溢れる雫

五嶋樒榴

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wine

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「って事があったのさ」
颯人は唯香と“友達”になったとマスターに報告した。
今夜の酒も不思議とバローロを開けていた。
「颯人さん、随分ご執心ですね。新宿の夜王も本気になった相手には奥手だ」
楽しそうにマスターは颯人を弄る。
「本気かどうかはまだ分からないよ!ただ俺は純粋に気になっただけで」
言い訳がましく颯人は言った。マスターは余裕の微笑みで颯人の真剣具合を見極めていた。
「あ、自閉症を私も勉強しましたよ」
突然マスターが言い出した。負けず嫌いめと颯人は思った。
「脳に見えない傷のある障害で原因不明。お話の感じから望亜くんは重度の様子ですね。でも、お母さんの言うことは多少なりとも理解している感じですから、唯香さんはとても頑張っていらっしゃる。“友達”としてお付き合いなさるのは颯人さんにもプラスになりそうだ。颯人さんもピュアだから」
望亜を見たこともないのにスラスラと話すマスターに颯人は驚いた。そして自分をピュアと言うマスターにため息を吐いた。
「本当にこんな気持ち初めてなんだ。体じゃなく心を求めるのは」
頭を抱える颯人にマスターは言った。
「それは望亜くんが穢れを知らない純粋な存在だからですよ。颯人さんの本能でそれを求めているんでしょうね。望亜くんの存在は颯人さんにとって憧れなのでは?だからただ美しいだけじゃなく、望亜くんをしっかり育てている唯香さんも穢せない」
確かに最初は唯香の美しさに目を奪われていたが、今では望亜も大切にしたいと思っている。
「自分に無いものを求めてるのかね」
グラスの中のバローロを一気に飲み干すと、ため息をついて、2人の姿を颯人は思い浮かべた。
「颯人さんに一つ、興味深い話を」
マスターが突然、真剣な眼差しで颯人を見つめる。その目はとても妖しい。
「ライオンのボスは、なぜ子ライオンを崖から落とすか知っていますか?」
ライオン?と颯人の頭の中は?マークになった。
「這い上がってくるより強い子供を育てるため?」
よく言われているフレーズを颯人は答えた。
「いいえ。自分の前のボスライオンの子供を殺すため」
マスターの綺麗な顔がより一層冷たく綺麗で、颯人はなんとなく怖い話を聞かされている感じだった。
「新しくボスになったライオンは、早く自分の子供を産ませるために、母ライオンから子供を奪うのです。子供がいる間、母ライオンは子供からなかなか離れないので子供を作ろうとしない。って話です。興味深いでしょ?」
マスターが言わんとしていることは、自分の博識を自慢したわけではなく、颯人に忠告したのだと言うことを颯人も理解した。
それだけ他人の子供を受け入れるのは難しいと、マスターは言いたいのだと颯人も分かった。
まだ付き合ってもいない早い段階でこんな話をしたのは、颯人にその覚悟があるのか、試されているようだと颯人は感じた。
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