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◇第二部◇

第三二話 退廃したこの世界で、俺が最も大切なのはゾンビ嫁――もしや?

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 中村さんの返事次第だが、了承を得られれば向こうに引っ越すということで、皆の了解を得た。

 持ち帰った軍仕様の通信機器でその旨を伝えようとするも、駐屯基地までの距離が離れ過ぎていて、流石に子機だけでは圏外となり繋がらなかった。

 なので中継機たる親機の設置を進める間に、引っ越しの準備を行なってもらうことにした。
 設置完了までの数日、各々で持っていく物と捨てる物を選別することとなる。


 ◇◇◇


「いやはや、流石に軍仕様。面倒くさっ!」

 お持ち帰りした軍仕様な通信機器を、俺の部屋に設置している真っ最中だった。

 構造自体はシンプルだけども、ややこしくも仰々しい親機だけに、組み立てて配線云々を繋ぐのにも一苦労する。

「流石、山田さん。私にはチンチンぷんぷん」

 おそらく珍紛漢紛 ちんぷんかんぷんだと言いたいんでしょうな。

「何、そのえっち臭い響き? 俺のから悪臭漂っていそうな、嫌なおやぢギャグだな」

「もうっ!」「うひひ」

 やや紫がかった頬っぺたぷっくりの照れた仕草で、おでこを軽くコツンとされたり。
 やっぱ美人過ぎるし激可愛いなぁ……ゾンビだってのは全く気にならん。

「あ。そう言えばさ。その……身体とかに違和感とかない?」

 昨晩の寝息の件が気になって、そう尋ねた。

「急に何? 違和感って……」

 突然そう切り出された俺嫁は首を傾げる。

「特に何もなければ良いけども。どんな些細なことでも良いんだ」

「うーん……そうねぇ……。とりあえず首が180度回らなくなったのがあるけど」

「あー、あれね。顔を背中向きにするエクソシストなギャグ。他には?」

 首の関節を抜いて前後逆さまにする、俺嫁独自のギャグネタだな。
 最近はしないと思ったら、できなくなってたのね。

「うーん……あ。そうそう。ようになった!」

 腐って紫斑が浮き出てる両手をポンっと打ち、俺に笑顔を向けて和かに笑う。

「――え? お腹が空く?」

「うんうん。一度の食事でなんか凄く食べちゃうのよ。では足りなくなってきたのよ。太るの気にしなくて良いゾンビじゃない? 今までの軽く倍以上は食べてるかな」

 何ぞ怖いことを言い出したぞ?
 一人分って言うのは、野良ゾンビ一体分を指している。要は部位の切り分けでは足りんと言うこと。

「げっ⁉︎ じゃあ野良の備蓄を増やさないかんな。後で狩りに出張ってくるわ」

 電気を通した際に業務用冷凍庫を増設してある。
 俺に何かあった場合などに使う予備食糧として、数体をそこに備蓄してあるんだが――って、何気にホラーだな。
 そのペースでの消費だと、もう足りんくなるのは必至。最悪は業務用冷凍庫も増設だな。

