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◇第二部◇
第二六話 モンスターは勘弁しろしっ⁉︎【後編】
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目を瞑って覚悟を決めたまま、人生最期の時を神妙に待つ俺だったが……一向にやってくる気配がない。
三つ首の唸り声が未だ耳に届き、生くっさくも冷たい涎がポタポタと顔に落ちてくる。
獣特有の臭いと腐臭が入り混じった体臭が、俺の鼻にも届いている。
俺を諦めて何処かに去ったわけでは断じてなく、直ぐそこに未だ居るのに、だ。
(どう言う状況に――)
薄っすらと目蓋を開け様子を窺う。
「ガルルゥ」「グルルゥ」
左右二つ頭は其々が別々に牙を剥き、俺を威嚇してくる。
「バルルゥ」
真ん中の頭は俺を覗き込み、生くっさくも冷たい涎をポタポタと垂らしながら、滑稽なまでに鼻をスンスンと鳴らしているだけ。
(今まで俺が遭遇した人以外の野良ゾンビは、例外なく有無を言わさず襲いかかってきたと言うのに……何故だ?)
明らかに様子がおかしい。ご馳走とも言える餌が、目の前にあると言うのに襲ってこな――⁉︎
(も、もしかして……何かを判別しようとしているのか? それって――)
身体一つに頭が三つ。
更に其々に個性があり、別々に動いている。
そんな魔獣と言って差し支えない、モンスターのような姿と化してはいるんだが。
自我が残っているのやも知れん。
「ならば――」
一縷の望みを賭け、寝っ転がったままに、頭上の三つ首に向け左手を大きく突き出した。
そして、間髪入れず――。
「お座り! 待て! 良い子! シット! ウェイト! グッド! ズィッツ! ヴァルテ! ブラーフ! とにかくそんなだ!」
犬の躾ではお約束な用語を、念の為に英語とドイツ語も加えて必死に言い放ってみた。
用語に対応する大袈裟な身振り手振りまで行う、念の入れようでな?
すると――。
「ガルルゥ」「グルルゥ」「バルルゥ」
脚を揃えてちょこんと座り、威嚇する左右の頭は項垂れ、真ん中の頭が指示待ちの正位置で待機しやがった。
つまり、俺の意図が通じ、ちゃんと指示に従いやがった。
元の犬種がなんなのかは見た目からは判別できんし、俺もそれほど詳しくは知らん。
だがしかし。どうやら躾の訓練をされた飼い犬か何からしい。
それも命令を理解できるほどに賢い犬畜生らしい。
「――ビ、ビビらせんなよっ⁉︎ 俺、死んだって思ったわっ! まぢでそう思ったわっ! 全く!」
三つ首を避けて素早く身体を起こし、向き合うように胡座を組んで座る俺は、どっと疲れて項垂れるようにへたり込んだ。
床を眺めたままに、こんな姿でも自我が残ってくれていたことに安堵していると、再び大きな影が覆い被さってきた。
そして。俺の後頭部に生くっさくも冷たい滴が垂れ落ちてきやがった。
大惨事の予感が再び頭を過ぎる。
眺めていた床。それも目と鼻の先ほどの位置に、三つ首の前脚が窺えた。
(まさか――やっぱり俺を喰う気か)
身体が強張り、全身から嫌な汗が噴き出して、額から頬を伝っていくも、ゆっくり……本当にゆっくりと顔を上げ、目の前の三つ首の胴体から舐め上げるように見上げていく。
「ガルルゥ」「グルルゥ」「バルルゥ」
俺の頭上――真上には、三つの頭が覆い被さって、見下ろすように俺を見ていた。
腐った色の口内が丸見え。そのぐらい大きく三つの口が開いていた。
(やっぱり喰うのかよ……)
汚くも鋭い牙を剥き出しにし、六つの赤い眼を妖しく輝かせて、ゆっくりと俺に寄せてくる。
そして――。
「「「ヴォルルゥ」」」
同時に大きな三つ頭を俺に擦り寄せてきやがった。
それはまるで飼い主にでも甘えるかのような、戯れた仕草でだ!
