2 / 179
序章
0-01「家族と。」
しおりを挟む
飛行機を降り、日本へと戻ってきた。
いくら世界大会だからといっても、高々中学野球。注目なんかされる訳ない――そう高を括っていた彗を、これまで見たことのない量のフラッシュとマスコミが出迎えた。
「彗くん、世界一おめでとう!」
「彗くん、日の丸を背負った感想は?」
「彗くん、152キロを出した感想はどう?」
嵐のように止めどなく降り注ぐ質問たちに答えることができず、戸惑う彗。遠くの方で監督が「ちょっと、選手も疲れているので……」と鎮めようと試みるも、焼け石に水。死に物狂いで人込みをかき分けていき、数十分の時間をかけてようやく抜け出せた。
「ぷはっ……ようやく……」
「試合より疲れたね」
「そうだな……っておわっ!」
「何をビックリしてんのさ」
彗の背後から話しかけてきたのは、世界一を成し遂げた立役者の一人である一星だった。
「お前が脅かすからだろ」
「勝手にびっくりしただけじゃん。なすりつけは良くないよ」
「うるせ」
遠くで監督が捕まっているが、空港についた段階で解散という予定だったため知ったことではない。明らかに聞こえないだろうという声量で「監督、ありがとうございましたー」と投げ捨てると、彗と一星はその場を後にした。
「いやー、しかし楽しかったな。特に最後。アイツぶっ倒せたのは気持ちよかった」
「……ホントにね。まさか世界一になれるとは思わなかったよ」
「いーや、俺はできると思ってたね」
「へぇ、そうなんだ。根拠は?」
「俺が日本代表チームにいるから」
「ははっ……」
「お前、なんで引いてるんだよ」
「いや、こんな自信家初めて見たからさ」
「そりゃ光栄だ」
「それだけの自信があれば、プロに行けるね」
「……おうよ、ドラフト一位待ったなしだ」
「楽しみにしてるよ。それじゃあね」
そう言い残すと、一星は駆け出して行った。向かった先には駐車場。きっと、両親のどちらかが、あるいは二人ともが迎えに来てくれているのだろう。
「じゃなきゃ、あんな真っすぐな目をする訳ねーもんな」
言葉にしてみると、虚しさが急に襲い掛かってくる。らしくねぇ、と彗は踵を返してタクシー乗り場の方へ向かった。
※
「ただいまー」
重い荷物を抱えて扉を開くと、弟の輝が「おかえり兄ちゃん!」と出迎え、次いで妹の朱里が「ゆーしょーおめでとー!」と彗に飛びついた。
「おう、ありがとよ。見ててくれたか?」
「うん! すごいね……って、兄ちゃんなんかくさい! ちゃんとおフロ入ってた⁉」
「うるせ! これが世界一の臭いってやつだよ」
ほんの数週間だったが、久しぶりに思える弟妹との再会。ずっと張りつめていた緊張が、徐々にほぐれていくのを感じていると「バカなこと言ってないで、風呂入りな」と、母の宏美が顔を覗かせてきた。
「お、今日は体調よさそうじゃん」
「アンタが頑張ったからね、もう元気モリモリよ! 料理ももうすぐだから、今の内に早くしな!」
「へーい」
纏わりつく弟妹も引きはがしていざ風呂場へ。
「そんなくせぇか……?」
いつもより少し念入りに体を洗ってから、湯船につかろうと風呂蓋を開けた。
「あいつら……」
もう先に弟妹のどちらかが入ったのだろう、アヒルのおもちゃと野球ボールが湯船を漂っていた。片づけるのめんどくせぇや、とそのまま湯船につかると、自然と「あ、あぁ……」とお決まりの声が漏れ出る。
――さて、どうしたもんか。
世界大会で中学生史上最速を叩き出した。
もちろん、高校に行って活躍する自信はある。
ただ唯一、彗の懸念は、家族のことだった。
弟妹が現在、小学校3年生と2年生と遊び盛りである上、母は病気がちで入院することも少なくない。
そして父は、行方知れず。母は多くを語らないが、おおよそ他の女でも作ったのだろう。そういう父親だという思い出は、腐るほどある。
――何回家族を泣かせれば気が済むんだよ、あのクソ親父。
