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第一部 運命の出逢い。それは――。

二十発目 未体験で最弱のちっちょい矛を持つ青年――遂に一皮剥ける?【前編】

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 重々しく閉じる扉の前に一瞬で後退し、陣形を整えつつ臨戦体勢に移行する全員。

「どうやらスライム……の擬態ではなさそうね」

 両手に漆黒の短剣を携え、交差させるように身構えるアの女王。
 冷や汗が頬を伝って流れ、かなり険しい表情になっていた。

「史実にあった暗黒竜そのままの姿に御座いますが……どうにも違和感が拭えません。――主様。得体が知れない以上、ここは戦術的撤退が妥当かと」

 アの女王に付き従い、漆黒の短剣を構える職員さんも然り。

「あ、暗黒竜が相手だと、流石の儂でも手に余るわよ⁉︎」

 戦斧を盾に見立て構えるゲイデさんにしても真剣そのもの。

「精霊が怯えていた原因はこれか……。何にせよ、これは逃げるが勝ちだと思うわ」

 咄嗟に杖から錫杖に持ち替え、素早く防御結界を張るキズナさんも同様。


 さっきまでの巫山戯た態度は皆無。
 皆が皆、青褪めた深刻な表情で、想定外の事態に次に取るべき最善の行動を決めあぐんでいるのが伝ってきた――。


 そうこうする内に、推定、暗黒竜の口元から、禍々しい靄と漆黒の炎が燻り始めた。


 それは火炎息――ブレスを吐く前兆。


「ぜったい、だいじょうぶ、なの! にぃに……ううん。みんにゃ――みんな、まもる、なの!」

 無敵の呪文を唱え、皆の前にトコトコと歩み出るナイチチちゃん。
 巨大な盾を背凭れにし、キッと表情を引き締める。
 例の如くな絶対防乳防壁の姿勢で乳構え、火炎息を迎え撃つようだ。

 どんな敵であろうと関係なく、如何なる状況でも常に率先して矢面に立つ勇敢な美幼女は、相手が何であろうとも怯えることなく、皆を守る難攻不落な幼塞要塞と化し、一人そこに留まる。


 こんな緊迫した状況下でも、大人な俺達の誰よりも冷静沈着とは。
 流石に誰もが認める勇等級、世界最強の壁役の盾職シールダーだけのことはあるけど……。


 そして――。


「ここはわたち――わたしにまかちぇ――まかせて、さきにいけ、なの。――みんにゃ――みんな、にげる、なの!」

 せっかくの格好良い台詞を噛んでしまい、台なしにしたナイチチちゃんは、『失敗しちゃった、てへぺろ♪』っと照れ臭そうに舌を出しての苦笑い。
 更にそこから某紳士ならば庇護欲を掻き立てること必至の『にぱっ♪』で、流れるように誤魔化したり。


 ――ああ。
 寝る時に読んであげた、絵本の主人公を真似てるのか……可愛い過ぎかよ。


「――ば、馬鹿なこと言わないで⁉︎ 逃げるならナイチチも一緒よ!」

「ナイチチを置いて逃げれるわけないでしょ⁉︎ 時間稼ぎなら儂がやる!」

 そんなナイチチちゃんとは正反対に、血相を変えて叫ぶ御二方。

「子供だけ置き去りにして撤退なんて……流石の私にもできるわけないでしょ!」

 アの女王も然り。
 ナイチチちゃんを連れ戻そうとする。

「主様――私が囮になります。皆様はその隙に……。今まで仕えさせて頂き、有難う御座いま――」

 その傍を、漆黒の短剣を構える職員さんが素早く擦り抜けようとした。

「ダメよ!」「――主様」

 だがしかし、囮になんてさせないと、無駄死にで逝かせまいと、咄嗟に腕を掴んで引き戻したアの女王。


 皆の後ろで俺は、想定外の事態に冷静さも欠き、ただ困惑しているだけだった。
 

 丁度、その時――。


 推定、暗黒竜が巨大な鎌首を持ち上げ、音もなく大きく口を開いたと思った瞬間、闇に等しい漆黒の火炎渦が巻き上がり――、


「「「「――え?」」」」「――な⁉︎」

 前方の視界が、黒一色に染まった。


 それはまさに脅威だった。
 僅かに一瞬、瞬きする間の出来事。
 ナイチチちゃんが背凭れにしていた盾から真後ろ以外の全てが焼失し、漆黒の焦土と化した――。
 たった今、目にした事態が理解の範疇を遺脱し過ぎて思考が及ばず、ただ呆然としていた……。

