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◇第二部◇

第二四話 遂に年貢の納めどき……か?

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 昨日のドンチャン騒ぎから明けた今日、俺はまたも一人で散策に出ていたり。
 朝っぱらから何処に来ているかというと、所謂、県営図書館って所だよ。


 ◇◇◇


「はぁ……ネットでなんでも調べられた廃退前の環境が懐かしいわ」

 机に高く積み上げられた各専門書、蔵書の類いから一冊を手に取り、げんなりとした愚痴混じりに溜息を吐く。

 飛来した隕石によって突然変異させられた未知の細菌を、どうにかする気の利いた情報ってのは流石にねーけども。
 過去に汚染された、雨に含まれる有害物質を滅菌して無害にした方法などが記された蔵書を漁り、この状況を打開する手掛かりはないものかと、こうして手作業でいちいち紐解いていた。
 何せここには、ありとあらゆる濃ゆい専門書が、それこそどっさりと保管されてるんでね。
 飲み水にできない汚染された水資源を、なんとか利用できる物に変えれないものかと、先人が培った知識なんぞを調べにきていたわけで。

「アンタらも気の毒にな……」

 不意に足下に転がしたが目に入った。なので申し訳なさげにそう呟いた。

 実は図書館に蔓延っていた老若男女な野良ゾンビらを、調べ物をするのに邪魔臭いので、片っ端から動かぬ肉へと変えて……って、切り離した頭だけはモゾモゾと不気味に動いてんだけどもな。

 ついでなので、その中でも美味し――ゲフン。状態の良い若い女性の野良ゾンビらを、手土産として確保しておいたんだな。

 大きく背伸びをし気を取り直して、再び蔵書に目を通していく。

「とりあえず……サバイバルでは常識的な、普通の濾過ろかについては駄目っぽいな。もっと本格的に……それこそ上水道並の設備でもないと――否、それでも難しいか」

 だがしかし。色々な関連図書を読み漁って調べるも、効果的な目ぼしい事例や方法、理論に案も見当たらない。

「雑菌を殺す消毒法……って、飲料水にはできんよな。プールの消毒槽と変わりねぇ。そんなもん飲めるか、くそ!」

 イラついて投げやりになってきた俺は、読んでいた本をそこいらへと投げ捨てた。

 そもそも消毒剤の殺菌効果に影響を与える因子は数限りない――当然、消毒法も比例して増える。
 アルコールなどを用いる化学的消毒と、沸騰した水に浸けて煮る煮沸消毒が一般的だが、他にも物理的消毒、蒸気消毒、間歇消毒、紫外線殺菌と多岐に渡る。
 また効果も菌量に影響を受け、菌量が多いほど殺菌され辛いときた。
 本来は目的である対象の微生物に対して、最も効力を持つ消毒剤を選択することが、基本で重要なんだからな……。


 素人知識で多い勘違い。
 なんでもかんでもアルコールで除菌しとけば良いんじゃね? ってわけにはいかんのだよ。


「元がどんな細菌なのか解らん以上、ぶっちゃけお手上げだな。知り得た消毒法を手当たり次第に試して、それで駄目なら駄目ってこった」

 試す価値のある方法が載っているページだけでも膨大な数。それを俺のスマホで撮影し記録していった。

「せめて風呂と洗濯には使えて欲しいがな――ふぅ。スマホの記録容量ギリギリかよ」

 一応の用事が済んだので、転がしておいたお土産な野良ゾンビらを担ぎ、この場をあとにする。
 七三式の荷台へと積み込んだのちに、次なる目的地へと向かった――。


 ◇◇◇


「うっは……デジタル配信が盛んだったっつーに、結構な量があるもんだ」

 次に訪れたのは、図書館から歩いて行けるほど直ぐ近くにあるレンタルビデオ店。
 棚にそのまま残された、凄まじい数のジャケットを目の当たりにして、大いに喜んでいるだけだ。
 拠点であるボロ――もうボロじゃないな。
 皆んなでリフォームした際に、アパート全体に電気が通ったので、当然、文明の力……今や過去の遺産だが、便利な電化製品が各部屋で使えるようになったわけで。

「高級再生デッキと超大型液晶テレビは既に確保済み。娘さんのゲームに利用するだけでは、正直、勿体ないしな」

 映画館並み……とは言い難いが、サラウンドスピーカーに加え、迫力ある映像が愉しめる5Kの高速液晶テレビとブルーレイデッキなんだから、娘さんらの退屈凌ぎにビデオゲームだけってのも勿体ない。

