その人外、蜥蜴につき。

されど電波おやぢは妄想を騙る

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第一章 人外の冒険者。

06 俺と受付嬢統括。

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 謎に焼き菓子争奪戦を繰り広げ、やんややんやと大騒ぎして待つわけだが、ようやく俺を呼び出した当人がお見えに――否。既に居た。

「――流石」「「「え?」」」

 いつ部屋に入ったのか。それどころか扉をいつ開けたのかすらわからない。気配察知に秀でた俺ですら気づくのが僅かに遅れた。
 他の三人には全く気配を悟らせることなく、執務机の前に突然現れ――この場合は湧きやがっただな。

「お待たせ……って、相変わらず無茶苦茶やってるわね?」

 そして怒るでもなく驚くでもなく、いつも通りに呆れた物言い。

「「「いつの間に⁉︎」」」「ついさっきよ?」

 和かに笑うその人は、短めの真っ白な白髪に兎耳が特徴的な亜人種。
 上級職員の制服をかっちりと着こなし、整った顔立ちと切長の目に掛けているモノクル片眼鏡が知的な雰囲気を底上げする。

 流石に只者ではないと一目でわかる風格を纏う兎人族の女性――アーネさんである。

「ぼ、僕は止めたんですけども……カテネまで一緒になって食べ散かしてて、本当にすいません。アーネさん」

 椅子から飛び上がるように立ち上がり、頭を深々と下げて謝るカテル。

「良いわよ、別に。当てつけのようにいつもこんなだし」

 食い散らかした俺のことは大して気にも止めていないご様子。まぁいつも通りだからな。

 執務机の椅子へと優雅に腰掛けるアーネさんは、そう優しく答えるのだが。

「当然、ノアの報酬から差っ引くから」

 俺を横目で見て薄ら笑いつつそう告げた。

「げっ⁉︎」

「ぷぷぷ」

「ノアの自業自得よ」

「いや、カテネにフロウも一緒に食ったんだから同罪だろ? なんで俺だけ?」

 愚痴を溢してみるも無駄な足掻きに終わる。

「それはそうと。カテルくんとカテネちゃんは、ノアの付属品だから別に良いとして――」

 持ってきた資料らしき物を紐解きつつ、さらっとキツいことを仰るわけですが。

「「付属品扱いっ⁉︎」」

 まぁ、そうだろうな。最近は一緒に居ることが当たり前になってきてるし。

「言い方」「あら? ごめんなさい」

 俺が軽く注意すると、二人を軽く一瞥して優しく微笑んだ。

 この場合、意訳すると『この場に居ても居なくても問題ない』ってことだ。
 つまり俺を呼びつけた用件は大したことはないってことになるな。

 そして次の矛先はフロウへと向けられる。

「で。私はフローレンス副団長までは呼びつけてはいないんだけども? 何故に貴女まで此処に居るのよ? 職務はどうしたのよ?」

 紐解いた資料に目を通しつつ、そう質問を投げかけるアーネさんに対し。

「事後処理なんて面倒く――」

 実際、面倒くさそうに返答するフロウ。

「――何?」

 そこでフロウに鋭い眼光が突き刺さる。
 そんな睨みを効かすアーネさんから、一気に気温が下がる錯覚を覚えるような冷たい空気が漏れ出し、息苦しさを覚える圧迫感とともに部屋全体に蔓延した。

「い、いえっ! な、なんでもありませんっ! く、件の揉め事の事情聴取で呼び出されたのかと思い、わ、私も随伴させて頂きましたっ! ノア――コホン。ノ、ノワールも事件の当事者ですし、か、彼からも事情聴取がまだでしたのでっ! む、向こうの当事者は部下に引き継いでありますっ!」

 姿勢を正して必死に弁解をし始めるフロウ。

「――そう」

 そのたった一言の相槌が入ったその瞬間、冷たい空気に重苦しい圧迫感が霧散した。

「もう随分と現役を離れてるにも関わらず相変わらずの殺気だな、アーネさん。巻き添えを喰らったカテルとカテネが完全に萎縮してるぞ?」

 俺とフロウはまぁ問題ない。ただ並の冒険者だったなら泡を吹いて気絶、或いは失禁してるところだろうな。カテルとカテネの二人――特にカテネが耐えたのには驚いたけども。良く堪えたもんだ。

