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番外編・今宵満ちる月
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「今夜の便でナイロビに戻る。最後に君と過ごせてよかった」
シャワーを浴びて部屋に戻って来た彼女は、ベッドの上で上半身だけを起こしてそう言った私の側に腰掛けた。
私は腕を伸ばし、毛先が濡れた彼女の髪に触れた。
そのまま頬に手を添える。彼女は私を見つめていたが瞼を閉じた。
最後に彼女の唇に、軽く唇を重ねた。
もっと愛し合っていたかった。
でも、もうタイムリミットだ。
お互い支度を済ませると、爽やかな朝陽が降り注ぐレストランのダイニングで和やかに朝食を共にした。
悲しい顔はもう見せたくない。見られたくない。
たわいもない会話が続いた。
食後のコーヒーを飲み干すと、彼女の腰に手を添え、エスコートをしてダイニングを出た。
チェックアウトを済ませるとロビーで握手を交わし、私達は二度目の別れを迎えたのだった。
彼女が先にホテルを出た。私はどんな顔で彼女を見送ったんだろう。
きっと笑顔だったに違いない。
そう思いたかった。
静かな時がどれくらい経ったのだろう。バーは席が埋め尽くされていた。
ふと気がつくと私の目の前では、美しい所作でゲストを喜ばせるために次々とドリンクを作る妖艶なマスターが佇んでいた。
「もうこれが最後。でも、彼女を愛せて良かった。彼女だったから私の心は満たされている」
私が言うと、マスターは腕を組みながら、長い指で美しい薄い唇に触れた。
「過ぎてしまえば時の流れなどあっという間ですね。でもこれからも、時はいくらでも流れて進んでいきます」
そう。未来はまだ分からない。
私は腕時計を見た。そろそろ空港に向かう時間だった。
出発は、日付が変わってすぐの飛行機だった。
もっともっと、郷愁に浸っていたかった。
でも、それは許されない。遠い地で私を待つ仲間が沢山いる。
私は意を決して重い腰を上げた。
「いつかまた。元気でね、マスター」
私が切ない思いで笑顔でそう言って席を立つと、マスターは美しく妖しい笑みで私を送り出してくれた。
「またのお越しを、心からお待ちしております」
私は全てを吹っ切るように、新しい未来の扉を開けるように、異世界から現実に戻ったのだった。
シャワーを浴びて部屋に戻って来た彼女は、ベッドの上で上半身だけを起こしてそう言った私の側に腰掛けた。
私は腕を伸ばし、毛先が濡れた彼女の髪に触れた。
そのまま頬に手を添える。彼女は私を見つめていたが瞼を閉じた。
最後に彼女の唇に、軽く唇を重ねた。
もっと愛し合っていたかった。
でも、もうタイムリミットだ。
お互い支度を済ませると、爽やかな朝陽が降り注ぐレストランのダイニングで和やかに朝食を共にした。
悲しい顔はもう見せたくない。見られたくない。
たわいもない会話が続いた。
食後のコーヒーを飲み干すと、彼女の腰に手を添え、エスコートをしてダイニングを出た。
チェックアウトを済ませるとロビーで握手を交わし、私達は二度目の別れを迎えたのだった。
彼女が先にホテルを出た。私はどんな顔で彼女を見送ったんだろう。
きっと笑顔だったに違いない。
そう思いたかった。
静かな時がどれくらい経ったのだろう。バーは席が埋め尽くされていた。
ふと気がつくと私の目の前では、美しい所作でゲストを喜ばせるために次々とドリンクを作る妖艶なマスターが佇んでいた。
「もうこれが最後。でも、彼女を愛せて良かった。彼女だったから私の心は満たされている」
私が言うと、マスターは腕を組みながら、長い指で美しい薄い唇に触れた。
「過ぎてしまえば時の流れなどあっという間ですね。でもこれからも、時はいくらでも流れて進んでいきます」
そう。未来はまだ分からない。
私は腕時計を見た。そろそろ空港に向かう時間だった。
出発は、日付が変わってすぐの飛行機だった。
もっともっと、郷愁に浸っていたかった。
でも、それは許されない。遠い地で私を待つ仲間が沢山いる。
私は意を決して重い腰を上げた。
「いつかまた。元気でね、マスター」
私が切ない思いで笑顔でそう言って席を立つと、マスターは美しく妖しい笑みで私を送り出してくれた。
「またのお越しを、心からお待ちしております」
私は全てを吹っ切るように、新しい未来の扉を開けるように、異世界から現実に戻ったのだった。
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