なぜあんな屑が自分の父親なのか、と応えのない疑問が頭の中で駆け巡る。
「料理きたよー! 早く出な!」
「へーい!」
考えても仕方ないか、と彗はあがり湯とともにモヤモヤをかけ流して風呂場を後にした。
「ふーやっぱ風呂はいいな……ってなんじゃこりゃ⁉」
頭を拭きながらリビングまで行くと、テーブルの上には豪勢な寿司が並べられていた。百貫は優に超えているだろう、初めて見る光景に思わずたじろぐ。
そんな様子の彗を見てケタケタ笑いながら「なにって、そりゃ寿司でしょ」と母が答えた。
「そりゃ見りゃわかるけどさ……豪勢すぎじゃね?」
「なーに言ってんの。息子が世界一を取った時くらい親らしいことさせなさいよ」
「……ありがと、母さん」
「なに? 聞こえなかったなぁ」
「腹が減ったって言ったんだよ! ほらおめーら、皿出せ皿!」
「もう出してあるであります、たいちょー!」
「しょう油のじゅんびもバッチリだよー」
「よし! じゃあ死ぬほど食うぞ!」
家族四人。テーブルに座って手を合わせ「いただきます!」と揃って叫ぶ。
そこからはもう争奪戦。たまごは瞬時に消え、サーモンも虫の息。
「おい輝! お前、鯖も食いやがれ!」
「兄ちゃんこそマグロ取りすぎ!」
「おめぇらにはマグロはまだ早い!」
「いくらいただきー!」
「朱里! いくらもうねぇじゃねぇか! 何個食った!」
「ぜんぶ!」
「てめっ、ならこれ食ってやる!」
「わーアタシのタコ!」
周りの人に迷惑だなと思いながら、今日くらい許してくれと彗は大声で争奪戦に参加した。
ただただ、幸せな時間が流れていく。
――さ、どうすっかな。
朱里に「タコ、かえしてー!」とお腹を殴られながら、彗は思慮を巡らせた。
いくら世界大会だからといっても、高々中学野球。注目なんかされる訳ない――そう高を括っていた彗を、これまで見たことのない量のフラッシュとマスコミが出迎えた。
「彗くん、世界一おめでとう!」
「彗くん、日の丸を背負った感想は?」
「彗くん、152キロを出した感想はどう?」
嵐のように止めどなく降り注ぐ質問たちに答えることができず、戸惑う彗。遠くの方で監督が「ちょっと、選手も疲れているので……」と鎮めようと試みるも、焼け石に水。死に物狂いで人込みをかき分けていき、数十分の時間をかけてようやく抜け出せた。
「ぷはっ……ようやく……」
「試合より疲れたね」
「そうだな……っておわっ!」
「何をビックリしてんのさ」
彗の背後から話しかけてきたのは、世界一を成し遂げた立役者の一人である一星だった。
「お前が脅かすからだろ」
「勝手にびっくりしただけじゃん。なすりつけは良くないよ」
「うるせ」
遠くで監督が捕まっているが、空港についた段階で解散という予定だったため知ったことではない。明らかに聞こえないだろうという声量で「監督、ありがとうございましたー」と投げ捨てると、彗と一星はその場を後にした。
「いやー、しかし楽しかったな。特に最後。アイツぶっ倒せたのは気持ちよかった」
「……ホントにね。まさか世界一になれるとは思わなかったよ」
「いーや、俺はできると思ってたね」
「へぇ、そうなんだ。根拠は?」
「俺が日本代表チームにいるから」
「ははっ……」
「お前、なんで引いてるんだよ」
「いや、こんな自信家初めて見たからさ」
「そりゃ光栄だ」
「それだけの自信があれば、プロに行けるね」
「……おうよ、ドラフト一位待ったなしだ」
「楽しみにしてるよ。それじゃあね」
そう言い残すと、一星は駆け出して行った。向かった先には駐車場。きっと、両親のどちらかが、あるいは二人ともが迎えに来てくれているのだろう。
「じゃなきゃ、あんな真っすぐな目をする訳ねーもんな」
言葉にしてみると、虚しさが急に襲い掛かってくる。らしくねぇ、と彗は踵を返してタクシー乗り場の方へ向かった。
※
「ただいまー」
