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第壱章 崩れゆく、日常――遭遇編。

弐拾話 回帰、其の弐。

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 程なくしてナニ事もなく、自宅の玄関先に降り立つ二人。

 アイシャから降りた未来は、自分の腰のポーチから鍵を取り出すと、ドアノブに手を掛けて開けようとした――。

「ウォン!」

 背後から脅かさない程度に声量を抑えた、軽いひと吠えで呼び止められる未来達。


 現れたのは、そう――ケルである。


 徐にアイシャに近付くと、鼻をスンっと鳴らし、夜に輝く金眼を細め、顎で下がれと指示をする。


 アイシャは一歩下がり、素直に指示に従う。


 次に未来に向き直り会釈すると、首を傾げたあと、身体全体を負担にならない程度に寄り添わせ、慰めるように優しくそっと頬ずりをする。


 未来はケルの首に抱きついて、静かに泣いた――。


「あらあら。帰られましたの、未来~」

 玄関のドアが開き、母の最妃が顔を覗かせた。

「ママ……」

「どうなさいました? 何故に、泣いておりますの?」

 佇むアイシャにチラりと視線を送ったあと、直ぐに未来の側に寄り添って髪を撫でながら、ナニがあったのかを静かに問いかける。

「パパが……パパが……」

「未来、彼方がどうかされまして?」

「ボクを……護る……為に……庇って」

 言葉を紡ごうとするものの、涙声で言い澱み、要領良く上手く話ができないでいた未来。

「アイシャからご説明致します。最妃様」

 アイシャが見兼ねて、助け舟を出した。

「あらあら。では奥へいらして」

 泣いている未来を支えるように寄り添って、ゆっくりと奥のリビングへと向かう最妃。
 それに続くアイシャとケル。

 リビングのソファーに未来を座らせてから、アイシャに楽にするようにと促す最妃。

 会釈し、向かいのソファーに腰を下ろすアイシャ。

 そのあと、未来の横に寄り添って座る最妃は、未来の髪をそっと撫でて慰めつつ、アイシャの方を見やる。

 ケルは未来の足元で伏せ、アイシャを見やった。

「実は――」

 アイシャは抑揚なく、今まで起きた事象を最妃に包み隠さず、ありのままの全てを伝えた。

 常人では凡そ理解できない、信じられない顛末。
 常軌を逸した内容であったのは間違いない――。


 なのに、全く動揺した素ぶりも見せず、真顔で真剣にアイシャの話を聴き入る最妃。


 未来と容姿が瓜二つの少女であるアイシャを見れば、本来ならば驚くなり誰何の詰問責めになる筈である。


 最妃は顛末を話すアイシャを見ていても、全く意にも介さずに、いつも通りの対応であった。


 未来を伴って来訪した、瓜二つの容姿の少女。
 腰から下げられた、自身が彼方に贈ったアクセサリー。
 追い返すわけでもなく、招き入れたケル。

 そして、力なく隣で項垂れている未来。


 アイシャの話に聴き入っていた最妃は、全てが疑う余地のない真実であると悟っていた。

 信じ得る理由が、別のところにもあるのだが――。

「彼方はまた出逢おうと最期に仰ったのね? ――でしたら大丈夫、心配無用ですわ。本人も無意識に解っていたのではなくって? ここで潰えるわけがないと」

 全く動じずに、いつも通りの和やかな笑顔の最妃は続ける――。

「安心なさって未来。貴女のパパなのですよ。神の疑問符なる存在に語りかけ、協力を得て、尚かつ魂の繋がりが消えてないと仰るのでしたら、彼方は間違いなくここに戻って参りますわ。わたくしは信じて……違いますわね。確信しておりますから」

 普通の家族なら到底有り得ないほどに、落ち着きを見せて促す最妃。

「――さて、貴女達。まずはゆっくりお休なさいな。お風呂を用意して参りますから、ね?」

 伝え終わるとそっと席を立つ最妃は、お風呂の準備をする為にリビングをあとにした。

「マスター」

 未来の隣に腰を下ろし、手を取り握るアイシャ。
 肩を寄せ頭を持たれかけて、静かに目を閉じる――。


 そして囁やく。


「最妃様の仰る通りですよ、マスター。きっと――いえ、絶対に大丈夫です」


 未来からの返事はない――。


 ただ……力強く握り返された手に、少しだけ安心するアイシャだった――。



 ―――――――――― つづく。
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