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第五章──死の先までも輝らす光

死の先までも輝らす

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「テル、どうしたノ? ボーッとしテ」

「……あ、あぁ、ごめんシエ──チェネ、ラ?」

穏やかな緑の生え揃った小さな森の、小さな集落。
木漏れ日の眩しい木の下の小屋で、テルは混乱していた。

「ここは──どこだ?」

「テルったラまた寝ぼけテ……ま、ここのトコ忙しかっタみたいだシしょーがないカ。ホラ、朝ごはん出来てるヨ」

前に見た時より少し若い気がするが──間違いなくチェネラだ。
──母と別れて来た先に、何故チェネラが。

ここはエルフの村ではないはずだ。
迷宮の最下層へと、戻らねばならないのに──何故。

「あ、勇者様! おはようございます!!」

開いた窓の奥からかかってくる声に、さらにテルは困惑した。

そして、鋭い痛みが脳を襲う。

「ゆう、しゃ……? ……まさか」

少し若いチェネラ、勇者と呼ばれたテル。

これは──空白の、百年前の記憶。

「まだ、俺は夢の中──なのか」

「テル?」

こちらを覗き込んでくるチェネラに、テルは確認するように聞く。
断片的に思い出した記憶が本物かどうか、確かめるために。

「チェネラ、俺たち……どういう関係だっけ」

「も、もー……言わせル? ……恋人だヨ」

照れながら言うチェネラに─テルは記憶がぉんどん融解していくのを感じた。

空白の記憶が、埋まっていく。

──「チェネラ、好きだ。一緒にいてくれ──」

──「──よろこんで……っ、どうしヨ、今、すごくうれしイ……っっ!!」

「……どうしたノ、テル。ひどい顔してル」

膨大な記憶の奔流が、頭に流れて来る。
そうだ。
百年前もテルは、支えられて生きていた。

支えられて、支えて、生きるために、そして──。

最後、負けたのだ。

この日常を、百年前テルは守り抜くことが出来なかった。

──「なん、だ、お前は──ッ!!」

──「俺は闇だ。お前の犯した過ちのな」

あの男に、全てを奪われて無残に負けた。
そこにチェネラは──いなかった。

「ごめん、ごめんなチェネラ」

ああ、チェネラはどんな気持ちでテルを送り出したのだろう。
チェネラは、テルの帰還をどんな気持ちで聞いていたのだろう。

何より、チェネラは。

テルとシエラの関係を、どう思うのだろう。

チェネラからすれば、横から奪われた形だ。
しかもテルは、チェネラのことを一切覚えていなかった。

それが──どんなに、どんなに悲しいことか。

「ほんとに、ごめん、俺は──最低だ……」

シエラとチェネラ、二人からどちらかを選べと言われたら、テルは間違いなくシエラを選ぶだろう。
その事実が、更に罪悪感となってテルを押し潰していた。

「────いいんだヨ。ミーはテルを守れなかっタから、テルの隣に立つ権利なんてもうなイ」

「チェネラ……」

「それより、ほら、呼ばれてるヨ。……どんなニ後悔してモ、過去は変えられないんダ。ここデ立ち止まっててモ、何も得るものはないヨ」

そう断言するチェネラに、テルは自嘲めいた呟きを残す。

「チェネラは──強い、な」

「そウ、ミーは強いんダ。だからもうユーの助けはいらなイ。……でモ、ユーの助けが必要な子がすぐそこニいるでショ? ユーが居るべき場所はここじゃないんダ。……行ってオイデ」

そうだ。もう百年も経ってしまった。
諦めて、前を見るには十分過ぎる時間が──チェネラにはあったのだ。

百年が経って今更テルが現れたところで──もう、諦めきった後なのだ。

諦めきれていないのは、テルの方だ。
チェネラを見習って、過去に見切りをつけて──前を、前を見なければならない。

だから───テルが今。

テルが今、するべきことは。

「あぁチェネラ──行ってくる」

チェネラに、伝えるべきことは──。

「今まで支えてくれて、ありがとう」

謝罪ではなく、感謝だ。

せめて、終わってしまった過去を少しでも良かったと思えるように。

過去という闇に覆われた今を、精一杯輝らしていくことだけが──テルの、唯一できる事だ。

「──どういたしまシテ」

チェネラの返答を聞いたその瞬間、世界が崩れていく。
森は暗闇へと変わっていき、零れていた光もついには消えてなくなる。

真っ暗闇に陥った視界で──しかしテルの意識は眩く輝いた。

「さッさと起きろォ!!」

「テル、戻ってきて────ッ!!」

二人の声がする。答えねばならない。

答えて、テルは───。

「────あぁ!!」

『何─────ッッ!?』

体の中で溢れんばかりに暴れるこの闇に、最後の一撃を。
溢れる魔力と──そして、勇者の力【聖光】を解き放つ。

「眠れ、【輝聖晄ホーリー・ノヴァ】──ッ!!」

テンキとテルの【聖光】が合わさり、勇者史上最強の一撃が闇に加わる。

そしてついには浄化され、一片の塵も残さず──。

影は、ついに消滅した。

「────終わっ、た……?」

「あぁ、俺たちの勝利だ」

全て思い出した。
体も取り戻した。
奴も消えた。

シエラも、テンキも、そしてディアボロもちゃんとここに生きている。

──テル達の、完全勝利だった。



■ ■ ■

生まれた時から、彼には意味が与えられていた。

彼はシステムエラーを排除するセキュリティであり、それだけが生まれた意味であった。

灰色の世界で、与えられた任務のみを忠実に遂行するマシーン──それが彼だった。

そんな彼は篠崎 輝というウイルスを見て──羨ましいと思った。

──悩んで、生きる意味を、模索して。
──自分で決めて、周りを巻き込んで光のように進んでいく彼が。

灰色の世界で無感情に生きる彼にはとても、眩しく見えた。

自分も、生きる意味を自分で決めてみたかった。

ならば──と。

手始めに、篠崎 輝の体を奪った。

この時ただのセキュリティであった彼が神を超えるための物語が始まったのだ。

だが、彼の目的は変わり、ねじ曲がってしまった。

目的はあくまでも、生きる意味を決められた灰色の世界から脱出することだったはずなのに。

神の座に目が眩んだか、それとも時の流れのせいか。

いつの間にか目的と手段が入れ替わってしまった。

そして今──彼は消えた。
篠崎 輝とその仲間の、途方もない知恵と努力によって、彼の百年に及ぶ計画は頓挫した。

『俺は──』

最期──浄化の光に消えかかった意識の中で。

『自分で、自分を決めたかっただけ……だったん、だな』

彼は目的を思い出す。


そして、その目的が既に、達成されていることに気づいて──。

彼は、安らぎの中で消失した。

偶然であり、意図して行ったことではないとはいえ──。
篠崎 輝は一人の人生を変え、そして。

死の先までも、輝らしたのだ。
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