インシデント～楜沢健の非日常〜

●人生の墓場●

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「文香叔母さん、元気だったか？」

健がマンションに戻ると、リビングで寛いでいた父親の楜沢葵が声をかけて来た。

「ええ。顔色もいいし、落ち着いてる様子でしたよ」

健はスーツの上着を脱ぎ捨てソファに腰掛けると、ネクタイを緩めて靴下を脱いだ。

「そうか。智和さんが献身的に世話をしてくれてるから良かった」

葵はそう言ったが、本心では智和を許せなかった。
文香は、葵の母親の妹に当たる。
叔母と言っても年が近かったので、若い時は、姉のように慕っていた時期もあった。
その文香の夫の智和は元々浮気性で、文香と結婚しても浮気を繰り返していた。
実家は資産家で智和は次男。金にも女にも不自由はしておらず、見合いで文香と結婚したのも、文香が従順な女だったと言う理由だけだった。

「叔母さんが投身自殺を図ってやっと、じいさんとばあさんも智和さんの不貞を知ったんだけどな」

まさか大事な娘がそんなに苦しんでいるとは、両親は全く気が付かなかった。
それ程までに文香は大人しく控え目な女性だった。

「でも、その事故の後からは、文香さんの世話をずっと智和さんが見ているんですから、結果的に良かったのでは？」

「まぁな。妻が自分の浮気を苦に自殺未遂。世間に知られる事にもなって。ただ叔母さんにしてみれば、それで幸せだったかは謎だけどな」

確かに、自殺未遂の影響で半身不随になってしまい、子供を産む事も出来なくなり、自分に対して愛情がない男に30年もの間、世話をしてもらわなければいけなくなったのだ。

「まぁ、またたまに様子を見に行ってくれ」

文香を心配して、葵は定期的に健を文香の元へ行かせていた。

「ええ。次回は外で食事でもしましょうと誘ってきました。でもたまには親父も顔を出しては？」

「俺が行くより、若い男が見舞いに行く方が叔母さんだって嬉しいだろ」

確かにそれは一理あると健も分かっている。
健が行く方が文香が喜ぶからだった。
やはり若いイケメンが訪れる方が女性は喜ぶものなのだ。