黄昏の騎士

紫ノ宮風香

文字の大きさ
上 下
5 / 8

3

しおりを挟む
薄くぼやけた世界は、また今日も目まぐるしくまわる。疲れきった大衆、雨上がりの雑踏、誰も私の事を気にもとめない。来るはずのない貴方を待ち続ける。ひとりだけ、この世界から取り残されたようで、酷く虚しい。
「帰ろうかな。」
そう呟いた時、目の前を見知った車が通り過ぎる。明るい橙ランボルギーニ。思わず目で追っていた。10数メートル先で止まったそれからは、その人物が降りてくる。予想外の期待に胸が小さく弾んだ。思わず水溜まりを乱す。しかし彼が駆け寄ったのはその助手席。開かれたドアからはオシャレに着飾った小柄な子が降りてきた。
「それじゃあ、また明日!」
数メートルの距離にいるはずの恋人。こちらに気づく様子もなく、2人は抱擁し合う。呆然と立ち尽くす私には、それが醜く美しいものに見えた。駅の中へと入っていく人物と、それを見送る人物。そして、それを見つめる人物。同じ舞台の登場人物なのだろうか。それとも、私はただの見物客に過ぎないのか。
「あれ、やっぱりお前だったのか。もしかして、朝からずっと?」
主人公は、真っ直ぐにこちらへと歩み寄ってくる。口ぶりからして、今日の約束は覚えていたようだ。
「あ、うん、おつかれさま。」
いつものように笑顔を向ける。
「今から帰るところ?良かったら、今からどっか行く?」
殆どの人が帰路に着く頃、あのヒロインもその中の1人だったのだろう。彼の言葉に含まれているものは残酷なものなのだった。
「でも、疲れてるんじゃないの?」
「明日も休みだし、俺は全然構わないよ。お前が嫌なら無理にとは言わないけど。」
「んーん、私も大丈夫だよ。」
違う。明日は講義もバイトもある。
「じゃあ、乗りな。」
ドアを開けてくれる。さっきまで、別の人が座っていた席。微かに香水が漂う。彼好みの甘い匂い。今日の私と、同じ匂い。
「ありがとう。」
私の笑顔の奥には、一体何が孕まれているのだろうか。車に乗り込み、シートベルトを締める。
「どこいくの?」
「いつものところ。」
「そっか。」
もしかしたらという期待も、いとも簡単に打ち砕かれる。
車窓から見える舞台裏は、疲弊仕切っていた。各々が、今日の公演を終えたのだろう。
本来なら、私の舞台も華やかとは言わずとも充実したものなはずだった。10時間遅れの開始。淫猥なシナリオ。道化は笑顔を浮かべる。
妙に肌寒いここは、メインシーンへの馬車の中だろうか。
暫くすると、見慣れた通りが見えてくる。もうすぐお城に到着だ。
「あ、そういえばさ、今日新しい服来てみたんだ!似合うかな?」
「あー、そういやそれ見た事ないな、似合ってんじゃん。」
「ありがとう!」
本当は、よく見てない事も分かっている。惨めな道化は大袈裟に笑顔を作っていた。