「だ~か~ら~っ! ビビらせるなって言ってんだろうがっ! このやろーがっ!」
大概にモヤっときたので、其々の顎下から天辺までを、それはもう容赦なく思いっきり撫でまくってやった。
腐って汚れているにも関わらず、ゴールデンなレトリバーの如く、意外なほどにもふもふ。
「「「ヴォルルゥ」」」
嬉しいのかは知らんが、馬並みの図体だっつーのに前脚で俺を押さえ込み、左右其々の頭がのし掛かって更に甘えてくるときた。
「グハァ――重い、重いってっ⁉︎」
当然、押しつぶされた俺。
腐って色々と剥き出しになってる見た目や言うに、押さえつける肉球は意外にぷにぷになのなとか思っていたら、戯れついて邪魔をする左右の頭を払い除け、右肩の怪我を必死に舐めてくる真ん中の頭。
どうやら俺を気遣ってくれている模様。
実際、命の危険は最早なくなったので、三つ首にされるがままになっていた俺は、全身が生くっさくも冷たい涎でべっとべと。
万一にもベロチューされてたら、気絶もんだったところだ。
うぇ……気持ち悪ぅ……。
「なぁ……気持ちは有り難いんだが……退いてもらえる方が助かる」
言葉は通じないだろうが、三つ首の真ん中に向かってそう言いくるめ、左手で鼻先を押し返した。
すると舐めるのを止めて、正しく座り直してくれた。
(腐っても相当に頭の良い犬畜生だな……)
真ん中の頭は大人しく俺を見ているが、左右の頭は真ん中を挟んで、忙しなくお互いに戯れついていたり。
「頭が其々に個性があって、胴体は一つ。お前もこの退廃した世界で、大概、酷い目にあってるのな……可哀想に」
右肩を押さえながら胡座を組んで座り直し、改めて三つ首を眺める。
全身を覆う体毛の所為で解り難かったが、目元や爪の付け根、胴体などはやはり随分と腐っていた。
初めから……生まれた時から奇形であったかどうかは、俺の知るところでは全くないが、間違いなく別々の意志が介在している。
未知の細菌にやられ融合したにしてもファンタジー過ぎるが、目の前に存在している以上、こーゆー状態のゾンビだと認めざるを得ない。
「済まんが……お前の相手はもう終わり。俺は皆んなが待つ場所に帰りたい。解るか?」
真ん中の頭をじっと見据え、そう言ってみた。
ただ……話しかけたところで無駄だろう。
いくら賢いとは言え、相手は複雑な人語を理解できない、元はただの犬畜生なのだから。
仮に軍犬や警察犬、盲導犬などの厳しい訓練を受けていたのなら話は別だが、一般家庭の中で育った種類の犬であれば、躾で使う簡単な命令――言葉を発する際の抑揚と発音、つまり音階くらいでしか理解はできんだろうよ。
「さて……何とか戻らないとな――くっ」
失血しているうえ、激しく動いた所為もあってか、脚がもつれ前に倒れ込んでしまった。
直後、俺の首根っこを摘み上げられた。
甘噛みのつもりかは知らんが、鋭い牙がめり込んで結構痛いんですけど?
「な、何をする気だよ? ――やっぱ、喰うのか?」
真ん中の頭に首根っこを咥えられ、ぶら下る俺は諦め気味にそう言ってみた。実際、もう抵抗する体力もないからな。
「好きにするが良いさ……」
最後にそう呟いたあと、目の前が真っ暗になる。
そこから意識が途切れてしまうのだった――。
――――――――――
退廃した世界に続きはあるのか?
それは望み薄……。
三つ首の唸り声が未だ耳に届き、生くっさくも冷たい涎がポタポタと顔に落ちてくる。
獣特有の臭いと腐臭が入り混じった体臭が、俺の鼻にも届いている。
俺を諦めて何処かに去ったわけでは断じてなく、直ぐそこに未だ居るのに、だ。
(どう言う状況に――)
薄っすらと目蓋を開け様子を窺う。
「ガルルゥ」「グルルゥ」
左右二つ頭は其々が別々に牙を剥き、俺を威嚇してくる。
「バルルゥ」
真ん中の頭は俺を覗き込み、生くっさくも冷たい涎をポタポタと垂らしながら、滑稽なまでに鼻をスンスンと鳴らしているだけ。
(今まで俺が遭遇した人以外の野良ゾンビは、例外なく有無を言わさず襲いかかってきたと言うのに……何故だ?)
明らかに様子がおかしい。ご馳走とも言える餌が、目の前にあると言うのに襲ってこな――⁉︎
(も、もしかして……何かを判別しようとしているのか? それって――)
身体一つに頭が三つ。
更に其々に個性があり、別々に動いている。
そんな魔獣と言って差し支えない、モンスターのような姿と化してはいるんだが。
自我が残っているのやも知れん。
「ならば――」
一縷の望みを賭け、寝っ転がったままに、頭上の三つ首に向け左手を大きく突き出した。
そして、間髪入れず――。
「お座り! 待て! 良い子! シット! ウェイト! グッド! ズィッツ! ヴァルテ! ブラーフ! とにかくそんなだ!」
犬の躾ではお約束な用語を、念の為に英語とドイツ語も加えて必死に言い放ってみた。
用語に対応する大袈裟な身振り手振りまで行う、念の入れようでな?
