流石逸材。すぐにコツを掴み真っすぐ体勢を立て直すと、一星は半ば諦めながら「で、どちらまで?」とタクシーの運転手になった気分で話しかけた。
「えーっと、じゃ、運転手さん、次の交差点を右で」
ノリノリで返す真奈美。
――まんざらでもないな。
言葉尻がどこか嬉しそうな一星に、計画通りだなとにやけながら指示を出した。
自転車を漕ぐこと数十分。目的地の彩華公園に到着。
昼間の時間帯は近所の主婦が子供たちを伴って会合するある意味たまり場のようになっている場所だが、放課後のこの時間、丁度夕飯の買い出しや子供の送り迎えで主婦はいなくなり、学校からも遠いため学生も少ない。地元だからこそ知っている、正に穴場だ。
そして真奈美の予想通り、人はだれ一人としていない。
――すごっ。
時間にして三十分弱。しかも荷台にもう一人乗っている状態で漕ぎ続けていたのにもかかわらず、一星は息一つ切らしていない。
寧ろ「結構近いんだね」とまだまだ大丈夫といった様相を醸し出しながら、水飲み場近くに自転車を止めた。
ベンチに座ると「やっぱ凄いねぇ。野球ってそんなに体力付くんだ」と伝えると「練習に比べたら屁みたいなもんだよ」と一星は応えた。
「どんな練習してたの?」
「うーん、いろいろかな。人を背負って階段を五十往復したり、タイヤ持ってマラソンしたり」
「うげぇ。怪我しないの?」
「ちゃんとした姿勢でやればだいたいは大丈夫だったよ。かなーり辛いけどね」
「そうなんだ」
「ただ、足腰って他のスポーツにも言えるんだけど一番大事なところなんだよ。人間の体を動かすってことは歩くことを前提にして作られてるから、この歩く動作が正しい姿勢でできてないとそれこそ技術を上げる練習とかで怪我しちゃったり、試合で不用意な行動を取ったりすることもあるんだ。だから監督もこんな感じでメニューを組むんだけど、しばらくはその意図が分からなくて苦労したんだ。どうやってサボろうかみたいなことも考えながらやってたんだけど、そのことを知ってから一つ一つの練習を丁寧にやるようになってさ。おかげでちゃんと成長することができて――」
これまで、真奈美のイメージではどちらかと言えば口下手な方の一星だったが、突如として止まらなくなる。
――音葉もそうだし、野球のことになるとみんな熱くなるなぁ。
好きなことがあるっていいな、と思いながらも、流石にこのままではワンマンショーで終わってしまうと「じゃあさ」と会話を打ち切った。
ぐっ、と言葉を詰まらせて静止する一星。ロボットの電池が切れたみたいでどこかコミカルなその姿に笑いながら「なんでさ、野球辞めたの?」と笑いながら問いかけてみた。
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