「あら、ごめんなさい。二人とも大丈夫?」

 にっこり微笑みつつ問いかけるアーネさんに、無言で首を縦に振りまくる二人だったり。

「ところで用件はなんだ? 俺を名指しで呼びつけるってことは、また面倒くさい案件か?」

 長椅子にどっかりと深くかけ直し、長い舌を出したり引っ込めたりしつつ、やや不機嫌そうに物を尋ねると。

「面倒くさい案件って、言ってくれるわね? いつもそうみたいじゃない? 心外だわ。そこな二人にも誤解されるから止めて欲しいわね」

 肩を竦めて戯けてみせるアーネさん。

「事実だ」「存外、酷い言われようね」


 ◇◇◇


「とりあえず今回は要人警護の依頼よ」

 紐解いた資料の内、一枚を手に取って渡してくる。

「要人ねぇ。カテルとカテネがこの場に居ても構わないってことは、大した人物でもないってことか」

「まぁそうなんだけど。大したことはないけど面倒ではあるのよね? ちょいと喧しいか煩いってのが正しいかな」

「なんだそりゃ?」

「まぁ中等級になった二人の練習には丁度良いでしょ?」

 初等級では受けられず、中等級になって初めて請け負える依頼がある。そのひとつが要人警護だ。
 何故なら初等級の駆け出しでは、流石に技量に経験不足となり、こう言う依頼は荷が重いからだな。

 俺を呼んだからてっきり俺宛てかと思いきや、要は中等級に昇格したカテルとカテネの経験値稼ぎと言ったところだったか。完全に二人の保護者扱いだな、俺。

「で。貴方たちが護衛する人物なんだけど――入って」

 アーネさんに呼ばれ、入口の扉を物静かに開けて中に入ってきた人物がひとり――と、言うか。このやりとりの間、外に誰か居るのは気づいてはいた。

「要人を扉外で待たせるなよ? なんつう辛辣かつぞんざいな扱いしてんだ?」

 長い舌を出したり引っ込めたりと呆れておく。

 入ってきたのは男性。真紅の外套ロングコートから覗く、機能的に身体の要所を覆う紅くも美しい金属鎧フルプレートが目を引く。別の言い方ではド派手。

 腰には相反する印象を持つ、機能に磨きをかけた過度な装飾が一切ない立派な剣。
 禍々しさが滲み出るほどの漆黒の長剣ロングソードと、神々しいまでの気配を纏う白銀の細剣レイピア

 そして目元を覆い隠し、口元から顎までが露出する白い仮面。要は誰かわからないように顔を隠しているわけで。

 俺はこの奇天烈な格好に気配で、誰なのかは直ぐにわかったけどな。

わたくしはローゼンに御座います。皆さま方、宜しくお願いします。気軽にロゼとお呼び下さい」

 綺麗な所作で傅き、透き通る美声でそう名乗るのだった。

 そして俺の方に歩み寄ってくる。

「宜しく、ノア」

「ああ、ロゼもな。しかし……その真っ赤なド派手装備に衣装はまだしも……その白い仮面はないな。顔に傷でも――って、それはあり得ないか」

 ロゼは顔に傷どころか、部位欠損しても立ちどころに治るケッタイな奴だしな。

「仮面舞踏会――否。仮装茶会にでもご出席か?」

 長い舌を出したり引っ込めたりと小馬鹿にしておく。

「相変わらずだなノアは。そう茶化してくれるな」

「茶会だけにか?」

「ははは、上手いな。まぁ姿のお前さんにだけは言われたくはないがな?」

「冗談だ。ロゼも其処彼処で有名だからな? 当然、ツラも知れ渡ってるだろうし。素性がバレると大混乱だからだろ?」

「そう言うこと。仮面は止むなしと言うわけだ。なので他国の剣士と言うことにしておいてくれ」

「えっと、ノワールのお知り合いの方? 更に其処彼処で有名って……顔を隠さないとまずいほどに?」

 カテルから当然の疑問が挙がる。それには当人が直ぐに答えた。

「ああ。ターコック領での私の立場が些か重要人物扱いなものでね。ここジーコック領では表立って気軽に動けないんだよ。勿論、犯罪者とか危険人物ではないからそこは安心してくれたまえ」

「見ての通り、奇天烈思想の奇人変人だけどね?」

「相変わらず容赦ないな、フロウ。あの頃とちっとも変わらない外見同様、もう少しお淑やかにできんのか?」

「良いのよ、私はこれで」

「俺とフロウと三人で組み、暴れまくった時代が懐かしいな。ヘタレだったロゼが今や重要人物って……自分で言うか? 大丈夫かターコック領?」

「ヘタレって言うな。もう何十年も前のことだろう? 確かにあの頃の私は初々しいく、実際若かったしな」

「え? 皆んな知り合い? しかも何十年も前から? と言うことはフロ――」

 今度はカテネから当然の疑問が挙がる。これにはカテルが待ったをかけるのだった。

「ストップ、カテネ。そこは疑問に思ったら負け……聞き流して。もしも触れたら即座に死ぬことになるよ?」

「ははは……」



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