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◇第二部◇

第三〇話 リブート、俺。嫁が帰りを待っている――筈。

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 僅か数日で完全回復したケッタイな俺は、正しく生きた人――中村さんと袂を分かち、皆が待つアパートへの帰路に着くことになる。
 このまま一緒に暮らすのもやぶさかではないが、佐藤さん改め俺嫁が既に居る。鈴木さんらゾンビな住人にしても、きっと心配して待っている筈だ。

 ゾンビと生きた人。

 普通なら比べるまでもなく、どっちを優先するかも聞くまでもない。
 だがしかし、俺はもう色んな意味で普通じゃない。
 この廃退した過酷な世界で生計を共にしてきた、かけがえのない唯一無二のゾンビだから……って、その表現も変っちゃ変だが。

「バルゥ」「ガルゥ」「グルゥ」

「お。着いたのか?」

 三つ首のゾンビ犬たるハスターに、研究施設内の入り組んだ通路を出口まで案内されていた。

「なんとまぁ……予想通りっつーか……」

 中村さんに、とある研究施設と聞いてたはいたが……それでも俺は驚いた。
 見紛うことなき陸自の駐屯基地だったからだ。
 隔壁で囲まれた広大な土地に配備される戦略兵器、軍用車両が、いくつかそのままに残っていた。

「軍の地下施設だったか。そりゃ他の場所よりもかなり安全だわな。おっと、ハスター。ここまでご苦労さん」

 案内を終えて、きちんとお座りの待機状態で待つハスター。その三つ首ひとつひとつを優しく撫でておく。

「バル」「ガル」「グル」

 名残り惜しそうな目をするが、戯れることもなく噛みつくこともなく、大人しく俺にされるがままだった。

「しっかりと中村さんを守ってやれよ? じゃあな……違うか。またな、だ」

 腐った耳と尻尾を力なく下げ、静かに……と言うか、トボトボと本当に残念そうに戻って行った。

(あんなファンタジーのモンスター然とした奇怪な形のゾンビ犬やゆーに、本当に頭の良い子らなのな。どうも音階でなく俺の言葉を理解してる節もあるし……知能も人語を理解する域に発達ってか。冗談は腐るだけにしとけってな。そういや先天的にあーなったのか、それとも後天的なのかを聞きそびれた……まぁ良いか)

 俺のケッタイな回復力の件もあるし、実際、重要なことなんだが……聞いたところで難しいことは解らん。
 嬉々として小難しい講釈を延々とされて、ウンザリする未来しか垣間見えんわ……後悔しそう。

(今度来る時は腐った高級肉でも持ってきてやるか。それまで死ぬな……って、死んでるんだった。朽ちるなだな。俺のこの身もどうなることやら)

「そういや中村さんと言えば……ここで成すべきことがあるって言ってたな。何する気だよ、あの似非幼女ビッチ。――まぁ詮索はよそう。いつでも連絡は取れるようにと、軍の小型無線機をお土産で貰ったことだし」

 なんでも成すべきことがあるとかで、ここを離れるわけにはいかず、引き続き引き篭もるそうだ。
 筆舌し難い大人チックな悪戯で拷問っぽい真似を激しく、なまら激しくやってみたが、喜ぶだけで逆効果だった。結局、何を成すのかは最後まで口を割らな――ゲフンゲフン。教えてくれなかった。

 それどころか俺の知るところでは全くないが、人の温もりが恋しかったのか、トイレに風呂に寝る時まで、最早、見た目通りの神聖かまってちゃんだったからな。俺の理性が本気でヤバかった。


 危うく幼女万歳の称号を得るところだった。


 単に欲求不満の解消の線が濃ゆいが、元の成人女性でない似非幼女姿で助かったよ。

「未練がましく思っててもな……俺も気持ちを切り替えんと。人の温もりが微妙に名残り惜しいが止むなしだ。その気になればいつでも会えるし先に進もう。それに中村さんのように、他にも生き残りが居るかもしれん」

 僅か数日だったが、とても楽しい時間を思い起こしていた俺は、意を決する――。


 ◇◇◇


「道中で万一の際は軍御用達の武装もある。マップについては俺のスマホナビで良いとして……あとは帰る手段だな」

 瓦礫に腰を落ち着け、我慢していた煙草を燻らせる。
 隔離された敷地内に野良ゾンビは居ない。
 相変わらず健康に悪そうな空の色だが、まぁ日向ぼっことでも言うのかな。

