インシデント~楜沢健の非日常〜

五嶋樒榴

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●終の住処●

1-1

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楜沢健くるみざわたけるは、三島駅で新幹線から降りた。
健は、全国に名の知れた不動産会社、ニーチェ不動産ホールディングスを経営している父の楜沢葵くるみざわあおいの右腕で、まだ27歳と言う若さではあるが、優秀な仕事が認められて役員並みの待遇を受けていた。

「新幹線の中は快適だったが、流石に外は暑いなぁ」

真夏のムッとする熱気に健が呟く。
遠くに富士山が見え、多少なりともその風景に感動する。

「東京から1時間。近いと言えば近いねぇ」

初老の紳士、深海新太郎ふかみしんたろうが健に話しかける。

「そうですね。でも、目的地の伊豆の物件はもっと先ですよ?熱海辺りの方が良かったのでは?」

深海は健の父、葵の小学校時代の恩師で、この度東京を離れる事を決め、不動産会社を経営する葵に相談した。
白羽の矢がたった健が、地元の不動産屋に掛け合い、本日の現地見学に一緒に立ち会うことになったのだ。

「私は静かな山が好きでね。ここの話を聞いてとても気になったんだよ。それに沼津に出れば美味い魚も食べられるし」

確かに賑やかな観光地ではない分、これから行く場所は穴場と言えば穴場かと健も思った。

「しかし、葵にこんな大きな頼もしい息子がいたとは。きっと自慢の息子なんだろうね」

まるで孫の成長を見るような目で、深海は優しい眼差しを健に向ける。
健は長身に長い手足、小さな顔はかなりの美男子で、深海は健に初めて会った時に、俳優かモデルかと勘違いをしたほどだった。

「どうでしょう。私も父に負けず劣らずやんちゃですから」

健の言葉に深海はあははと笑う。

「確かに、葵は手の付けられないやんちゃだったなぁ。よーく喧嘩しては、弥之みつゆきって、兄貴分に怒られとったなー。それが今では名の知れた不動産会社の社長とはね」

懐かしそうに昔を語る深海に、健もフッと微笑んだ。
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