1 / 38
プロローグ──2人ではじめる異世界生活
転生なのにチュートリアルはないらしい
しおりを挟む信じている。
地を這いずり、泥を啜って生きている自分にも、きっと形勢逆転一転攻勢のチャンスがあると。
いつか、いつか必ず目にもの見せてやると──。
そう──誓っていたのに。
「逃げなさい!!」
残酷なまでの赤が、暗い暗い闇に未来を閉ざした。
ここでお前は終わりなのだと、嗤う声が聞こえる。
「逃げなさい!!」
逃げてなんになるというのか?
既にこの教会は地獄と化した。
逃げたってその先にはまた地獄だ。
要するに、無駄。全てが無駄なのだ。
「逃げな────ぁ」
あぁ、死んだのか。
この優しい人も、ついに死んでしまったのか。
黙って隠れていればいいものを、自分のことを省みずにした行動の結果がこれか。
神とはなんなのだろう。
このような善良な者を救わぬ神など、果たして存在していて良いのか。
いや──あるいは。
この目の前の地獄を作った闇が、神のそれを超えているのか。
ともかく、先程まで確かにそこにいた人間は今無に帰したのだ。
……そしてきっと、自分も。
これから──。
どうせ、どうせ死んでしまうのなら。
最後に一泡吹かせてやろう、と。
震えて言うことを聞かない足を叩いて、ひたすらに走った。
奥へ、奥へ。
この残虐な影の踊る地獄から、逃げることなど到底かなわない。それは分かっている。
それでも走って、走って、走った。
助かる確率は、一パーセントにも満たないだろう。
だがそのリスクで何かがこぼれ落ちるほど、たくさんのものをもう自分は持っていない。
たどり着いた黒く光る魔法陣の前で、とっくに枯れた喉から必死で声を絞り出す。
さぁ、この地獄を作った者よ。
今度はお前が地獄を見る番だ。
魔法陣と短い詠唱によって構築された式は、瞬く間に光を呑み込んで──その静寂の暗闇に、全てを託してゆるやかに融けた。
■ ■ ■
「……あ? なんだこれ」
──まだ夢を見ているようだ。
そう篠崎 輝の脳は判断した。
教会らしき建物の中で、人々がなすすべなく黒い影に惨殺されている。
あまりにもファンタジーで作り物の話らしく、それが現実であるはずがなかった。
「う、ううん……」
だが同時に、ただの夢だと片付けて二度寝を決め込むにはいささか勇気が足りなかった。
夢にしては妙にリアルで、輝の足は震えた。
「……な? え、こ、これって……お、女ッ!?」
下を向いた瞬間に見えた、自分の体。
顔にかかるしなやかな金の髪。どう考えてもあるはずのない、慎ましやかながら存在感のある胸。
とにかく、女だった。
「流石にこれは夢だろ……?」
よくよく聞けば声も幼く可愛らしいものになっていて、全く気味が悪かった。
自分が全く別の器に入り込んでいるのが、どうにも居心地が悪くて体を抱えてその柔らかさに赤面する。
「だぁぁあ、くそっ」
ともかく、こんな血みどろな場所にいてはどうしようもない。
何かしらの逃げる算段を探らねばなるまい。
『あー、あー、聞こえる?』
「へ!? だ、誰!? それに一体どこから……!」
周りを見渡しても、影から悲鳴をあげて逃げ惑う人々のみ。
こんな風に悠長に話しかけてきそうな者は、輝の視界のどこにもいない。
『アナタの心の中から直接話しかけてるの。それ、元は私の体だしね』
「この体……あぁ、そういうことか」
つまり、輝は知らぬ間に誰かさんに憑依していたということだ。
そして、ここまで話が綿密に作られているとなれば───。
「うーん、夢、じゃないな……これ」
夢というのはもっと荒唐無稽なものだ。
少なくとも、輝のようなテキトーな者が見る夢はそうだった。
『君、魔王じゃないよね? 言動が明らかにおかしいし……』
「魔王って、どこからそんな言葉が出てくるんだよ……俺は正真正銘の一般人、いや、つーかここから見たら異世界人ってやつか。ともかくこんな世界は俺は知らねーぞ」
『ふーむ……でも確かに魔法陣は起動してるし膨大な魔力も感じる……なにか裏がありそうだなぁ? まぁ今はそれはいいや、どうせ君は何も知らないんだろうし。とにかくここから逃げようよ、そろそろこっちまで来るよ。……死んじゃう』
「し、死ぬってそれは物騒だし勘弁だな……でも、逃げるったってどうすんだ」
『君の足元に魔法陣があるでしょ? それに手をかざして、思いっきり力を入れてみて』
「わ、分かった……やってみる」
魔法陣、魔法、ワケがわからなかったが、むしろワケが分からないからこそ従うほかなかった。輝はまだ死にたくないのだ。
魔法陣が輝くのと、影が輝の喉元を掠めるのはほぼ同時だった。
力が内側から搾り取られていく感覚に、意識が霞む。とんでもない、やってはいけないことだと体が悲鳴をあげてブレーキをかけるも、その力の奔流に逆らうことはついぞ敵わなかった。
「う、うぉぉおお……が、ぁ───」
そして────轟音。
教会全体を巻き込む大爆発を起こして、後には気絶した輝だけが残った。
『これは───やっちゃったなぁ……』
0
お気に入りに追加
30
あなたにおすすめの小説
飯屋の娘は魔法を使いたくない?
秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。
魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。
それを見ていた貴族の青年が…。
異世界転生の話です。
のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。
※ 表紙は星影さんの作品です。
※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。
伯爵令嬢の秘密の知識
シマセイ
ファンタジー
16歳の女子高生 佐藤美咲は、神のミスで交通事故に巻き込まれて死んでしまう。異世界のルナリス伯爵家にミアとして転生し、前世の記憶と知識チートを授かる。魔法と魔道具を秘密裏に研究しつつ、科学と魔法を融合させた夢を追い、小さな一歩を踏み出す。
セクスカリバーをヌキました!
桂
ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。
国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。
ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
千変万化の最強王〜底辺探索者だった俺は自宅にできたダンジョンで世界最強になって無双する〜
星影 迅
ファンタジー
およそ30年前、地球にはダンジョンが出現した。それは人々に希望や憧れを与え、そして同時に、絶望と恐怖も与えた──。
最弱探索者高校の底辺である宝晶千縁は今日もスライムのみを狩る生活をしていた。夏休みが迫る中、千縁はこのままじゃ“目的”を達成できる日は来ない、と命をかける覚悟をする。
千縁が心から強くなりたいと、そう願った時──自宅のリビングにダンジョンが出現していた!
そこでスキルに目覚めた千縁は、自らの目標のため、我が道を歩き出す……!
7つの人格を宿し、7つの性格を操る主人公の1読で7回楽しめる現代ファンタジー、開幕!
コメントでキャラを呼ぶと返事をくれるかも!(,,> <,,)
カクヨムにて先行連載中!
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

チートを極めた空間魔術師 ~空間魔法でチートライフ~
てばくん
ファンタジー
ひょんなことから神様の部屋へと呼び出された新海 勇人(しんかい はやと)。
そこで空間魔法のロマンに惹かれて雑魚職の空間魔術師となる。
転生間際に盗んだ神の本と、神からの経験値チートで魔力オバケになる。
そんな冴えない主人公のお話。
-お気に入り登録、感想お願いします!!全てモチベーションになります-
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる