1 / 19
1
しおりを挟む
ある日の夕暮れの中。
その人の妻は、とても美しかった。
この世の人とは思えないほど、清らかな人だった。
白いワンピースを着て、長い髪を結い上げ、細く白い首には僅かばかり髪がほつれていて、それが一層浮世離れをした雰囲気を醸し出していた。
目は少し焦点が合っておらず、時折り空想を駆け巡らす少女のように愛らしい笑みを溢す。
穢れを知らないような瞳で空を見つめ、そのまま何処かに飛んで消えてしまいそうに脆くも見えた。
歳は、もう30も過ぎているのだが、その姿に、透明な存在感に、小鳩克夫は一心に見つめてしまった。
今まで生きてきた人生の中で、こんなに美しい人を見たことがないと思った。
ただ眺めて見ているだけだが、幸せな気持ちになるような、切なくなるような。心が震え、ときめいた。
「妻は5年前に大きな交通事故の後遺症で記憶をなくしてしまってね。その影響で言葉も失ってしまった。新しく物を記憶することも困難で言葉は話せないんだ」
小鳩の隣に立っている夫の河合は、見た感じはとても優しそうに見えるが、美しい妻には不釣り合いに見えるとても不細工な男だった。
河合は代々続く、この辺り一帯の大地主。
小鳩は、その河合が所有しているアパートを借りている21歳の大学生だった。
政略結婚。
そんな言葉が小鳩の頭の中に、河合とその妻を見ていて浮かんでしまった。
「そうだったんですね。コミュニケーションが取りにくいのは大変でしょう」
小鳩がそう言うと、河合はニヤリと笑った。その顔が、どうも小鳩には生理的に受け付けなかった。
小鳩の言葉に河合は特に何も答えず、明後日の方を見て、縁側で足をぶらつかせている妻を小鳩に紹介した。
「妻の美加子だ」
小鳩は美加子に頭を下げるが、美加子はちょっと小鳩を見て微笑むだけだった。
ただ小鳩を見つめただけのその美しい微笑みに、小鳩が魅了されたのは瞬殺であったが、美加子は触れてはいけない儚い幻の様だった。
その人の妻は、とても美しかった。
この世の人とは思えないほど、清らかな人だった。
白いワンピースを着て、長い髪を結い上げ、細く白い首には僅かばかり髪がほつれていて、それが一層浮世離れをした雰囲気を醸し出していた。
目は少し焦点が合っておらず、時折り空想を駆け巡らす少女のように愛らしい笑みを溢す。
穢れを知らないような瞳で空を見つめ、そのまま何処かに飛んで消えてしまいそうに脆くも見えた。
歳は、もう30も過ぎているのだが、その姿に、透明な存在感に、小鳩克夫は一心に見つめてしまった。
今まで生きてきた人生の中で、こんなに美しい人を見たことがないと思った。
ただ眺めて見ているだけだが、幸せな気持ちになるような、切なくなるような。心が震え、ときめいた。
「妻は5年前に大きな交通事故の後遺症で記憶をなくしてしまってね。その影響で言葉も失ってしまった。新しく物を記憶することも困難で言葉は話せないんだ」
小鳩の隣に立っている夫の河合は、見た感じはとても優しそうに見えるが、美しい妻には不釣り合いに見えるとても不細工な男だった。
河合は代々続く、この辺り一帯の大地主。
小鳩は、その河合が所有しているアパートを借りている21歳の大学生だった。
政略結婚。
そんな言葉が小鳩の頭の中に、河合とその妻を見ていて浮かんでしまった。
「そうだったんですね。コミュニケーションが取りにくいのは大変でしょう」
小鳩がそう言うと、河合はニヤリと笑った。その顔が、どうも小鳩には生理的に受け付けなかった。
小鳩の言葉に河合は特に何も答えず、明後日の方を見て、縁側で足をぶらつかせている妻を小鳩に紹介した。
「妻の美加子だ」
小鳩は美加子に頭を下げるが、美加子はちょっと小鳩を見て微笑むだけだった。
ただ小鳩を見つめただけのその美しい微笑みに、小鳩が魅了されたのは瞬殺であったが、美加子は触れてはいけない儚い幻の様だった。
0
お気に入りに追加
21
あなたにおすすめの小説
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/essay.png?id=5ada788558fa89228aea)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる