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第一部
1-05「ヒーロー勧誘計画(1)」
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太陽の温かい日差しが降り注ぐ昼下がり。音葉と真奈美は、各々持ってきた弁当を片手に、ほのかな温かさの中庭へ集合していた。
「――ってわけで、なんとしても二人を野球部に誘いたい」
蓋を開きながらも、五分間箸を付けずに熱弁を繰り返した音葉に、真奈美は「う、うん」と返すのが関の山。
武山くんと将棋指したいだけなんだけどな、なんて心の声を言えるわけもなく「で、何をすればいいの?」と卵焼きを食べながら応える。
「まずは理由を突き止めないといけないと思う」
「そだね」
「手分けしよう、私は空野のほう調べてみるから、真奈美は武山くんの方から話聞いてみて」
この計画が正しいかどうか、定かではない。ま、武山くんと話せる口実ができたらからいいや、と納得し、「りょーかい」と力ない返事をした。
それとなく仲を深めて少しでも近づければ――と思っていると、真奈美の携帯が鳴る。お気に入りの曲とともに、メッセージがディスプレイに表示された。
「えーっと……噂をすればなんとやら」と、真奈美はメッセージを音葉に見せつける。
「『今日は行くと思うよ』」……これ、武山くんの連絡先じゃん。いつ交換したの?」
「初めて会った日! トーゼンでしょ」
やるじゃん、といったところでようやく音葉も初めて昼食を口にした。
「やるじゃん、さすが」
「へっへー。そっちの空野くんの方はどうなの?」
「今朝突撃してみて撃沈。嫌われたかも」
「えー、ピンチじゃん」
「……幸いクラス同じだし、アタックしてみるよ」
どこから湧いてくるのかわからないやる気に満ち溢れた目で、虚空を見つめながら昼食を口に運んでいく音葉。どこからそこまでの情熱が沸いてくるのか気になり、「ね、どうしてそこまで執着してるの?」と尋ねてみた。
「え?」
「言っちゃ悪いけどさ、所詮他人じゃない? いくら野球が好きだからって、そこまでできるのって凄いなって思ってさ」
事実、これまでの真奈美の人生を振り返ってみても、そこまで夢中になれたことはない。
何かにはまった、何かを好きになったことはあっても、それが叶わないとなったら〝しょうがないか〟と諦めることができたレベル。
一方で、音葉は執着と言っていいほどの情熱で臨んでいることは確か。何がそこまで彼女を掻き立てるのか、気になっての発言だった。
「……野球部のマネージャーやってたって話はしたよね?」
「うん」
「実はさ、マネージャーやる前にプレイヤーだったんだ、私」
「え? 選手だったってこと?」
「そ。結構いい選手だったんだよ? 自分で言うことじゃないけどさ」
「へぇ。それで?」
「最後の大会のちょっと前に怪我しちゃってさ。大会に出れないから、そこで野球は引退。けど突然でやることなかったから、マネージャーで残ったってわけ」
「でもさ、怪我治ればまた選手としてやれるんじゃないの?」
「……さ、ここで問題。全国で高校は県立とか私立合わせて五〇〇〇校くらいあります。その中で、女子野球部がある学校ってどれくらいあると思う?」
「うーん……百校、とか?」
「ううん。詳しい数はわからないけど、だいたい四〇校くらい」
「えっ⁉ そんな少ないの?」
「そ。予選なしで全国大会になるレベルで競技人口が少ないの。しかも、年々減ってってる」
「へぇ……」
「だから、よく言われるんだ。女子野球は中学までって。正直、私もそう思うし、周りの女子選手もみんな引退した」
「そうなんだ」
「……だからさ、野球ができるのに逃げてるやつがむかつくの。怪我でもない限りね」
語る音葉の目には、悲しみに溢れていた。嘘偽りのない真っすぐなその表情を茶化すなんてことはできず「なるほど」と応える。
「あと……私さ、空野くんとは中学校の時に試合したことあったんだ。その時思ったの、プロに行く人って、こういう人なんだなって」
「そんなすごかったの?」
「そりゃあもう。今の内にサイン貰っておいた方がいいレベルだと思うよ」
「へぇ、そんなに」
「そんな逸材が、こんなチンケな高校で潰れちゃいけないの、絶対」
「……本人が嫌がっても?」
「私の持論なんだけどさ」と言ったところでミートボールを口に運ぶと、もぐもぐと口を動かしながら「他の誰にも負けない才能を持ってる人は、輝かなくちゃいけない責任があると思うの」と言い放った。
「え、それってすごい自分勝手じゃない?」
「わかってるよ。けど、それだけの存在ってこと。ほら、行こ。授業始まっちゃう」
音葉は弁当箱をそそくさと片づけて立ち上がる。えっ、と思うも束の間、昼休みの終了を告げる鐘の音が校内に響き渡った。
「……食べ損ねた」
半分以上残っている弁当箱に蓋をして、真奈美も音葉の後を追った。
「――ってわけで、なんとしても二人を野球部に誘いたい」
蓋を開きながらも、五分間箸を付けずに熱弁を繰り返した音葉に、真奈美は「う、うん」と返すのが関の山。
武山くんと将棋指したいだけなんだけどな、なんて心の声を言えるわけもなく「で、何をすればいいの?」と卵焼きを食べながら応える。
「まずは理由を突き止めないといけないと思う」
「そだね」
「手分けしよう、私は空野のほう調べてみるから、真奈美は武山くんの方から話聞いてみて」
この計画が正しいかどうか、定かではない。ま、武山くんと話せる口実ができたらからいいや、と納得し、「りょーかい」と力ない返事をした。
それとなく仲を深めて少しでも近づければ――と思っていると、真奈美の携帯が鳴る。お気に入りの曲とともに、メッセージがディスプレイに表示された。
「えーっと……噂をすればなんとやら」と、真奈美はメッセージを音葉に見せつける。
「『今日は行くと思うよ』」……これ、武山くんの連絡先じゃん。いつ交換したの?」
「初めて会った日! トーゼンでしょ」
やるじゃん、といったところでようやく音葉も初めて昼食を口にした。
「やるじゃん、さすが」
「へっへー。そっちの空野くんの方はどうなの?」
「今朝突撃してみて撃沈。嫌われたかも」
「えー、ピンチじゃん」
「……幸いクラス同じだし、アタックしてみるよ」
どこから湧いてくるのかわからないやる気に満ち溢れた目で、虚空を見つめながら昼食を口に運んでいく音葉。どこからそこまでの情熱が沸いてくるのか気になり、「ね、どうしてそこまで執着してるの?」と尋ねてみた。
「え?」
「言っちゃ悪いけどさ、所詮他人じゃない? いくら野球が好きだからって、そこまでできるのって凄いなって思ってさ」
事実、これまでの真奈美の人生を振り返ってみても、そこまで夢中になれたことはない。
何かにはまった、何かを好きになったことはあっても、それが叶わないとなったら〝しょうがないか〟と諦めることができたレベル。
一方で、音葉は執着と言っていいほどの情熱で臨んでいることは確か。何がそこまで彼女を掻き立てるのか、気になっての発言だった。
「……野球部のマネージャーやってたって話はしたよね?」
「うん」
「実はさ、マネージャーやる前にプレイヤーだったんだ、私」
「え? 選手だったってこと?」
「そ。結構いい選手だったんだよ? 自分で言うことじゃないけどさ」
「へぇ。それで?」
「最後の大会のちょっと前に怪我しちゃってさ。大会に出れないから、そこで野球は引退。けど突然でやることなかったから、マネージャーで残ったってわけ」
「でもさ、怪我治ればまた選手としてやれるんじゃないの?」
「……さ、ここで問題。全国で高校は県立とか私立合わせて五〇〇〇校くらいあります。その中で、女子野球部がある学校ってどれくらいあると思う?」
「うーん……百校、とか?」
「ううん。詳しい数はわからないけど、だいたい四〇校くらい」
「えっ⁉ そんな少ないの?」
「そ。予選なしで全国大会になるレベルで競技人口が少ないの。しかも、年々減ってってる」
「へぇ……」
「だから、よく言われるんだ。女子野球は中学までって。正直、私もそう思うし、周りの女子選手もみんな引退した」
「そうなんだ」
「……だからさ、野球ができるのに逃げてるやつがむかつくの。怪我でもない限りね」
語る音葉の目には、悲しみに溢れていた。嘘偽りのない真っすぐなその表情を茶化すなんてことはできず「なるほど」と応える。
「あと……私さ、空野くんとは中学校の時に試合したことあったんだ。その時思ったの、プロに行く人って、こういう人なんだなって」
「そんなすごかったの?」
「そりゃあもう。今の内にサイン貰っておいた方がいいレベルだと思うよ」
「へぇ、そんなに」
「そんな逸材が、こんなチンケな高校で潰れちゃいけないの、絶対」
「……本人が嫌がっても?」
「私の持論なんだけどさ」と言ったところでミートボールを口に運ぶと、もぐもぐと口を動かしながら「他の誰にも負けない才能を持ってる人は、輝かなくちゃいけない責任があると思うの」と言い放った。
「え、それってすごい自分勝手じゃない?」
「わかってるよ。けど、それだけの存在ってこと。ほら、行こ。授業始まっちゃう」
音葉は弁当箱をそそくさと片づけて立ち上がる。えっ、と思うも束の間、昼休みの終了を告げる鐘の音が校内に響き渡った。
「……食べ損ねた」
半分以上残っている弁当箱に蓋をして、真奈美も音葉の後を追った。
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