「ふぅ……基地に残る兵隊さんにしても、野良ゾンビ化して彷徨さまよってるんかと思ったが。敷地を囲む隔壁が無事だったのが功を生したか。だがしかし……生き残った人は中村さんのみ。他に誰も生き残ってないってのはな……ふぅ……寂しい限りだな」

 油断なく周囲を見渡すも、やはりここの安全性は確保されている模様。争った形跡は元より、血痕らしき跡か染みかはそこかしこに残ってはいるが、無惨な遺体そのものズバリに、元が人らしき喰い荒らされた残骸などは皆無。
 あるのは配備される無機質な戦略兵器に軍用車両くらい。実際、瓦礫も多いけどな。
 
「さてと。今後は散策に出張ることも視野に入れんとするならば……あれだな」

 煙草を消し、重い腰を上げて行動に移す。
 周囲を見渡してて、中々に普段乗れない良い車両をみつけたからだ。

「AH64Dアパッチ・ロングボウ、AH1Sコブラ、UH2ハヤブサまで配備されてんのか。しかも全機無事ってのがまた凄いわ」

 実は俺。こう見えてもヘリの操縦には自信がある。

「だがしかし、なぁ……」

 正しくはビデオゲームのシミュレーション内でだが。

 つまり実機では重力は元より慣性が働くので、プログラムされたゲームの機体とは勝手が違う。素人が手を出せば大惨事の未来しかない。
 自動操縦もあるっちゃあるが……ここはやはり泣く泣くでもスルーだな。
 実機を誰に咎められることもなく、自由にできる好機を逃すのは本気で名残り惜しいが、墜落死は望まない未来だ。止むなし。

「ならばこっちだ。一台当たりの相場が七億円もする、三菱重工が誇る国産戦車――一〇式ヒトマル戦車。君に決めた!」

 昔遊んでたゲームのキャラが、対戦時に良く言った台詞を真似ての香ばしいポーズ。

「退廃前は六一式ロクイチ七四式ナナヨン九〇式キュウマルに次ぐ陸自最新の主力戦車だったな。いやはや、マニア心を擽るねぇ。パンピー一般人には永遠に縁もゆかりもない戦略兵器だしな」

 一〇式戦車のキャタピラ下に行って、巨大で厳つい砲身を見上げた。素晴らしいの一言。男の浪漫だな。感無量だわ。

「主砲は44口径120ミリ滑腔砲だっけ? 重機関銃M2に、七四式の車載機関銃も装備してたっけ」

 当時、ハマっていたシミュレーションゲームのおかげで、蘊蓄は持っているしある程度は操縦もできる。なんせコントローラーのボタンをポチポチと言ったイージー仕様でない、一人称視点で乗り込む拘りの仕様だったからな。やってて良かったよ。

「心踊って気が逸るが、僅かな油断は大惨事の未来だ」

 搭乗口のある天辺に軽く登った俺は、一応、お土産に貰った二〇式5.56ミリ小銃を構えて警戒体勢を取る。
 次に僅かばかりにそっと搭乗扉を開けて、銃身の先に取り付けた小型のミラーをゆっくり差し入れて、中をくまなく確認する。
 もしも狭い操縦席にゾンビが居ようものなら、逃げ場のない洒落にならん大惨事なのでな?

「搭乗口クリア。操縦席クリア……なんちゃって」

 とりあえず異常がなかったので、つい特殊部隊の真似事をしてみる。痛いだけだったが。

 中に入った俺は操縦席に少々面食らった。流石は実機。意味不明な装置に計器が目白押し。機械に強い流石の俺も、これには参った。

「うーむ……こう言う時は勘に頼って闇雲に触らず、堅実に対処するべきだよな、俺」

 操縦席を片っ端しから調べていく。

「多分だけども……取説っぽいようなもんが……絶対に……ある筈……ビンゴ!」

 車で言うダッシュボードらしき小物入れを見つけた。その中にそれっぽいコピーの束が運良く放り込まれていた。

「なんと言う幸運。とりあえず読んで記憶してからだ。ついでに軽く練習もしてから出るとしよう。どれどれ。エンジンをかける際、周囲の安全を――」

 そこから数時間、俺は孫コピー並に解像度の悪い、解説文ばかりの取説と睨めっことなったり。そして――。


「新人にも解り易く、挿絵くらい入れておけよ! 今時は教科書でも挿絵くらいあるわ!」とかなんとかと、配慮のなさに理不尽な激おことなっていた。



 ――――――――――
 退廃した世界に続きはあるのか?
 それは望み薄……。
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