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第二章──勝ち取れ栄光、英級昇格争奪戦
嗤う影には福がある──?
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「……89500……っすか。信じられないっす……こりゃ、勝てないっすね」
「ありえません……ッ!! この数値では、一日のうちの殆どを深部で過ごしている計算になります! こんな、命がいくつあっても足りませんよ……ッ!」
「『嵐』の目撃情報は朝から夕方までみっしりっすから、間違いなく一日中篭ってるっす。控えめに言って狂ってるっすね……」
一人で息の詰まるような閉所、しかも常に死の隣。どんな屈強な冒険者でも迷宮に長時間潜るのは躊躇う。
それを、毎日。しかも、あの少女が。
実際は一人ではない。それに加え、異世界からの転生者であるテルにとって、迷宮探索が娯楽であることがこの莫大な貢献値の大きな理由になっているのだが──。
それを知る由もないフリードはただただ驚愕し、冷や汗を垂らした。
「しかも、その、言いにくいんすけど」
「……? なんですかスー、ハッキリ言いなさい」
「今月、英級冒険者になれるのは……一名のみ、らしいっす……」
「な…………っ」
それ自体は特段、珍しいことでもなんでもない。
基本的には五人だが、英級冒険者の人数や迷宮の攻略状況によってはゼロ人すら有り得るのだ。
だが、タイミングがまずい。
「私が英級昇格を逃す……? ダメです、そんなことは、あってはならない……!!」
「フ、フリード様……」
暗い影のように覆う未来がフリードの視界を遮った。
───このままでは、負ける。
フリードはそれから、ひたすらに迷宮に籠った。
シエラを追い越すために。
フリードには、どうしても今すぐに英級にならなくてはならない理由がある。
「はァッ!!」
ただ闇雲に魔物を斬り伏せ、貢献値をより多く獲得するためだけの生活を送った。
陽の光を全く浴びない日すらもあるほどに。
スーは止めたが、フリードは聞かない。
例え自分の寿命が縮まったとしても、成さねばならぬ事なのだ。
だが、それにも限界がある。
「フリード様!! 危ないっす!!」
魔物の群れの最後の一匹を仕留めようと剣を振りかぶったその時、足がぐらりと揺れた。
「な───」
尻もちをついてしまったフリードは、立ち上がることが出来ない。
労働限界を迎えた体は言うことを聞かず、全く動けないのだ。
「この──ッ」
スーが投げナイフで迎撃するが、レベルの高いこの層の魔物には傷一つつけられない。
「フリード様から、離れるっす……ッ!!」
懇願するようなスーの叫びは虚しく、届かない。
そして、フリードに迫った魔物は───。
横から影に、貪り尽くされて跡形もなくなった。
一人の男が立っていた。
闇のように黒い髪と、体を覆い尽くす同じく真っ黒な外套は正しく──影。
それを見るや否や、スーはフリードにかけよって安否を確認する。
「……!! フリード様!! フリード様、お怪我はないっすか!?」
「えぇ、大丈夫です、スー。……どなたかは、存じませんが。──ありがとう、ございます」
影を操る男はフリードの礼には答えず、ただ一言こう告げた。
「負けたくないか?」
心を見透かしたような男の発言にフリードは眉を潜めた。
「おっとと。あんま警戒すんなよ……勝ちたいんだろ? 俺お前みたいな貪欲なやつは好みだからな。勝てる力をやる」
ぶっきらぼうに言い放ちながら手で弄ぶそれは、紅く煌めく魔水晶。
魔法陣と一定量の魔力が封じ込められており、誰でも魔法を使うことが出来るようになっているアイテムだ。
だが───フリードは赤いものなど、ついぞ見たことがなかった。
「……なんですか、それは」
「お前にやるモンだよ。ま、簡単に言えば最下層のゲートモンスターすら一瞬で片付けちまうレベルの魔法爆弾だ。……使い方は、分かるよな?」
「……はいそうですかと受け取ると思うっすか? 助けて貰ったことは礼を言うっす。でも、それとこれとは別。さっさとお引き取り願うっす」
そう主張するスーに男はひゅうと肩を竦め、フリードになおも捲し立てる。
「お前の配下はそう言ってるが……お前は違うよな? なぁフリード・アドバン。勝ちたいだろ? いや…………勝たなきゃ、ダメなんだろ?」