重い荷物を抱えて扉を開くと、弟の輝が「おかえり兄ちゃん!」と出迎え、次いで妹の朱里が「ゆーしょーおめでとー!」と彗に飛びついた。
「おう、ありがとよ。見ててくれたか?」
「うん! すごいね……って、兄ちゃんなんかくさい! ちゃんとおフロ入ってた⁉」
「うるせ! これが世界一の臭いってやつだよ」
ほんの数週間だったが、久しぶりに思える弟妹との再会。ずっと張りつめていた緊張が、徐々にほぐれていくのを感じていると「バカなこと言ってないで、風呂入りな」と、母の宏美が顔を覗かせてきた。
「お、今日は体調よさそうじゃん」
「アンタが頑張ったからね、もう元気モリモリよ! 料理ももうすぐだから、今の内に早くしな!」
「へーい」
纏わりつく弟妹も引きはがしていざ風呂場へ。
「そんなくせぇか……?」
いつもより少し念入りに体を洗ってから、湯船につかろうと風呂蓋を開けた。
「あいつら……」
もう先に弟妹のどちらかが入ったのだろう、アヒルのおもちゃと野球ボールが湯船を漂っていた。片づけるのめんどくせぇや、とそのまま湯船につかると、自然と「あ、あぁ……」とお決まりの声が漏れ出る。
――さて、どうしたもんか。
世界大会で中学生史上最速を叩き出した。
もちろん、高校に行って活躍する自信はある。
ただ唯一、彗の懸念は、家族のことだった。
弟妹が現在、小学校3年生と2年生と遊び盛りである上、母は病気がちで入院することも少なくない。
そして父は、行方知れず。母は多くを語らないが、おおよそ他の女でも作ったのだろう。そういう父親だという思い出は、腐るほどある。
――何回家族を泣かせれば気が済むんだよ、あのクソ親父。
なぜあんな屑が自分の父親なのか、と応えのない疑問が頭の中で駆け巡る。
「料理きたよー! 早く出な!」
「へーい!」
考えても仕方ないか、と彗はあがり湯とともにモヤモヤをかけ流して風呂場を後にした。
「ふーやっぱ風呂はいいな……ってなんじゃこりゃ⁉」
頭を拭きながらリビングまで行くと、テーブルの上には豪勢な寿司が並べられていた。百貫は優に超えているだろう、初めて見る光景に思わずたじろぐ。
そんな様子の彗を見てケタケタ笑いながら「なにって、そりゃ寿司でしょ」と母が答えた。
「そりゃ見りゃわかるけどさ……豪勢すぎじゃね?」
「なーに言ってんの。息子が世界一を取った時くらい親らしいことさせなさいよ」
「……ありがと、母さん」
「なに? 聞こえなかったなぁ」
「腹が減ったって言ったんだよ! ほらおめーら、皿出せ皿!」
「もう出してあるであります、たいちょー!」
「しょう油のじゅんびもバッチリだよー」
「よし! じゃあ死ぬほど食うぞ!」
家族四人。テーブルに座って手を合わせ「いただきます!」と揃って叫ぶ。
そこからはもう争奪戦。たまごは瞬時に消え、サーモンも虫の息。
「おい輝! お前、鯖も食いやがれ!」
「兄ちゃんこそマグロ取りすぎ!」
「おめぇらにはマグロはまだ早い!」
「いくらいただきー!」
「朱里! いくらもうねぇじゃねぇか! 何個食った!」
「ぜんぶ!」
「てめっ、ならこれ食ってやる!」
「わーアタシのタコ!」
周りの人に迷惑だなと思いながら、今日くらい許してくれと彗は大声で争奪戦に参加した。
ただただ、幸せな時間が流れていく。
――さ、どうすっかな。
朱里に「タコ、かえしてー!」とお腹を殴られながら、彗は思慮を巡らせた。
0
お気に入りに追加
42
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました
フルーツパフェ
大衆娯楽
とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。
曰く、全校生徒はパンツを履くこと。
生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?
