したたる愛欲 完全版

五嶋樒榴

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美加子は病院に保護されていた。
河合を殺害した小鳩は、ふたりが結ばれた1週間後に逮捕された。
河合を殺害した時の証拠が多かった事で、指名手配犯としてすぐに身元が割り出されてしまった。
それでも1週間もの間、美加子と愛を育めた事は奇跡だったのかもしれない。
小鳩は警察の供述に、美加子のために罪に手を染めたと訴えたが、当の美加子が証言もできなかったので、小鳩には救いの手が伸びることはなかった。
警察からは、美加子に横恋慕をした小鳩が邪魔な河合を殺害し、嫌がる美加子を無理やり連れ去ったのだろうと言う見解で取り調べは執拗に続いた。

「違う!俺たちは愛し合っていたんだ!美加子さんを救っただけなんだ!」

何度そう訴えても、もちろん警察は一切取り合ってはくれない。
事務的に取られた調書と共に小鳩は検察に送検され、起訴され、裁判で殺人罪で有罪が確定されると、小鳩は迅速に刑務所へ送られたのだった。
もう二度と、美加子と愛し合えない現実を目の前に突き立てられたが、それでも美加子が自由の身になって幸せになれば、自分のした事は無駄では無かったと小鳩は自分に言い聞かせた。

「気分はいかがかな?」

初老の医師がベッドに佇む美加子の側による。
美加子は虚ろな目のまま医師を見る。
何故自分がこの場に保護されたのかもちろん理解ができない。
小鳩と無理やり引き離された美加子は半狂乱となり、手を焼いた警察からこの精神科のある病院に強制的に保護されたのだった。

「ああ、こんなに美しい女性を見るのは本当に初めてだ。怖かったんだね、言葉を失うほど。そうだよね。目の前で夫を殺されて、とても怖かったよね」

医師はそう言うと美加子を優しく抱きしめた。
美加子の滑らかな髪を撫でながら、医師は美加子の身体の線に沿って手を這わす。
美加子はその動きにゾクゾクと恐怖心が芽生えた。
目の前の医師は、自分に対して欲望を丸出しにしていると分かった。

「大丈夫だよ。私が君を助けてあげる。私が君を養っても構わない」

優しく抱きしめられながらも美加子は震える。
背筋に悪寒が走り医師を抱き返すことができない。
身の危険を感じ徐々に怯え始める。

「大丈夫だよ。私は君に危害を加えないよ。君はただ私の側にいれば良い」

その声を聞けば聞くほど、美加子は首を振り続けて怯えた。
目の前にいる医師に、河合と同じ匂いを感じたからだった。
このままでは、また自分は自由を奪われ、地獄の底へと堕ちると察知した。
せっかく逃げたのに。
思えば思うほど、美加子の心の中に小鳩が現れる。

「ああ、ううッ!ううう!」

美加子は出せない声を必死に出して医師に訴えかけるが、もちろん通じるわけはない。
離れようと暴れるが、医師は強く美加子を抱き締めて離さない。

「大丈夫。落ち着いて。私にすべて委ねなさい」

耳元で囁かれる悪魔の声に、美加子は身を硬くして震える。
美加子を手中に収めた医師は、力づくで美加子を抱き締め続けた。


逃れたい。


小鳩の顔を浮かべながら、小鳩との生活に戻りたいと美加子は願った。
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