すぐ隣の非日常

紫ノ宮風香

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「にゃーーー」

隣のデスクから聞こえてくる猫の泣き真似の声。またか、と思うのも仕方ないはず。
派遣で入ってきた初日から、仕事中に猫の動画を見ながら猫の物真似をしているのだ。3日でクビが飛ぶだろうと思ったのに、半年過ぎてもまだ飛んでいない。

上司も猫好きなのだ。初日の段階でサボりの報告をしたのだが、猫の動画と言った途端になあなあにされた。
婚活中の女性上司と、まだ若い青年派遣。猫好きという共通項と、下心付きの依怙贔屓。
色々な意味でコンプライアンスどこいった。

嘆く暇があったらさっさと仕事を進めないと。どうせ、隣のデスクの派遣の青年がサボった分をやる羽目になるのは確定で、更には上司の仕事も時々押し付けられている。
しかも、上司の陰謀で残業しても全部認められず、しかし終電近くまで仕事をする日も多かった。



********************

ある日、終電に乗り遅れた時に、ネットカフェを探して歩いている僕の横に一台のバスが停車した。

──○○行きです

家に近い方向の行き先を告げられたが、昼食も夕食も食べる暇もなかった僕は、この時何故か猛烈な空腹感を自覚した。このままバスに乗ればきっと乗り物酔いしそうだ。

「すみませんが結構です」

本当は乗りたかったが泣く泣く諦める。

──獲物が増えなかったか

運転手がそう呟いた事を僕は知らなかった。
そう、僕はとんでもない禍の渦中にいただけではなく、違う禍まで真横に迫ってた事を後から知ったのだ。





********************

「「にゃーーー」」

隣のデスクだけではなく、上司からも猫の泣き真似の声がするようになってきた。
猫真似というよりは、猫そのものの仕草や鳴き声をしてるように見えてきた。何故なら二人とも、椅子に座ることもせずにスマホを床に置き、寝転がりながらアプリ画面を見て寛いでいる。

あまりにも酷い二人を何とかしなければと思い部屋を出る。課長は嫌味な性格をしているから部長に直談判をしよう。そう思いながら廊下を歩くが、社内に人の気配が全くない。
休日のわけがない。スマホで日付と時間を確認する。昼まであと2時間程。何故誰もいない?

ふと視界に動くものが目に入った。走り去る猫の姿。

「何故社内に猫・・・・・?」
「可愛いでしょう? でも何故貴方は変わらないのかしら」

呆然とした僕の呟きに後ろから声がした。
驚いて振り返った僕の視界には大量の猫がいて。声の主は見当たらぬまま、猫たちは僕を囲むかたちで近付いて来た。

一匹の猫が僕に飛びかかって来たところで、僕の意識は暗転した。
愛犬の鳴き声が何故か聞こえた気がする。





********************

──先生、○○さんのバイタル値が上がりました

女性の声と、周囲のばたつく気配。
うっすら目を開ければ、見えるのは白い天井。まわりに見えるのは白衣を着た人たち。

体が動かせず、声もうまく出せなくて、辛うじて現状を聞けたのは翌日の事。

僕は社内で勤務中に、階段の転落事故に巻き込まれたらしい。
事故の元凶は派遣で入ってきた青年で、入った初日に事故を起こすわ、彼も重体だったらしいのだがICUから突然いなくなったりで、かなり大騒ぎになったらしい。
室長は僕たちの事故のあった日から奇行が始まり、青年が行方不明になったのと同じ日から出勤してこなくなり音信不通だという。

僕は青年よりも状態が悪く、3日程危篤状態が続いたらしい。三途の川を見てない上に、会社で社畜状態の夢を見ていたのだ。悪夢以外の何物でもない。



そして退院の日、会社に寄って諸々の手続きをしてから帰宅した。何事もなく帰宅して、日常に戻れることを願いながら。
リハビリを兼ねて、家で飼っている愛犬の散歩がしばらくの間の日課になるだろう。





********************

最近我が一族は少子化で滅亡の危機に瀕している。
あまりやりたくない手段ではあるが、人間で適性のある魂を持つ者を同族化させる事になった。
今回は二名の予定だったのだが、予想外に一名が紛れ込んで来たので、纏めて同族化しようとしたが三人目が上手く行かない。
三人目だけ失敗したのでその後の監視をしようとしたが、天敵の気配がしたため離れざるを得なかった。





──犬の護りなどと忌々しい!
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