「それなんだけど……腐ったお肉? なんかの。流石に飽きてきたのかな?」

「え?」

 作業中の手が止まり、目を見開いて俺嫁を見た。

「え? って何よ、え? って……」

 そんな俺にちょっと驚いてる様子。

「ちょちょちょちょちょちょちょちょ」

 驚きすぎて呂律が回らない俺は、速攻で立ち上がった。

「どうしたの?」

 そんな俺は手にした工具に組み立て途中の通信機器までを放っぽり出して、大慌てで冷蔵庫へと向かう。


 そしてある缶詰を一つ取り出し、大慌てで持ってきた。


「これなんだけど……食べた感想をお願い。もしも生ゴミ味だったら、遠慮なく吐き出して良いから」

 生ゴミ味がどんな味なのかは俺の知るところでは全くないが、意味が伝わり易いのであえてそう言いつつ、缶詰と割り箸を差し出す。

 中身は肉系でない
 所謂、極普通のフルーツ盛り合わせだ。
 意味があって魚や肉系ではなく、これを持ってきた。

「えっと……私が同じ物を? どう言う――」

「良いから。とりあえず食ってみてっ! 早よ早よ!」

 何がなんだか解らないようで、不思議そうに首を傾げる俺嫁を、容赦なく急かした。

「は、はい」

 観念したのか、震える手で割り箸を取り、缶詰の中身を恐る恐る口へと運ぶ俺嫁。

「……うっ⁉︎」

 口に入れた途端、眉根を寄せた顰め面になって口元を押さえた。
 ただ吐き出そうとはせず、涙目で我慢している。

「ダメか……。ごめん、無理させた。吐き出して」

 俺のが大外れだった模様。背中を摩りつつゴミ箱を前に置く。

「……」「どうしたん?」

 だが吐こうとしない。口に入れたままじっと我慢していた。
 やはり吐き出すのを躊躇っているっぽい。

「良いんだ。だから早よ吐き出して」

 俺のことを気遣っているんだと思う。だから促した。


 だがしかし。吐かずに無理矢理に飲み込んだ。


 俺とお揃いの可愛いマグカップに水を注ぎ、そっと手渡した。

「美味しく……ないの……」

 涙目になって肩を落として俯く俺嫁。

「解ってる。俺は大丈夫。気にしなくて良い。寧ろ無茶をさせた。ごめ――?」

 そっと肩を抱き締め、無理なことを強要したことに謝ってる途中で、口を押さえられて遮られた。

「ち、違うのっ! そうじゃないのっ! 生ゴミ味じゃないのっ! 美味しくはないけど、ちゃんとこの缶詰ののっ! なんで⁉︎」

 涙目は涙目でも、どうやら嬉し涙だったようだ。

「私、なんで!」「ちょっと落ち着いて! 説明するから!」

 取り乱す俺嫁を落ち着かせて。

「今もびっくりしてるでしょ?」

 そう。相変わらず息はしていない。無自覚な呼吸運動をしている。
 正しい意味での呼吸ではなく、ただの真似事ではあるが。

「あ。気づかなかった……」

「俺の推測なんだけども……ゾンビ化が解けて人に戻ってきてるんではないかと考えてる」

 つまりそう言うこと。人に戻ろうとしている。或いは戻りかけている。


 そんな予兆や前兆が見え隠れしてるんだよ。


「でも、どうして⁉︎ 私、死んでるのよっ! 脈も鼓動もなく、日々、腐っていってるのにっ!」

「ちょっと落ち着いて。今から俺の身に起きてることと、そのことで導き出した憶測を言うから」

「山田さんの身に? 何が? まさかゾンビ化⁉︎ きっと私の所為で――」

「どうどう、だから落ち着いてって。まだ慌てふためき取り乱すには早い時間だっつーの。あのね、俺の今の身体は……どんな怪我や病気でも直ぐに治っちゃうらしいのよ。大怪我をして駐屯基地で療養中に、中村さんが血液検査してくれたんだけど。俺の血中に含まれる細胞云々が異様に活性化してたんだと」

「……えっと?」

「解りやすく言うと俺の体液……要するに血中に、あらゆる病気や怪我を治す特効薬となる成分が含まれてる。そう仮定して考えてみ?」

「それが……あ!」

 どうやら気づいた模様。

「そう。俺の膨大な愛を、今の今までずっと毎日。それこそいっぱい朝から晩までこれでもかーって注ぎまくったじゃん? それも何度も何度も。だから……身体に作用し始めてるって予想。まさか本人以外にも有効とは、流石に思わなかったけど」

「――じゃあ、私……人に……」

「まだ解らんけどな。中村さんの詳しい検査を受けての見解を聞いてから……たぶん合ってるとは思うが……」

「私……私……」

「大丈夫。ゾンビだろうと人だろうと関係ない。どっちであろうと俺は離さない。永遠に俺の嫁。この指輪に誓って」

 左手の薬指に嵌めた、俺嫁とお揃いの指輪を誇らしげに見せた、すると。

「……うわぁ~ん」「あちゃ……」

 俺に飛び込んで大泣きし始めるのだった。



 ――――――――――
 退廃した世界に続きはあるのか?
 少し望みが出てきたか……。
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