史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
可愛すぎるクラスメイトがやたら俺の部屋を訪れる件 ~事故から助けたボクっ娘が存在感空気な俺に熱い視線を送ってきている~
蒼田
青春
人よりも十倍以上存在感が薄い高校一年生、宇治原簾 (うじはられん)は、ある日買い物へ行く。
目的のプリンを買った夜の帰り道、簾はクラスメイトの人気者、重原愛莉 (えはらあいり)を見つける。
しかしいつも教室でみる活発な表情はなくどんよりとしていた。只事ではないと目線で追っていると彼女が信号に差し掛かり、トラックに引かれそうな所を簾が助ける。
事故から助けることで始まる活発少女との関係。
愛莉が簾の家にあがり看病したり、勉強したり、時には二人でデートに行ったりと。
愛莉は簾の事が好きで、廉も愛莉のことを気にし始める。
故障で陸上が出来なくなった愛莉は目標新たにし、簾はそんな彼女を補佐し自分の目標を見つけるお話。
*本作はフィクションです。実在する人物・団体・組織名等とは関係ございません。
幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。
スタジオ.T
青春
幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。
そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。
ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。
お嬢様、お仕置の時間です。
moa
恋愛
私は御門 凛(みかど りん)、御門財閥の長女として産まれた。
両親は跡継ぎの息子が欲しかったようで女として産まれた私のことをよく思っていなかった。
私の世話は執事とメイド達がしてくれていた。
私が2歳になったとき、弟の御門 新(みかど あらた)が産まれた。
両親は念願の息子が産まれたことで私を執事とメイド達に渡し、新を連れて家を出ていってしまった。
新しい屋敷を建ててそこで暮らしているそうだが、必要な費用を送ってくれている以外は何も教えてくれてくれなかった。
私が小さい頃から執事としてずっと一緒にいる氷川 海(ひかわ かい)が身の回りの世話や勉強など色々してくれていた。
海は普段は優しくなんでもこなしてしまう完璧な執事。
しかし厳しいときは厳しくて怒らせるとすごく怖い。
海は執事としてずっと一緒にいると思っていたのにある日、私の中で何か特別な感情がある事に気付く。
しかし、愛を知らずに育ってきた私が愛と知るのは、まだ先の話。
漫画の寝取り竿役に転生して真面目に生きようとしたのに、なぜかエッチな巨乳ヒロインがぐいぐい攻めてくるんだけど?
みずがめ
恋愛
目が覚めたら読んだことのあるエロ漫画の最低寝取り野郎になっていた。
なんでよりによってこんな悪役に転生してしまったんだ。最初はそう落ち込んだが、よく考えれば若いチートボディを手に入れて学生時代をやり直せる。
身体の持ち主が悪人なら意識を乗っ取ったことに心を痛める必要はない。俺がヒロインを寝取りさえしなければ、主人公は精神崩壊することなくハッピーエンドを迎えるだろう。
一時の快楽に身を委ねて他人の人生を狂わせるだなんて、そんな責任を負いたくはない。ここが現実である以上、NTRする気にはなれなかった。メインヒロインとは適切な距離を保っていこう。俺自身がお天道様の下で青春を送るために、そう固く決意した。
……なのになぜ、俺はヒロインに誘惑されているんだ?
※他サイトでも掲載しています。
※表紙や作中イラストは、AIイラストレーターのおしつじさん(https://twitter.com/your_shitsuji)に外注契約を通して作成していただきました。おしつじさんのAIイラストはすべて商用利用が認められたものを使用しており、また「小説活動に関する利用許諾」を許可していただいています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる