彗星と遭う

皆川大輔

文字の大きさ
上 下
11 / 179
第一部

1-06「ヒーロー勧誘計画(2)」

しおりを挟む
 ――スパイってこんな感じなんだろうなぁ。

 こそこそと、コソ泥のようにターゲットである一星を遠目から見ながら、真奈美はそう感じていた。
 まだ入学して数日。他のクラスに用事があること自体珍しいのに、目当てが特に昔馴染みでもない男子生徒だと知られればあらぬうわさが経つのは明白だ。しかし、そんな懸念を気にすることもなく、真奈美は一星のいる一年一組の教室前で、観察を開始した。
 部活に行こうとしている人、帰宅しようとしている人、クラスメイトと親睦を深めようとしている人などで賑わっている。が、肝心の一星はと言うと、教室の後ろの方の席に座っており、どこか浮いているようだった。

 配られたプリントやノートを淡々と片づけ、顔はどこかうつむきがち。初対面でそんな様子を見せる男子を誰か気にかけてくれるはずもなく、孤独の一言。
 よく言えば寡黙、悪く言えばぼっち。そんな彼を見ながら真奈美は、クラスメイトの彗のことを思い出していた。
 一年三組の男子は、彗を中心に輪を形成しており、すっかりクラスの中心メンバーの一人になりつつある。

 ――違うもんだなぁ。

 逸材の違いをしみじみと感じていると、支度を済ませた一星が騒がしい教室を出てきた。

「やっほ」と、いの一番に一星へ話しかける。

「あ、木原さん」

 野球自体には、やっぱり興味はない。
 ただどうやら、野球というスポーツには、武山一星のような暗い人でも、空野彗のような明るい人でも、海瀬音葉のような女の子でさえも惹きつけてしまうほどの魅力があるらしい。

 その魅力はどんなものか、ということに興味がわいてきた真奈美は「ね、ちょっと予定変更!」と一星の手を引っ張った。

「え、ちょ……将棋部行くって話じゃ⁉」

「まだまだ仮入部期間なんだしさ。せっかく友達になったんだし、お話ししたいなって思ってさ」

「部室でもできるんじゃない?」

「んー……あそこだと、他の生徒とか先輩もいるじゃん。ホンネが聞きたい位のよ、ホンネが」

「は、はぁ……」

 見た目通り、押しには弱いようで、一星は促されるまま駐輪場へ。

「あれ、木原さん自転車は?」

「私の家すぐそこでさ。歩きなのよ」

「へ、へぇ」

「なるべく静かなところがいいんだけどなぁ……あ、そうだ! 彩華さいか公園に行こ!」

「え、さいか公園? ごめん、僕地元と少し違うからこの辺土地勘無いんだ」

「案内してあげるって! ほら、行こ!」

 真奈美は無理矢理引っ張りながら一星を校門から出すと、ある程度進んだところで「ほら、乗った乗った!」と自転車に乗るよう促す。少しスピードが出始めたところで、自身も荷台に飛び乗った。

「おうあっ!」

 急に飛び乗られてバランスを若干崩すが、そこは流石逸材。すぐにコツを掴み真っすぐ体勢を立て直すと、一星は半ば諦めながら「で、どちらまで?」とタクシーの運転手になった気分で話しかけた。

「えーっと、じゃ、運転手さん、次の交差点を右で」

 ノリノリで返す真奈美。

 ――まんざらでもないな。

 言葉尻がどこか嬉しそうな一星に、計画通りだなとにやけながら指示を出した。
 自転車を漕ぐこと数十分。目的地の彩華公園に到着。
 昼間の時間帯は近所の主婦が子供たちを伴って会合するある意味たまり場のようになっている場所だが、放課後のこの時間、丁度夕飯の買い出しや子供の送り迎えで主婦はいなくなり、学校からも遠いため学生も少ない。地元だからこそ知っている、正に穴場だ。
 そして真奈美の予想通り、人はだれ一人としていない。

 ――すごっ。

 時間にして三十分弱。しかも荷台にもう一人乗っている状態で漕ぎ続けていたのにもかかわらず、一星は息一つ切らしていない。

 寧ろ「結構近いんだね」とまだまだ大丈夫といった様相を醸し出しながら、水飲み場近くに自転車を止めた。

 ベンチに座ると「やっぱ凄いねぇ。野球ってそんなに体力付くんだ」と伝えると「練習に比べたら屁みたいなもんだよ」と一星は応えた。

「どんな練習してたの?」

「うーん、いろいろかな。人を背負って階段を五十往復したり、タイヤ持ってマラソンしたり」

「うげぇ。怪我しないの?」

「ちゃんとした姿勢でやればだいたいは大丈夫だったよ。かなーり辛いけどね」

「そうなんだ」

「ただ、足腰って他のスポーツにも言えるんだけど一番大事なところなんだよ。人間の体を動かすってことは歩くことを前提にして作られてるから、この歩く動作が正しい姿勢でできてないとそれこそ技術を上げる練習とかで怪我しちゃったり、試合で不用意な行動を取ったりすることもあるんだ。だから監督もこんな感じでメニューを組むんだけど、しばらくはその意図が分からなくて苦労したんだ。どうやってサボろうかみたいなことも考えながらやってたんだけど、そのことを知ってから一つ一つの練習を丁寧にやるようになってさ。おかげでちゃんと成長することができて――」

 これまで、真奈美のイメージではどちらかと言えば口下手な方の一星だったが、突如として止まらなくなる。

 ――音葉もそうだし、野球のことになるとみんな熱くなるなぁ。

 好きなことがあるっていいな、と思いながらも、流石にこのままではワンマンショーで終わってしまうと「じゃあさ」と会話を打ち切った。

 ぐっ、と言葉を詰まらせて静止する一星。ロボットの電池が切れたみたいでどこかコミカルなその姿に笑いながら「なんでさ、野球辞めたの?」と笑いながら問いかけてみた。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

如月さんは なびかない。~片想い中のクラスで一番の美少女から、急に何故か告白された件~

八木崎(やぎさき)
恋愛
「ねぇ……私と、付き合って」  ある日、クラスで一番可愛い女子生徒である如月心奏に唐突に告白をされ、彼女と付き合う事になった同じクラスの平凡な高校生男子、立花蓮。  蓮は初めて出来た彼女の存在に浮かれる―――なんて事は無く、心奏から思いも寄らない頼み事をされて、それを受ける事になるのであった。  これは不器用で未熟な2人が成長をしていく物語である。彼ら彼女らの歩む物語を是非ともご覧ください。  一緒にいたい、でも近づきたくない―――臆病で内向的な少年と、偏屈で変わり者な少女との恋愛模様を描く、そんな青春物語です。

俺だけ毎日チュートリアルで報酬無双だけどもしかしたら世界の敵になったかもしれない

亮亮
ファンタジー
朝起きたら『チュートリアル 起床』という謎の画面が出現。怪訝に思いながらもチュートリアルをクリアしていき、報酬を貰う。そして近い未来、世界が一新する出来事が起こり、主人公・花房 萌(はなぶさ はじめ)の人生の歯車が狂いだす。 不意に開かれるダンジョンへのゲート。その奥には常人では決して踏破できない存在が待ち受け、萌の体は凶刃によって裂かれた。 そしてチュートリアルが発動し、復活。殺される。復活。殺される。気が狂いそうになる輪廻の果て、萌は光明を見出し、存在を継承する事になった。 帰還した後、急速に馴染んでいく新世界。新しい学園への編入。試験。新たなダンジョン。 そして邂逅する謎の組織。 萌の物語が始まる。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

乙男女じぇねれーしょん

ムラハチ
青春
 見知らぬ街でセーラー服を着るはめになったほぼニートのおじさんが、『乙男女《おつとめ》じぇねれーしょん』というアイドルグループに加入し、神戸を舞台に事件に巻き込まれながらトップアイドルを目指す青春群像劇! 怪しいおじさん達の周りで巻き起こる少女誘拐事件、そして消えた3億円の行方は……。 小説家になろうは現在休止中。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~

kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。

処理中です...