全てを見透かしたように嗤う影は、フリードを揺さぶるのにはあまりにも充分だった。
「っ、何故それを……っ!!」
「俺は顔が広くてな。情報なんて突っ立っていたって入って来るんだよ。……で、理由だったか? 俺は融通が効く英級冒険者が欲しい、英級には利用価値のある特権がいくつかあるからな。……それだけだ」
「……本当に、それだけ、なんですね」
フリードは手を伸ばす。
今更手段なぞ、選んではいられない。
「あぁ。……どうだ、やる気になったか?」
「フリードさ「黙りなさい!!」」
否定を遮られたスーは、続くフリードの言葉にどうしようもない不安を覚えて自分の身を抱く。
「いいでしょう。有難く受け取っておきます」
「あぁ。それでいいんだ」
嗤う影は妖しく揺れて闇に融けた。
「フリード様……」
■ ■ ■
──第八十層のゲートモンスター近々復活、今月の英級ここで決まるか!?──。
ギルド内では新聞が発行されており、冒険者ならば誰でも購読することが出来る。
その新聞の、今日の一面の見出しがこれだったのだが───。
テルは、朝食のパンケーキらしきモノを切り分けながらこれを睨んでいた。
「どう思う」
『どうもこうも、誰が流出させたんだろう……って感じ。正確な予想日まで書いてあるし……これじゃあとんでもない数の人が押し寄せて混乱しちゃうよ』
「あぁ。しかも英級になれるのは今月一人なんだろ? ……なんか競わされてる気がする、裏がありそうだよな」
『……流石に考えすぎかな、とも思うけど……とにかく、ゲートモンスターを取られるわけにはいかないから気合い入れなきゃね』
「あぁ」
全く、どこの誰かは知らないが面倒なことをしてくれたものだ。
……予想日はナイアガの月、二十八日──つまり、明後日。
シエラの予想と一致しておりデマではない。
泣いても笑っても明後日、テルとシエラの未来が決まる。
今のところはテルがトップを走っているだろうが──。
一万という貢献値のアドバンテージは、それを覆すほどに大きい。
「気合い、入れなきゃな」
この甘いパンケーキ(らしきもの)と違い、現実は甘くはない。
今からしっかり準備しなければ、到底勝ち抜くことは出来ないだろう。
『じゃ、今日も陣の勉強と無陣の練習ね』
「あ、あぁ……うん……」
シエラのスパルタぶりにも、かなり磨きがかかって来ていた。
「ありえません……ッ!! この数値では、一日のうちの殆どを深部で過ごしている計算になります! こんな、命がいくつあっても足りませんよ……ッ!」
「『嵐』の目撃情報は朝から夕方までみっしりっすから、間違いなく一日中篭ってるっす。控えめに言って狂ってるっすね……」
一人で息の詰まるような閉所、しかも常に死の隣。どんな屈強な冒険者でも迷宮に長時間潜るのは躊躇う。
それを、毎日。しかも、あの少女が。
実際は一人ではない。それに加え、異世界からの転生者であるテルにとって、迷宮探索が娯楽であることがこの莫大な貢献値の大きな理由になっているのだが──。
それを知る由もないフリードはただただ驚愕し、冷や汗を垂らした。
「しかも、その、言いにくいんすけど」
「……? なんですかスー、ハッキリ言いなさい」
「今月、英級冒険者になれるのは……一名のみ、らしいっす……」
「な…………っ」
それ自体は特段、珍しいことでもなんでもない。
基本的には五人だが、英級冒険者の人数や迷宮の攻略状況によってはゼロ人すら有り得るのだ。
だが、タイミングがまずい。
「私が英級昇格を逃す……? ダメです、そんなことは、あってはならない……!!」
「フ、フリード様……」
暗い影のように覆う未来がフリードの視界を遮った。
───このままでは、負ける。
フリードはそれから、ひたすらに迷宮に籠った。
シエラを追い越すために。
フリードには、どうしても今すぐに英級にならなくてはならない理由がある。
「はァッ!!」
ただ闇雲に魔物を斬り伏せ、貢献値をより多く獲得するためだけの生活を送った。
陽の光を全く浴びない日すらもあるほどに。
スーは止めたが、フリードは聞かない。
例え自分の寿命が縮まったとしても、成さねばならぬ事なのだ。
だが、それにも限界がある。
「フリード様!! 危ないっす!!」
魔物の群れの最後の一匹を仕留めようと剣を振りかぶったその時、足がぐらりと揺れた。
「な───」
尻もちをついてしまったフリードは、立ち上がることが出来ない。
