したたる愛欲 完全版

五嶋樒榴

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ある日の夕暮れの中。
その人の妻は、とても美しかった。
この世の人とは思えないほど、清らかな人だった。
白いワンピースを着て、長い髪を結い上げ、細く白い首には僅かばかり髪がほつれていて、それが一層浮世離れをした雰囲気を醸し出していた。
目は少し焦点が合っておらず、時折り空想を駆け巡らす少女のように愛らしい笑みを溢す。
穢れを知らないような瞳で空を見つめ、そのまま何処かに飛んで消えてしまいそうに脆くも見えた。
歳は、もう30も過ぎているのだが、その姿に、透明な存在感に、小鳩克夫は一心に見つめてしまった。
今まで生きてきた人生の中で、こんなに美しい人を見たことがないと思った。
ただ眺めて見ているだけだが、幸せな気持ちになるような、切なくなるような。心が震え、ときめいた。

「妻は5年前に大きな交通事故の後遺症で記憶をなくしてしまってね。その影響で言葉も失ってしまった。新しく物を記憶することも困難で言葉は話せないんだ」

小鳩の隣に立っている夫の河合は、見た感じはとても優しそうに見えるが、美しい妻には不釣り合いに見えるとても不細工な男だった。
河合は代々続く、この辺り一帯の大地主。
小鳩は、その河合が所有しているアパートを借りている21歳の大学生だった。
政略結婚。
そんな言葉が小鳩の頭の中に、河合とその妻を見ていて浮かんでしまった。

「そうだったんですね。コミュニケーションが取りにくいのは大変でしょう」

小鳩がそう言うと、河合はニヤリと笑った。その顔が、どうも小鳩には生理的に受け付けなかった。
小鳩の言葉に河合は特に何も答えず、明後日の方を見て、縁側で足をぶらつかせている妻を小鳩に紹介した。

「妻の美加子だ」

小鳩は美加子に頭を下げるが、美加子はちょっと小鳩を見て微笑むだけだった。
ただ小鳩を見つめただけのその美しい微笑みに、小鳩が魅了されたのは瞬殺であったが、美加子は触れてはいけない儚い幻の様だった。
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