「み、皆んな、無事⁉︎」

「御意」

「ナイチチの防乳防壁とキズナの防御膜のおかげでね」

「危なー⁉︎ 小さめの水着がキツキツですわ的に、ハミ出ない限界ギリギリまで結界の密度を絞っといて大正解だったわよ! こんなの薄々の膜を被せた程度では、確実に破れて新たな生命が爆誕してたわよ!」

 皆が各々に安堵する中、真面目なのか不真面目なのか絶妙に怪しげな物言いの某エロフも本気で焦っている。


 防御膜が破れ死体になっていたと、普通に言えば良いのに。
 このせっぱ詰まった状況下でも、全くブレない貴女には本気で敬意を表します。
 おかげさまで俺も冷静に戻り、脳内ツッコミを入れられました。
 なので今回に限り、良しとしておきます。


「ケホッ……すご……い、なの……ケホッ」

 そんな皆を守りきった、絶対防乳防壁を誇る鉄壁の幼塞要塞も健在――、


 否、様子がおかしい。


 乳構える身体がふらついたと思ったら、そのまま倒れ込んでしまうのだった。


「――ナ、ナイチチちゃん⁉︎」

 地面に倒れ伏す前に、素早く受け止めた。

「に……にぃに……おねむ、なの」

 顔から血の気が失せ、焦点もあっておらず、青紫になった小さな唇から掠れるように溢れる言葉――。


 この様子は尋常じゃない――。


「ちょっとちょっと! 私一人の防壁では持たないわよ!」

「ふむ、流石のナイチチも……年齢相応の体力だったみたい。ここまでぶっ通しだったからね。疲れたんでしょう」


 なるほど。そうか……そりゃそうだよな。
 休憩を挟んだとしても、大人な俺達と幼い子供では、体力も気力も何もかもが雲泥の差だよな。
 勇等級の冒険者ってことで、まだ七歳の幼女なんだってことを完全に失念してた。
 HAHAHA……阿呆の極みだよ、俺は……。


「代わりに儂が壁役を担うわ。オネェナメんじゃないわよ! エロフ、儂の最後の濡れ場になるかもだし、出し惜しみなしでお願い!」

「おっけ。付き合ってあげるわよ、ドワルフ。こうなったら……イクまでとことんハッスルしてヤるわよ!」

 微妙に巫山戯た物言いだったが、表情は余裕がなく真剣そのもの。
 皆を庇うように前に出る御二方は、チラリと俺を見てゆっくりと頷いた。


 ――任せた、と。


「ナイチチちゃん、口を開けて? これ……俺の飲んで。溢さず全部飲むんだよ……慌てないでいいから。ゆっくりと」

 言葉通りのただ眠いだけでないのが解った俺は、考えるよりも早い条件反射で、背嚢からあらゆる状況に対応できる万能薬を取り出し、震える唇に充てがった。

「んくっ……にがい……んくっ……ヤ、な――」

 俺に抱かれながら万能薬を飲み干すと、最後まで言葉を紡ぐことなく気を失って、スヤスヤと寝息を立て始めた。

「ふぅ……無理させてごめん。気づかなくてごめん。こんなに幼いのに良く頑張ったね」

 そのまま浅い呼吸で眠るナイチチちゃんを抱きかかえ、アの女王と職員さんの元へと連れて戻る。

 ナイチチちゃんと言う絶対防乳防壁を失った今、御二方が犠牲になろうと前に出た。
 それでも次の火炎息は完全には防げないだろう……絶対絶命の状況に陥ったわけだ。
 

 このままでは、誰かは生き残るかもしれないが、全員が助かる見込みはない。


「――良いのかそんなで? 俺は……」

 実力が伴っていなくとも、言葉ではなんとでも言える。
 今の俺にできることは少ない、或いはないかもしれない。
 だがしかし、俺はたった今、世界一の頑張り屋さんに約束したし、自分の心にも誓った。


 ならば、やらねばならない。
 例えそれが、どんなに無謀なことでも。


「――さて、今度は俺が守る番だ。こんなところで終わらせない。ナイチチちゃんの代わりに、俺が皆を必ず守ってみせる。――この命に代えてでも、ね。だからゆっくり休んでて良いよ」

 そう覚悟を決めた瞬間。
 俺の中でモヤっとしていた何かが、音を立てて弾け飛んだ――。


 そして。俺の中の何かが、今、解き放たれた――。



 ――――――――――
 強き美幼女は世界一の頑張り屋さんだった。
 ならば俺にしてもヤるしかないっしょ?
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