すると――。
「ガルルゥ」「グルルゥ」「バルルゥ」
脚を揃えてちょこんと座り、威嚇する左右の頭は項垂れ、真ん中の頭が指示待ちの正位置で待機しやがった。
つまり、俺の意図が通じ、ちゃんと指示に従いやがった。
元の犬種がなんなのかは見た目からは判別できんし、俺もそれほど詳しくは知らん。
だがしかし。どうやら躾の訓練をされた飼い犬か何からしい。
それも命令を理解できるほどに賢い犬畜生らしい。
「――ビ、ビビらせんなよっ⁉︎ 俺、死んだって思ったわっ! まぢでそう思ったわっ! 全く!」
三つ首を避けて素早く身体を起こし、向き合うように胡座を組んで座る俺は、どっと疲れて項垂れるようにへたり込んだ。
床を眺めたままに、こんな姿でも自我が残ってくれていたことに安堵していると、再び大きな影が覆い被さってきた。
そして。俺の後頭部に生くっさくも冷たい滴が垂れ落ちてきやがった。
大惨事の予感が再び頭を過ぎる。
眺めていた床。それも目と鼻の先ほどの位置に、三つ首の前脚が窺えた。
(まさか――やっぱり俺を喰う気か)
身体が強張り、全身から嫌な汗が噴き出して、額から頬を伝っていくも、ゆっくり……本当にゆっくりと顔を上げ、目の前の三つ首の胴体から舐め上げるように見上げていく。
「ガルルゥ」「グルルゥ」「バルルゥ」
俺の頭上――真上には、三つの頭が覆い被さって、見下ろすように俺を見ていた。
腐った色の口内が丸見え。そのぐらい大きく三つの口が開いていた。
(やっぱり喰うのかよ……)
汚くも鋭い牙を剥き出しにし、六つの赤い眼を妖しく輝かせて、ゆっくりと俺に寄せてくる。
そして――。
「「「ヴォルルゥ」」」
同時に大きな三つ頭を俺に擦り寄せてきやがった。
それはまるで飼い主にでも甘えるかのような、戯れた仕草でだ!
「だ~か~ら~っ! ビビらせるなって言ってんだろうがっ! このやろーがっ!」
大概にモヤっときたので、其々の顎下から天辺までを、それはもう容赦なく思いっきり撫でまくってやった。
腐って汚れているにも関わらず、ゴールデンなレトリバーの如く、意外なほどにもふもふ。
「「「ヴォルルゥ」」」
嬉しいのかは知らんが、馬並みの図体だっつーのに前脚で俺を押さえ込み、左右其々の頭がのし掛かって更に甘えてくるときた。
「グハァ――重い、重いってっ⁉︎」
当然、押しつぶされた俺。
腐って色々と剥き出しになってる見た目や言うに、押さえつける肉球は意外にぷにぷになのなとか思っていたら、戯れついて邪魔をする左右の頭を払い除け、右肩の怪我を必死に舐めてくる真ん中の頭。
どうやら俺を気遣ってくれている模様。
実際、命の危険は最早なくなったので、三つ首にされるがままになっていた俺は、全身が生くっさくも冷たい涎でべっとべと。
万一にもベロチューされてたら、気絶もんだったところだ。
うぇ……気持ち悪ぅ……。
「なぁ……気持ちは有り難いんだが……退いてもらえる方が助かる」
言葉は通じないだろうが、三つ首の真ん中に向かってそう言いくるめ、左手で鼻先を押し返した。
すると舐めるのを止めて、正しく座り直してくれた。
(腐っても相当に頭の良い犬畜生だな……)
真ん中の頭は大人しく俺を見ているが、左右の頭は真ん中を挟んで、忙しなくお互いに戯れついていたり。
「頭が其々に個性があって、胴体は一つ。お前もこの退廃した世界で、大概、酷い目にあってるのな……可哀想に」
右肩を押さえながら胡座を組んで座り直し、改めて三つ首を眺める。
全身を覆う体毛の所為で解り難かったが、目元や爪の付け根、胴体などはやはり随分と腐っていた。
初めから……生まれた時から奇形であったかどうかは、俺の知るところでは全くないが、間違いなく別々の意志が介在している。
未知の細菌にやられ融合したにしてもファンタジー過ぎるが、目の前に存在している以上、こーゆー状態のゾンビだと認めざるを得ない。
「済まんが……お前の相手はもう終わり。俺は皆んなが待つ場所に帰りたい。解るか?」
真ん中の頭をじっと見据え、そう言ってみた。
ただ……話しかけたところで無駄だろう。
いくら賢いとは言え、相手は複雑な人語を理解できない、元はただの犬畜生なのだから。
仮に軍犬や警察犬、盲導犬などの厳しい訓練を受けていたのなら話は別だが、一般家庭の中で育った種類の犬であれば、躾で使う簡単な命令――言葉を発する際の抑揚と発音、つまり音階くらいでしか理解はできんだろうよ。
「さて……何とか戻らないとな――くっ」
失血しているうえ、激しく動いた所為もあってか、脚がもつれ前に倒れ込んでしまった。
直後、俺の首根っこを摘み上げられた。
甘噛みのつもりかは知らんが、鋭い牙がめり込んで結構痛いんですけど?
「な、何をする気だよ? ――やっぱ、喰うのか?」
真ん中の頭に首根っこを咥えられ、ぶら下る俺は諦め気味にそう言ってみた。実際、もう抵抗する体力もないからな。
「好きにするが良いさ……」
最後にそう呟いたあと、目の前が真っ暗になる。
そこから意識が途切れてしまうのだった――。
――――――――――
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