インシデント～楜沢健の非日常〜

●人生の墓場●

2-3

蓮司が調べた結果、智和と沙耶子の不倫現場も押さえられた。
あまりにも簡単すぎて、蓮司も拍子抜けしたようだった。

「健ちゃんのおかげで、やっと離婚に向けて前に進めるわ」

文香の笑顔に健もホッとする。
真実を知って、文香が苦しむのではないかと実は気になっていた。

「いえ。文香さんの力になれて良かったです」

「こんな事、まさか健ちゃんに頼むことになるなんて思ってなかったわ。本当に、もう立派な大人になったんだって、しみじみ思ったわ」

文香が健を愛おしげに見つめる。

「健ちゃんのお母さんが亡くなったからって、大阪から帰ったばかりの葵君が健ちゃんを引き取ると聞いた時は本当にびっくりしたわ。まさか8歳の息子がいたなんて知らなかったもの」

突然文香が、健の幼い頃の話を始めた。健は意図が分からずただ微笑む。

「そうですね。未婚だった父が私を連れて突然現れたら驚きますよね」

文香は首を振ってため息をつく。

「驚いたよりも心配だったわ。姉さん夫婦と葵君は折り合いが悪かったし、男手一つで、しかもあの葵君に子育てなんて無理だと思ってたから」

文香は、自分も子供を育てたことがないが、それでも葵の苦労は想像できた。

「でも祖母や文香さんが父の事を影ながら支えてくれて、私のことも気にかけてくれて本当に嬉しかったです」

「だって健ちゃんは甥っ子の子供だけど、私にとっても孫や息子の様な存在だもの。私はこんな体だったから、大して役に立てなかったけど」

「そんな事言わないでください。私も父も、本当に感謝してるんです」

文香が大切に思ってくれるからこそ、健も文香を慕っていた。

「でもどうしたんですか？突然昔の話なんて？」

「……ごめんなさいね。30年前を思い出しちゃって。私が大怪我をした時、葵君がとても心配してくれたの。今度何かあったら、絶対俺が助けるって。まさか30年経って、葵君と健ちゃんに助けてもらうとは想像してなかったわ。2人がいてくれて本当に良かった」

やっと自由になる時が近づいているんだと文香は思った。

「もうすぐ全てが終わるわ。今度こそ、幸せになりたい」

健は文香の言葉に、切なる願いが込められていると感じた。