「どうせなら皆んなが観て愉しめる、アニメや映画でもと思ってきてみれば……やっぱ選び放題だな」

 色んなジャンルの映像ディスクを、次々に買い物カゴへと放り込んでいく。

「しかし……あれだな。ゾンビなホラー映画とかパンデミック系は、今では洒落にならんからやめておくのが無難か」

 ホラー映画のコーナーで見つけた有名な洋画を手に取って、ちょいと苦笑い。

「それにしても小学生な女の子って……何が良いんだ? 好みがさっぱりだな。ちゃんと聴いてくれば良かったよ」

 聴かなかったのも悪いのだが、佐藤さん改め俺嫁を連れて来なかったのは痛恨のミスだよ、うん。
 野良ゾンビらもここには居ないようだし、次は皆んなも連れて来てやるか。


 そして。最後の最後に独特の間仕切りで区切られた場所に立ち、そっと足を踏み入れた――。


「俺嫁が既に居てるから、要らんと言えば要らんのだが……。だがしかし、あえて知的好奇心からなる探究心で娯楽を要求する!」

 そう。大人しか観てはいけないアダルティかつムフフなディスクがてんこ盛り。
 俺好み――たゆんたゆんでデラ別嬪ぺっぴんさんが素っぱで写っているジャケットを選んで手に取り、良い感じにちょろっとだけ持って帰るいけない俺。

「モザイクがなければな。あぁ……スマホ全盛期の頃は良かったな……。今日のところは、まぁ、こんなもんかな?」

 両手に提げたカゴが満タンになったところで、レンタル店から出て七三式に向かう……のだが。


 俺は目を疑った――。


「な、なん……だと……」

 素早く物陰に隠れ、息を殺して身を潜めた俺は、信じ難い光景にそう小声で呟く。

 何故ならば、乗ってきた七三式をひっくり返し、荷台から皆んなへのお土産を引き摺り出して貪り喰っている、七三式の車体よりも遥かに巨大な何かが目に入ったからだ。

 それはいつかは遭遇する、或いは現れると思っていた変異体。悍しい奇形姿のゾンビ犬だった。
 グチャグチャに崩れた三つの頭に、同じく腐った内臓や肋骨などが所々に見え隠れしている胴体が一つ。


 まるで地獄の番犬、ケルベロスのような姿でな?


「車を横倒しにできるくらいの巨躯で、更にそれ相応の力もあるってか。胴体一つに三つ首って……冗談は腐るだけにしといてくれってのな」

 あんなのは、最早、モンスターだ。普通にやりあっても勝てる気が全くしない。
 餌たる野良ゾンビを喰い尽くすかすれば、ここから離れていくだろうか。
 身を潜めてやり過ごすかと思案していた、その時――。

 三つ首の内二つの頭は、一心不乱に餌に貪りつき喰い漁っていやがったのだが、最後の一つが急に天を仰ぎ見て、鼻をスンスンと鳴らし周囲を嗅ぎ回り始めたのだ。

「チッ。七三式に残る俺の残り香でも辿ってやがるのかよ……腐っても犬だけに、嗅覚も数万倍っはあるってか」

 瓦礫を盾に隠れつつ、物音を立てないように慎重に後退りし、少しずつ距離を取る。

 だがしかし。目の前の異質な野良ゾンビに気を取られ過ぎ、かつ後ろ向きに後退っていたのが災いした。

「――ぐっ⁉︎」

 焼けるような鋭い痛みが、突如、右肩を襲う。

 這い寄っていた野良犬ゾンビに全く気づかず、俺の右肩の肉にがっちり喰らいつかれてしまったのだ。

 まさか別の個体が居ようとは……油断した。
 こいつがアレの配下か取り巻きなのか、或いは全く関係のないただの野良なのかは、当然、俺の知るところではないが。

「犬畜生がっ……クソったれ!」

 声を押し殺し、だらりと下がる利き手に持っていた土木用スコップを、右手から左手に持ち替えて反撃に出る。
 倒れ込むようにのし掛かって瓦礫に押さえつけ、俺の脇の下から背後の野良犬ゾンビの土手っ腹にぶっ刺してやった。
 更に突き刺さる土木用スコップをそのまま捻り、容赦なく抉ってやる。

 だがしかし、喰らいついたままで一向に離れない。

「ゾンビには痛覚がないだけに、抉ったところで無駄か――ならば!」

 喰らいつく頭を左手で掴み、俺の身体ごと何度も瓦礫に叩きつけてやる。
 その度に牙が抉り込んで痛みが増すが、ここで怯めば一巻の終わりだ。

「たかが腐った犬畜生の分際で! パンピー一般人とは違うんだよ、パンピーとは!」

 何度も叩きつけた所為で頭蓋が潰れ、腐臭漂う脳髄を撒き散らしたところで、ようやく喰らいついていた顎が外れ、ずるりと地面に滑り落ちた。

「はぁはぁ――はぁはぁ……」

 左手で必死に押さえるも、腕を伝って大量の血が滴落ちる。



 そして――。



「はぁはぁ――血の臭いを……はぁはぁ……嗅ぎつけやがったか……。これは……年貢の納め時ってやつかな……」
 
 悪態を吐く俺の直ぐ目の前に、三つ首の六つの鋭い赤い眼。
 その鋭い目は……既に俺を捉えていた――。



 ――――――――――
 退廃した世界に続きはあるのか?
 それは望み薄……。
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