「あー、やっぱちょっと疲れた。」
主人公はベットに倒れ込んだ。ぐるりと寝返りをうつ。
「ほら、来いよ。」
その言葉に、ゆっくりと跨り身体を倒す。トキメキも何も無い。冷めた熱が湧き上がった。
「お前上手いよな…。」
「ふふ。」
接吻の最中、そんな会話を交わす。熱は燃え上がると同時に温度を下げていく。
「ほら、して?」
彼がゆっくり擦り付ける。ここの所の流れだ。身体を起こし、ベルトを外す。少し大きくなったそれを口に含み、舌で撫でる。徐々に大きさが増していき、腰の動きも加わった。頭を押さえつけられ、息が苦しくなる。いやらしい音が響き渡り、速度をあげていく。
「ふっ…っあぁ…。」
微かな喘ぎと共に口内に液体が放たれた。嚥下するまでは放してもらえない。残りを吸い出し、吐き気を抑えながら無理やり押し込んだ。
「…口、洗っておいで。」
「うん…。」
その後、どうなるかは分かっている。口をゆすぐと、そっと部屋に戻った。顔を覗き込むと、案の定穏やかな寝息を立てていた。
「…おやすみ。」
高揚すら覚えないそれに自嘲を浮かべながら、隣りに横になる。視界が歪んだ。
「ふっ……ぅう…。」
主人公の演劇はもう終幕だ。起こさぬよう、息を殺しながら嗚咽をこぼす。
その感情の正体は分かっていた。
私とのデートの当日、彼は他の人とずっと一緒にいたのだ。約束の10時間後にその相手と赴いた。そして何食わぬ顔で欲を満たした。そこに愛などある筈がなかった。分かっていて、‪私はそれを拒むことは出来ない。嫌いになる事すら出来ない。
私には彼しかいない。そうでは無いと、周りに目を向ければ幾らでも他の人はいると、分かっている。しかし、私の事をしっかり見てくれる人は二度と現れない気がする。彼も、1度は私を愛してくれたのだ。体調を崩した日には、泊まり込んで世話を焼いてくれた。彼が困ってる時には相談もしてくれた。頼ってくれた。私には彼以外居ないのだ。私さえ我慢すれば、私はずっと彼の舞台にたっていられるのだ。間違っているとは分かっている。それでも、またいつかを思い出す。
「いっそ、私だけを見てくれればいいのに。」
ふらつきながら起き上がる。隣で眠る彼はそれに気付く素振りもない。ゆっくりとバッグを漁った。それを手に、再び彼に跨った。
「ん…なに…。」
不機嫌そうな声。
「大丈夫だよ。すぐに楽になるから。」
振り上げた腕を下げると同時に、ゆっくりと上体をおろす。
生暖かい液体が溢れ出る。
「………!!!」
彼の唇に自分のそれを合わせる。
みると、既に眼は虚ろだった。
刺した物を引き抜くと、血潮が舞った。
衝動に駆られ、傷口に顔を埋めた。何度も嚥下する。体内に彼が入ってくる。一つになれた。本当の意味で。
熱が増し、温度が上がる。
やっと、私たちは結ばれた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

【コミカライズ&書籍化・取り下げ予定】お幸せに、婚約者様。私も私で、幸せになりますので。

ごろごろみかん。
恋愛
仕事と私、どっちが大切なの? ……なんて、本気で思う日が来るとは思わなかった。 彼は、王族に仕える近衛騎士だ。そして、婚約者の私より護衛対象である王女を優先する。彼は、「王女殿下とは何も無い」と言うけれど、彼女の方はそうでもないみたいですよ? 婚約を解消しろ、と王女殿下にあまりに迫られるので──全て、手放すことにしました。 お幸せに、婚約者様。 私も私で、幸せになりますので。

【商業企画進行中・取り下げ予定】さようなら、私の初恋。

ごろごろみかん。
ファンタジー
結婚式の夜、私はあなたに殺された。 彼に嫌悪されているのは知っていたけど、でも、殺されるほどだとは思っていなかった。 「誰も、お前なんか必要としていない」 最期の時に言われた言葉。彼に嫌われていても、彼にほかに愛するひとがいても、私は彼の婚約者であることをやめなかった。やめられなかった。私には責務があるから。 だけどそれも、意味のないことだったのだ。 彼に殺されて、気がつけば彼と結婚する半年前に戻っていた。 なぜ時が戻ったのかは分からない。 それでも、ひとつだけ確かなことがある。 あなたは私をいらないと言ったけど──私も、私の人生にあなたはいらない。 私は、私の生きたいように生きます。

もう死んでしまった私へ

ツカノ
恋愛
私には前世の記憶がある。 幼い頃に母と死別すれば最愛の妻が短命になった原因だとして父から厭われ、婚約者には初対面から冷遇された挙げ句に彼の最愛の聖女を虐げたと断罪されて塵のように捨てられてしまった彼女の悲しい記憶。それなのに、今世の世界で聖女も元婚約者も存在が煙のように消えているのは、何故なのでしょうか? 今世で幸せに暮らしているのに、聖女のそっくりさんや謎の婚約者候補が現れて大変です!! ゆるゆる設定です。

なんども濡れ衣で責められるので、いい加減諦めて崖から身を投げてみた

下菊みこと
恋愛
悪役令嬢の最後の抵抗は吉と出るか凶と出るか。 ご都合主義のハッピーエンドのSSです。 でも周りは全くハッピーじゃないです。 小説家になろう様でも投稿しています。

王妃そっちのけの王様は二人目の側室を娶る

家紋武範
恋愛
王妃は自分の人生を憂いていた。国王が王子の時代、彼が六歳、自分は五歳で婚約したものの、顔合わせする度に喧嘩。 しかし王妃はひそかに彼を愛していたのだ。 仲が最悪のまま二人は結婚し、結婚生活が始まるが当然国王は王妃の部屋に来ることはない。 そればかりか国王は側室を持ち、さらに二人目の側室を王宮に迎え入れたのだった。

処理中です...