労働限界を迎えた体は言うことを聞かず、全く動けないのだ。
「この──ッ」
スーが投げナイフで迎撃するが、レベルの高いこの層の魔物には傷一つつけられない。
「フリード様から、離れるっす……ッ!!」
懇願するようなスーの叫びは虚しく、届かない。
そして、フリードに迫った魔物は───。
横から影に、貪り尽くされて跡形もなくなった。
一人の男が立っていた。
闇のように黒い髪と、体を覆い尽くす同じく真っ黒な外套は正しく──影。
それを見るや否や、スーはフリードにかけよって安否を確認する。
「……!! フリード様!! フリード様、お怪我はないっすか!?」
「えぇ、大丈夫です、スー。……どなたかは、存じませんが。──ありがとう、ございます」
影を操る男はフリードの礼には答えず、ただ一言こう告げた。
「負けたくないか?」
心を見透かしたような男の発言にフリードは眉を潜めた。
「おっとと。あんま警戒すんなよ……勝ちたいんだろ? 俺お前みたいな貪欲なやつは好みだからな。勝てる力をやる」
ぶっきらぼうに言い放ちながら手で弄ぶそれは、紅く煌めく魔水晶。
魔法陣と一定量の魔力が封じ込められており、誰でも魔法を使うことが出来るようになっているアイテムだ。
だが───フリードは赤いものなど、ついぞ見たことがなかった。
「……なんですか、それは」
「お前にやるモンだよ。ま、簡単に言えば最下層のゲートモンスターすら一瞬で片付けちまうレベルの魔法爆弾だ。……使い方は、分かるよな?」
「……はいそうですかと受け取ると思うっすか? 助けて貰ったことは礼を言うっす。でも、それとこれとは別。さっさとお引き取り願うっす」
そう主張するスーに男はひゅうと肩を竦め、フリードになおも捲し立てる。
「お前の配下はそう言ってるが……お前は違うよな? なぁフリード・アドバン。勝ちたいだろ? いや…………勝たなきゃ、ダメなんだろ?」
全てを見透かしたように嗤う影は、フリードを揺さぶるのにはあまりにも充分だった。
「っ、何故それを……っ!!」
「俺は顔が広くてな。情報なんて突っ立っていたって入って来るんだよ。……で、理由だったか? 俺は融通が効く英級冒険者が欲しい、英級には利用価値のある特権がいくつかあるからな。……それだけだ」
「……本当に、それだけ、なんですね」
フリードは手を伸ばす。
今更手段なぞ、選んではいられない。
「あぁ。……どうだ、やる気になったか?」
「フリードさ「黙りなさい!!」」
否定を遮られたスーは、続くフリードの言葉にどうしようもない不安を覚えて自分の身を抱く。
「いいでしょう。有難く受け取っておきます」
「あぁ。それでいいんだ」
嗤う影は妖しく揺れて闇に融けた。
「フリード様……」
■ ■ ■
──第八十層のゲートモンスター近々復活、今月の英級ここで決まるか!?──。
ギルド内では新聞が発行されており、冒険者ならば誰でも購読することが出来る。
その新聞の、今日の一面の見出しがこれだったのだが───。
テルは、朝食のパンケーキらしきモノを切り分けながらこれを睨んでいた。
「どう思う」
『どうもこうも、誰が流出させたんだろう……って感じ。正確な予想日まで書いてあるし……これじゃあとんでもない数の人が押し寄せて混乱しちゃうよ』
「あぁ。しかも英級になれるのは今月一人なんだろ? ……なんか競わされてる気がする、裏がありそうだよな」
『……流石に考えすぎかな、とも思うけど……とにかく、ゲートモンスターを取られるわけにはいかないから気合い入れなきゃね』
「あぁ」
全く、どこの誰かは知らないが面倒なことをしてくれたものだ。
……予想日はナイアガの月、二十八日──つまり、明後日。
シエラの予想と一致しておりデマではない。
泣いても笑っても明後日、テルとシエラの未来が決まる。
今のところはテルがトップを走っているだろうが──。
一万という貢献値のアドバンテージは、それを覆すほどに大きい。
「気合い、入れなきゃな」
この甘いパンケーキ(らしきもの)と違い、現実は甘くはない。
今からしっかり準備しなければ、到底勝ち抜くことは出来ないだろう。
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シエラのスパルタぶりにも、かなり磨きがかかって来ていた。
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