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Chapter One. 軍役時代。

Report.01 問題児の俺が軍を除隊させられた日。

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 軍の問題児だった俺は、いつも通りの小言を上官から喰らう為、軍の執務室へと強制出頭を命じられていた。

「失礼します」

 軽くノックをし、執務室の扉を開ける。

「やっと来たか……」

 俺を出迎えたのは、机に肘をつき、切れ長の鋭い目で俺を睨む、かっちりと軍服を着こなす見目麗しい妙齢の女性。
 しかも眼鏡が良く似合う超美人。
 俺よりも二、三歳ほど上なだけなのに、所属する部隊の大隊長と言う立場を担っており、更に俺の直属の上官でもある人。
 色んな意味で切れ者でも有名な、部隊の内外でも大人気のステファニー中佐だ。

「そこの床に座れ」「イエス、マム」

「誰が胡座あぐらで座れと? 正座だ、正座」

「嫌です、マム」

「――あ?」「イ、イエス、マム」

 そこから小一時間ほど、そのままの状態で叱責されまくるが、当然、いつも通りに適当な返事で相槌を打つ。

 そしていい加減、脚が痺れて感覚が薄れてきた頃、中佐の態度がニヤリと急変する。

「さて――」

 徐に席を立ち、正座する俺の目の前にやって来たかと思えば、持っていたハンドポインターを伸ばし、俺の痺れた脚を容赦なくポクポクとしばくわ、ツンツンしだす。

(くっ……地味な嫌がらせを……)

「――軍内部で貴様がどう呼ばれているのか、まさか知らんわけではあるまい?」

 ハンドポインターでポクポク、ツンツンされながら顎を持ち上げられ、中佐の睫毛の長さがはっきり見て取れる距離でそう尋ねられた。

「“ リビング・デッド生きた死体 ”のことでしょうか?」

 一応、平静を装って答えておく。

「そうだ。どんな過酷な最前線に送り出されようとも、所属部隊が全滅しようとも、貴様だけは必ず帰ってくることからついたTACネーム戦術的呼称だ。本部のエースたる“ グリムリーパー戦場の死神 ”にしても、殺しても死なない奴だと呆れていたぞ。実際、その点についてだけは、奴も舌を巻いていたからな」

「勝手につけられた非公式の愛称――いいえ、ですね」
 
「蔑称などではない。を込めたTACだ!」

「左様で……」

(大枠で合ってんじゃん。意味も大差ねーし)

 “ Tactical name ”の略号で“ TAC ”と言う。
 過去の時代に空軍のパイロットと一部の戦略兵器にのみ与えられていた、コードネーム、コールサインとはまた別のタクティカルネーム戦術的呼称――平たく言えば、軍内で非公式で呼ばれるのことだ。
 ある意味で戦術兵器に等しいにも、これが当て嵌めて使われている。

「数々の武勲を挙げ、若干、二十歳ハタチにして小隊長に抜擢され、僅か数年で少尉にまで昇進した貴様がだ! 幾多の戦場で迫り来る敵軍を震撼させた貴様がだ! それほどの実力、実績を誇る貴様がだ!」

 語気荒く説教しつつ、持っていたハンドポインターで痺れた脚を容赦なくしばくしばく。

「何故に命令違反、軍規違反を平然と繰り返す? あまつさえ、作戦行動中に陣頭指揮の上官に対して罵詈雑言、並びに暴行を加えた? 貴様のことだ、そうせざる止むを得ない事情があったのだろうが……最早、私とて流石に庇いきれん」

「現場に理不尽なことを要求するからです。腐った阿呆どもに何を言っても無駄です」

「――まぁ、良い。貴様に説教は無意味だと言うことは、この数年で嫌と言うほど思い知った。どの道、貴様が改心したところで、この決定は変わらん。軍上層部からのお達しである以上、私にもどうにもできん。故にここに貴様の居場所は最早ない」

 切れ長の目を瞑り一度頷く。
 一拍の間をおき開かれた目は、哀しそうに俺を見つめてくる。

「――本日付けをもって貴様を小隊長から解任、並びに軍籍も剥奪。除隊ののち故郷へと強制送還する。軍法会議で裁かれ、極刑に処せられなかっただけマシだと思え」

「軍に未練はないんで、それで構いません。お話しは以上で?」

「焦るな。話しは終わってない。貴様をただ在野に放つのには、あまりにも惜しい……個人的にもな? ――そこでこれだ。貴様の為に、あらゆる手を尽くした私に大いに感謝することだな」

 豊満な胸の谷間から、丸められた紙が取り出される。
 目の前で広げ、内容を読めと見せつけてくる。

「――これは?」

 ヒラヒラと見せつけられる所為で、書いてある内容が解らない。

「解らんか? 貴様の新しい就職先だ。これを持ってそこに行け」

 そう言ったあと、ぞんざいに投げ捨てられる紙。

「了解。中佐の顔を立てる意味でも、一応、有り難く、嫌々でも受けておきます」

「一応でも嫌々でも構わん、そうしてくれ。それとな――」

 いきなりグィっと顎を持ち上げられ、息が掛かる至近距離で、切れ長の目に睨まれた。

「な、なんでしょう?」

「私は貴様を、大層、気に入っている。狡い言い方だが……家族同然のように愛している。実の弟のように、な? くれぐれも生き急ぐ真似だけはするな。私を悲しませるな。貴様が有事の際には世界が敵になろうとも、私が立場を追われようとも、全てを捨てて――に味方してやる」

 そう力強く言い切ると、キスとは呼べない程度にほんのりと軽く――唇を重ねてくれた。

「最後の最後で駄洒落っぽくカミングアウトで照れ隠しですか、中佐? まぁ……実を言うと……俺も密かに慕っておりましたけどね」

「そうか……」

「今まで色々とお世話になり、尻拭いばかりさせてお手を煩わせ、本当にすいませんでした。今回のお気遣いに配慮についても、また嬉しい餞別にも深く感謝致します。心身共に大切になさって下さい」

「ふっ――貴様が去ることで、私の職務的な負担は減るだろうからな。私としてもこんなに嬉しいことはない。だがしかし、弄り甲斐のある貴様が居ない寂しさは……まぁ良い」

「中佐――いえ、義姉ねえさん、今日こんにちまで有難う御座いました」

たもとを分かつ最後の日に、近しい者からの愛称ステフで呼んでくれようとはな……」

おおやけの場では遠慮致しますけどね。――では、ステフ義姉ねえさん……お達者で」

「うむ、貴様もな……」

 最後に痺れる脚を我慢して姿勢を正し、礼を尽くした軍の形式に則った敬礼を披露する――せめてもの謝罪と感謝、僅かばかりの敬意を込めて。


 そして俺は世話になったステフ義姉さんに見送られ、執務室から退出した――。



 ――――――――――
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