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File.09 この世に未練を残す者。そして救われない者。

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『まさか死神と縁を持つ人間だったとはね……それは見抜かれても当然か……』

 急に雰囲気が変わり、禍々しく薄ら笑う表情になると、反響する濁った男女が混ざった声でそう言い捨てた凛音。


「君は……阿修羅男爵とか……」

 昭和初期に放映されていたスーパーロボットアニメの有名な悪役の名を口にする。


『このタイミングでボケは不要に御座いますよ? 悠久の刻を流れております私ならば通りますが、今の世代には解りかねるネタに御座います』

「――ご、ごめん、つい」


 そうだね。濃ゆすぎて解らないね。
 僕ながら失敗、失敗――。


『身体が男女半分ずつのアレね』


 ――知ってるんかい。


『通りましたね……』

「僕もビックリ」

この子が知っていたから。また古くて濃ゆいネタを口にしたわよね?』

 自分の豊満な胸を差し、そう答える凛音。

「その言い方だと……なのか?」

 何か別の者が取り憑いたってわけではない?

『左様に御座います。凛音様と言う人物は元々から実在する人物に御座いまして』

「それって……」

『実は不慮の事故で先日お亡くなりになり、幼馴染さんの要望と偶然にも完璧に合致した為、身体を徴収し魂を入れ替えさせて頂いた所存に御座います』

『その言い草、何よ! 私は死んでない! アンタが嫌がる私を無理矢理に身体から引っこ抜いたんでしょうに!』

 身振り手振りで憤慨する凛音。

「実際、何かに取り憑かれたとばかり思っていた。まさか自分の身体に自分が取り憑くとは……」

 まさかなことに驚きを隠せない僕。

『――そして運命の女神が齟齬が起きないよう事象改変を行い、幼馴染さんの魂を宿して生前の凛音様ではない、別の凛音様として正しく転生した筈ですが――元の魂が残っているとは……驚異的な生への執念に御座いますね』

 意にも介さず続ける死神さん。

「話し聴いてるとさ、どうにも死神さん側が悪いって感じじゃね? 既存の身体を勝手に使う手抜きが招いた大惨事じゃね?」

 結局はそう言うことになる――。

『め、面目次第も御座いません……』

『私の身体を返して! 私はまだ青春を謳歌していないの! 理不尽に魂を抜かれて納得できるわけない!』

『あんな風に仰っておいでに御座いますが、本当に事故にてお亡くなりになっておいでです。自分が死んだことに気付いておられないのか……認めたくないのかと』

「強大な未練で現世に残った魂……そんな感じ?」

『最早、残滓に御座います。――輪廻の円環より外れた魂は私の鎌にて斬り捨て、完全な無へと――』

『私を無視して勝手に話しを進めるな! だから私は死んでないって言って――』

「ちょっとタイム! 凛音も死神さんちょいとストップ! 僕に時間をプリーズ! 僅かにちょっとだけウェイト!」

 二人の間に跳び込んで制止した僕。

『――な、何?』『――ぎ、御意』

 一触即発の一歩手前で止まってくれた二人――否、二霊?

「幼馴染の器たる身体をですよ、最初から新たな人間として創造していたら、何も問題はなかった筈だよね? だから死神さん側にも落ち度がある」

『でしょ!』『遺憾ながら……』

「凛音が事故だっけ? 要は亡くなって不要な身体だからと貰い受け、勝手に幼馴染の器としたんだよね? そこはほら、本人の承諾は取るべきだったと思うよ?」

『――返すお言葉も御座いません』

『ほらほら! 納得したなら身体を返してよ!』

「ただ凛音には申し訳ないけど、死んだ者が生き返る道理は現代には存在しない」

『え⁉︎ そ、そんな……』

「凛音の身体を徴収だっけ? 要は新たな器を創るのが直ぐには無理だったからそんな行動を取ったと僕は判断するけど……合ってる?」

『御意――仰る通りに御座います』

「凛音は既に現実で亡くなっている。気持ちは解らなくもないけど……この事実は変わらない。僕がこの死神の眼で視る限りでも既に悪しき者に堕ちかけているのもなんとなく解る。――この状態から正しく元に戻すことはできない……であってるよね?」

『左様に御座います――自我を失ったが最後、悪霊として災いを撒き散らすことになるでしょう……』

『そんな……ひ、酷い……』

「完全な悪しき者になってしまう前に未練を断ち切り成仏すべきだと――僕は思う」

『い、嫌……嫌よ! このまま逝くなんて……絶対に嫌!』


 ――死んだ者は生き返らない。


 凛音に告げる理不尽な言葉は、幼馴染にも同様と言える。

 何故なら幼馴染も不慮の事故で死んでいるから。

 凛音は駄目で幼馴染は良いなんて道理は、決して通して良い道理ではない。


 だけど僕は選んだ。
 幼馴染を失いたくはないと。


 それは単に僕のエゴイズムだ。
 自分の利益だけを重んじ、自分本位の考え方をただ押し付けているだけに過ぎない。

 だから……どんな言い訳をしたところで筋は通らず説得力もない。


 それでも僕は――幼馴染を選ぶ。


 例え凛音と言う人物がこの世界に存在し、生きていたと言う事実が根本から消えると解っていても――。


「先に謝っておくね……凛音さん――僕は君を決して忘れない。一生忘れない」

 罪を背負う覚悟を決めた僕は、そう告げて静かに指を弾いた――。


 真っ赤な色だけを残し、白と黒のモノトーンの世界へと移り変わり、全てが制止する。


 この制止した世界で動けるのは、僕と死神さんのみ。


「死神さん――今の内に凛音の魂を葬送してあげて」

 僕は凛音の身体を支えながら静かにそう告げた。

『畏まりました――ご英断に感謝を』

 凛音の身体から黒い靄を引き摺り出し、ヘソの緒のように伸びた身体に繋がる部分を大鎌で素早く断つのだった。


 そして僕に黙って頷いた死神さん。
 その直後、再び静かに指を弾いた僕。


 色鮮やかな元の景色に戻り、僕に身体を預けるように、凛音の抜け殻は力なく倒れ込む。


「――で、幼馴染の魂は?」

『身体にちゃんと残っております』

「死神さん側にも落ち度があるんだし、凛音の魂は無に帰すじゃなくて、丁重に弔って天国に誘ってあげてね」

『――承知致しました。では元の魂を葬送して参りますゆえ、この場を離れるご無礼をお許し下さいませ……』

 傅く死神さんは幽霊が消えるが如く、風景に溶け込むように去っていった。


 僕の死神の眼に映る河原には、有象無象の霊や影が揺蕩っていたり徘徊している。

 これらもまた凛音同様、不慮の死を迎えた人や動物達なのだろう……。


「凛音――」

 一人残された僕は空を仰ぎ見て、今日と言う日を一緒に過ごした一人の少女の名を、決して忘れないと言う想いを込めて哀しく呟いたのだった――。



 ――――――――――
 誰が為に僕はゆく?
 それは僕のみぞ知る――。
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